デート
「名前、出かけるから準備しろ」
突然の命令に、私は眉を寄せて瞠目した。
またアメリカかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「突然どうしたのですか?」
「どうもこうもない。付き合っているのだから、デートをするのは普通のことだろう」
まさかDIOから、そんな言葉を聞くとは夢にも思わなかった。
と同時に、先ほどの言葉が命令ではなくデートのお誘いなのだと知る。
ジワッと顔が熱を帯びて、私は「待って下さい」と慌てて踵を返した。
部屋に飛び込み、クロークを漁る。
「何をしているのだ?」
「服を選んでるんです」
「それでいいではないか」
「だって…」
初デートだし。なんて、私のキャラじゃあないかも知れない。
そもそも、動きやすい服や、楽な服はたくさんあっても、お洒落な服なんかほとんどない。他人と関わらず、地味にひっそり生きていたからだ…。
急に悲しくなって服を掴んだ手を止めると、ヒョイと後ろから手が伸びてきた。
「この服がいい。これを着ろ」
DIOが選んだのは、私が今までに一度しか着ていない服。
父親に連れられ、DIOの館に初めて来た時の、ちょっとタイトな白いワンピースだった。
白地のシルクに、パールホワイトのような白糸で細やかな刺繍が入っていて、純白の花嫁衣裳さながらだ。
まぁ、父親は私をDIOに嫁がせるつもりでつれてきたのだから、その服は恐らく本当に花嫁衣裳のつもりで選ばれたものなのだろう。
「このまま籍でも入れに行くか?」
DIOもそのワンピースに、同じものを連想したらしい。
耳元で急に囁かれ、私は再び目を真ん丸に見開く事になる。ドッドッと跳ねる心臓を押さえて、「からかわないで下さい」としどろもどろに訴えるのが精一杯だった。
「早く着替えて支度をしろ。それとも、私が手伝わなければ着替えられないか?」
「着替えてくるっ!!!」
「つまらんな」と聞こえたのは、気のせいだと思う。
「あれ?」
着替えを済ましてエントランスに走ると、テレンスとアイスが立っていた。
珍しく普通の格好をしている二人に「どうしたの?」と問いかけるよりも早く、DIOが「名前」と私を呼んだ。
既に待ちくたびれた様子のDIOは、扉を背に「遅い」と口を尖らせる。
そんな姿を見て、帝王としての威厳や圧力よりも、可愛いと思ってしまう私は、いつの間にかかなりの重症患者になってしまったようだ。
どんどんハマっていって、どんどん愛しくなる。
「ごめんなさい」
「行くぞ」
DIOはサッと私の手を取り、勢い良く扉を開くと足早に歩き始めた。
すっかり日の落ちた夜道を、屋内から漏れる光がぼんやりと照らす。
漆黒を塗り重ねたような空には、吸い込まれると錯覚するほどの星が輝いていた。
そう言えば、ここに来て以来、こうして夜に出歩くのは初めてだ。
「舌をかむなよ」
「え?わわっ、きゃあ」
DIOの言葉の意味を理解するよりも早く、DIOに横抱きに抱え上げられ、状況を飲み込んだときには建物から建物へと跳躍していた。
エジプトの冷たい夜風が頬を撫ぜ、点々と灯された街灯や家屋の光が後方へと流れていく。
とっさにDIOにしがみついていたことに気付いて、少離すべきかどうか少し悩んで腕に力を込めた。
怖かったことにしておく。
「大通りが光の川みたい」
「詩的な表現だな」
フッと笑うDIOの横顔は、とても優しい顔をしているように見えた。
ザ・ワールドを使って、常人とは桁違いの跳躍を繰り返していたDIOは、小さな裏路地に滑り込むように飛び降りると、そっと私を降ろした。
名残惜しいが、仕方ない。
「ここからは歩いて行こう」
体を離すと流れる風が少し寂しい。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、DIOは私の肩を抱き寄せて歩き出した。
こんなに普通の恋人のような事が、私には堪らなく幸せだった。
心臓が早鐘を打ち、顔が火照る。
こんなムードで何を話せば良いかと懸命に考えるが、経験値の皆無な私には何も良い案が浮かばない。
そんな時だった。
「DIO様!!置いて行かないで下さいよ!!!」
テレンスの声に、私とDIOは顔を見合わせて振り返った。
「何故おまえ達を連れて行かねばならん」
「は、買い出しですよね?」
「デートだ」
今度はテレンスとアイスが顔を見合わせた。
帰るべきかとアイスが切り出して慌てたのは、他でもない私だった。
「DIO様、折角だからみんなで一緒に行きませんか?」
「「「は?」」」
DIOの赤い瞳が私を映す。
それだけで心臓が痛い。
それでも、緊張状態でテンパった私はDIOに食い下がる。
「だって折角ですし、その…みんなで遊んでみたいと言うか」
「名前、正気か!?」
アイスに掴みかかる勢いで問い詰められ、なおも私は縋るようにDIOを見て、助けを求めてテレンスを振り返った。
テレンスには、私の答えが見えているはず。
「このDIOがお前を誘ったのだぞ!?嫌なら嫌と
言えば良かっただろう!?」
「嫌なんかじゃないです!」
振り解かれそうになった腕を、私は必死に掴んだ。
テレンスには見えているだろうけど、DIOには見えない。
ーやっぱり口で理由を伝えなきゃ。
耳まで熱いのを感じながら、私は俯いた。
DIOの服を握る手に力がこもる。
「DIO様と…私、何をお話すれば良いか…き、緊張して」
もごもごと言いよどむ私の上から、盛大なため息が聞こえた。
呆れられても仕方ない。
毎日同じ部屋で過ごしているのに、今更緊張するなんて。でもこれは日常ではなくて、デート。
意識してしまって既に頭がショート寸前だった。
「仕方ない」
DIOの大きな手がポンと頭に乗せられ、私は安堵の息を吐いた。
この手がどんなに好きか、ちゃんと言葉に出来ればいいのに。
「名前の恥ずかしがりは今始まった事ではない。そこで私は良い案を思いついた」
DIOを見上げた私の横で、テレンスとアイスが眉を寄せる。
「良い予感がしない」とばかりに眉を寄せた二人に、DIOは眩い笑顔で言い放った。
「お前達もデートしろ」
ええ、この時ばかりは私もDIO様を疑いました。
ー正気ですか?
…と。
「ち、ちょっと待って下さい!!なぜその様なことに!?」
「同感です!!DIO様ならまだしも、なぜ私がテレンスなんかと!?」
「は?“テレンスなんか”とは何ですか!?頭の傷んだ格好ばかりしている貴方とデートなど、こちらから願い下げです!!!!」
「なっ…なにぃ!?貴様こそ、頭のおかしい趣味を持っているではないか!!」
なるほど、息は合っているらしい。
凄い剣幕で罵りあう二人を見つめるDIOは少し楽しげに見えた。
「どうでも良いが、私達の邪魔はするなよ?」
グイッと肩を引かれ、私はDIOと歩き始めた。
テレンスとアイスが追いかけて来ているのは、ずっと文句を言う声が聞こえていたから分かった。
「ププッ…DIO様、彼等にデートしろだなんて」
思わず吹き出す私に、DIOも口角を上げる。
意地の悪い笑みを浮かべるDIOは「妙案だろう?」と笑った。
大概の女ならこの笑みでイチコロだろう。
街の光をキラキラ受けて笑うDIOに、私は笑って「とても良い案です」と答えた。
この時のキスは、とても幸せな味がした。
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