軽口と本心。

「ずいぶんと心をお許しになったのですね」


テレンスの言葉に、DIOは目を瞬かせた。
テレンスが一体何を言っているのかが分からない。
無言で眉を寄せるDIOに、ワインを注いだグラスを手渡したテレンスは首を傾げて笑う。


「名前ですよ。最初は手篭めにするために特別扱いをされているのかと思いましたが…それだけではないのでしょう?」

「このDIOが恋にでも落ちたと言いたいのか?」

「違うのですか?
…まさか、自分に振り向かない名前を落とすためだけに特別扱いしていたなんて言いませんよね?」

「どうだろうな」


受け取ったワインを傾けて、DIOはその話をそこで切り上げた。テレンスが退室し、一人になったDIOは深いため息をついた。
長い足をベッドに放り出すように伸ばし、枕をクッション代わりにヘッドボードに背を預ける。
それだけで絵になるDIOの表情は、今日は何とも言えず覇気がない。
これまで百年以上生きてきた中で、人を殺したことも食い物にしたこともある。利用し、道具として扱い、数え切れないほどの人間を従えてきた。
だがしかし、一度たりとも恋に落ちたことはない。
ジョナサンが愛したエリナにも、これまでに抱いた数え切れないほどの女にも、心を預けたことなど一度もない。
それ故に、DIOは“愛”の形を知らなかった。


「これが…恋情だと言うのか?」

名前のことは確かに特別だ。
特別贔屓にし、唯一寝室に招いた。
毎日を共にしても苦ではなく、彼女の一喜一憂に翻弄される。

ただ、それは同時に“ゲーム”のようでもあった。

彼女はDIOの甘い囁きに落ちない希有な存在で、振り向かないこと自体が気に食わなかった節もある。
それでも、確かに名前を失いたくはないとも思った。
切なげに悲しげに笑うに、もっと純粋に笑って欲しいとも思う。
愛だとか恋だとかを馬鹿らしいと一蹴していたはずが、確かに今、馬鹿には出来ないとも思える。





「DIOさま?」

「……仕事とやらは終わったのか?」


名前がドアの隙間からヒョコッと顔を覗かせるのを、DIOは片手を伸ばして拱いた。
ちょこちょこと歩み寄り、名前は色の白い肌を少し朱に染めながらベッドに腰掛ける。


「もう少しこちらへ来い」

「きゃっ」


グイと引き寄せ脇に抱え込んだ名前の髪にキスを落とす。
グリグリと鼻先を押し付け、肺一杯に息を吸い込んだDIOは振り返る名前の唇にそっとキスをした。

そうだ。これを恋心と呼ばずして、何を恋だとか愛と呼ぶのか。
分かっていても、イメージが出来ないから認める事が出来ないのだ。

恋に落ちた自分がイメージできない。

誰かを愛する自分がイメージできない。

親から教わるべきそれが、DIOの中には全くなかった。


愚かだと思っていた。恋だ愛だとまくし立て、正義を語るなんて反吐が出る。
恋も愛も一時期の迷いで、弱い人間がするものだ。
人間ですらない自分が、そんな感情を持つイメージが、どうして出来ようか。


「名前」

「はい?」

「お前は、私を愛しているか?」


突然の質問に目を丸くした名前は、ジワリと赤くなる。
耳まで真っ赤にし、瞬きすらしないまま俯いた名前は、ともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声で「はい」と答えた。
とてもここにきた時に無表情を極めていた女には見えない。
最近の名前はよく表情を変える。


「そうか」


悪くない。
悪くはない。
名前が自分の事を好きだと言う度に、確かに自尊心が満たされる。



「名前、ずっと私の傍に居ろ」

「はい」

「死ぬまでだ」

「はい」


死ぬまで…。
自分でそう要求して、フッと悲しくなった。
名前は自分よりも先に死ぬ。
いっそ名前を吸血鬼にしてしまおうかと考えて、そこまですべきか悩んで思いとどまった。


(本来の目的を、忘れてしまいそうだな・・・)


そんな失敗を許すわけにはいかない。

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