Wデート
「車か…」
DIOは往来を行き交う車を眺めて目を細めた。
「このDIOが生まれた時にはまだ車はなかった」
「え?じゃあ何に乗るんですか?」
くりっと目を丸くする名前に、DIOはゆったりとした笑みを返してその頬を指で擽る。
「馬車だ」
「馬車!?」
「腰が痛くなると聞いたことがあります」
「それは馬車じゃなくて、馬だろ?存外頭が悪いようだなテレンス」
「いちいち癪に障る変態だな」
いがみ合う二人に、DIOと名前は眉を寄せて顔を見合わせた。
プッと吹き出し、DIOの無茶苦茶な提案で意地を張り続ける、子どものような二人を笑った。
あんまりにも楽しくて、名前は少し気持ちが浮ついていた。
それが、ふとした失言につながった。
「馬車に乗るDIO様はとてもイメージ出来ますけど、車に乗るDIO様は想像出来ないですね」
名前のその言葉に、DIOは眉を寄せた。
彼女は決して馬鹿にしていたわけではなかったのに、DIOは「出来ないでしょ」と言われている気がした。
「ならば乗ってみるか」
「へ?」
驚く名前の前で、DIOは丁度車を降りた男の頭をガシッと掴んだ。
生きるものならば、どんな生き物でも不意に頭を掴まれたら驚くだろう。息を詰めた男に、DIOは「車を借りるぞ」と笑った。
返さないことは目に見えている。
「ちょ、DIOさ「DIO様、お辞め下さい!」
慌ててDIOを止めようとした名前を押しのけて、テレンスとアイスがDIOの腕を絡め取る。
「DIO様、デートでしたら事を荒立てない方が得策です!」
二人の行動に眉間にシワを寄せたDIOも、渋々とその手を離した。
名前がホッと胸をなで下ろしたことは言うまでもない。
「DIO様、それはいつか…DIO様のお車で披露して下さい」
「ぬぅ…。仕方ない」
半ば男二人に両サイドから引きずられる形になっていたDIOは、先程まで頭を掴んでいた男を振り返って「命拾いしたな」と囁く。
その場にへたり込んでいた男は震え、その口を引き結んで半泣き状態だ。すこし同情する。
「名前、何か欲しいものはあるか?」
「欲しいものですか?」
居住まいを直したDIOの問いかけに、今度は名前が眉をひそめた。
うっかりした発言が良くないことは先程証明した。
うーん…と顎に手を当てて悩んだ末に、名前は笑ってDIOの手を取る。
「もう少し、一緒に遊んで下さい」
「ふむ…、朝まで可愛がってやってもいいが…」
DIO様、それでは何かニュアンスが変わっています。
たじろぐ名前の肩を抱き、DIOはのんびりと歩き出した。
程なくたどり着いた店で、名前にもう一度同じ質問をする。
「欲しいものはないのか?」
絢爛豪華なその店の装いに、名前は目を丸くして口を引き結んだ。
キラキラと光輝く宝石が、職人の細やかな細工によって更にその輝きを増す。そこは、ジュエリーショップだった。
「名前、お前に好きな物を与えよう」
見たこともないような桁の数字が並ぶ値札が。あるいは店員の洗礼された動きや雰囲気が、そのジュエリーショップの格式高さを示す。
にも関わらず、まるで散歩でも提案するかのようなDIOの発言に、名前はただただ目を丸くした。
「こんな…こんなに高価な物は頂けません…」
「遠慮することはない。デートにプレゼントは定石ではないか」
初デートの恋人に贈るプレゼントとしては高価すぎる。
名前はゴクリと唾を飲み込んで、改めてDIOの地位を思い知らされた。
さっきはDIOを窘めたアイスとテレンスも、DIOのその発言をまるで気にも留めていない。
助けは得られそうにない。
「これなんかはどうだ?」
大きなショーケースに飾られた首飾りを指差してDIOが名前を振り返る。
ダイヤをふんだんに使用したそれは、店内の照明を受けて眩しいほどに輝く。
角度によって色を変え、贅沢を極めたような物であるにもかかわらず上品さを兼ね備えたデザインは、値札などなくとも高価であると分かる。
「金のことなど気にするな」
そうは言われても、気になってしまうのが庶民の悲しい性と言うものである。
「DIO様…私…」
受け取らないと言ったら怒るだろうか。
名前はDIOの腕に自分の腕を絡め、ぐいぐい引っ張った。
店の奥から、慌てて外へと飛び出す。
「名前?」
「私、宝石なんかよりも欲しいものがあるんです」
「欲しいもの?何だそれは」
先程来た道を少し戻り、名前は一つの店を指差した。
名前の予想通り、DIOは眉をひそめてそれを見る。
「パフェなど、屋敷でも食べられるだろう」
「そ、それはそうかもしれませんが…」
「…………分かった。ならばこの店に入ろう」
パッと表情を明るくする名前を、DIOは不思議な気分で眺めた。
張り切って「イチゴのをお願いします」と注文する名前は、どこからどう見ても宝石店に居た時よりも幸せそうだ。
だが、DIOが知る限り、女は光り物が好きなはずだ。
無駄に飾り立て、男すら装飾品だと思っている。それがDIOの、女への認識だ。
「いただきます」
運ばれてきたイチゴパフェに目を輝かせ、両手を合わせると幸せそうに頬張る。
片肘をついて眺めていたDIOは、コーヒーを飲んでそれを見ていた。
実に幸せそうである。
「DIO様も食べますか?」
スプーンにイチゴとアイスクリームを掬った名前に差し出され、DIOは戸惑うように眉を寄せた。
「あ…えと、食べませんよね」
考えてみれば、DIOがパフェなんて食べるはずがない。
ハシャいでそんなものを差し出した自分が恥ずかしくなって、名前は慌ててそれを引っ込めた。
と、不意にDIOの手が名前の手を掴む。
グイと引き寄せると、DIOはスプーンに乗ったイチゴをパクリと食べた。
進めておいて何だが、すごく恥ずかしい。
「甘いな」
「…そんな…」
食べるとは思わなかった。
こんな甘ったるい空気になるとも思わなかった。
自分で提案ではあるが、いたたまれない気持ちになって、名前は火照る頬を俯いて隠し、隠しきれないそれをDIOは楽しげに見つめて笑う。
「馬鹿らしい…」
「同感だ」
離れて座ったアイスとテレンスが、今日初めて同じ気持ちで頷き合っていた。
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