悪の救世主。

DIOが何をしているのか、本当は知っている。
人間ではない、吸血鬼の彼が、部下を集めるために道徳的に許されない手法を使っていることを、本当は知っている。




「DIO様」

「名前か…、ここに来てもお前は心を痛めるだけだろう」

DIOの大きな手が頬に触れ、温かな体温は背中へと回ってあたしを引き寄せる。

その瞬間。するどく切れ長な冷めたい瞳は、慈愛に満ちた優しいものにもなる。
息を飲むほど美しく深い光を宿す双眸を見つめ、一つだけキスをして口を開いた。


「DIO様、その人は必要ないんじゃないですか?強くなさそうだし…」


あたしはそう言って、DIOの前で表情を失った少年を指差した。
あたしの言葉に反応を示さない少年は、DIOに肉の芽を植え付けられていることは明白だった。
長い前髪をまとめて流した少年の表情に生気はなく、表情も虚ろ。
肉の芽を植え付けられた人は、自分の意志とは関係なくDIOに忠誠を誓わせられる。
欲に目をくらませたわけではないその少年が、少し気の毒になってついた嘘。


「こいつには、私の宿敵を始末させる。それに、強くないことはないだろう?」


DIOの指が、あたしの唇をすっとなぞった。
細めた目があたしを捕らえ、慈愛に満ちたその目は少し温度を下げる。
怒らせたというよりは悲しんでいるように見えて心が痛んだ。


「分かってるのだろう?名前」


DIOの言う通り、本当は分かっている。
少年は強い。
そして、心は弱い。
DIOにとって、最も扱いやすいタイプの人間。


「DIO様あたし…「名前、下がっていろ」


言葉を続けることを許さない様に指示を出し、DIOはあたしを連れ出すようにアイスに指示を出した。
これ以上食い下がる事を諦め、DIOのキスを頬に受けて部屋を出る。



「名前。何故あのようなことを言ったのだ」

「だって…」

「少年を哀れんでいるなら止めろ。DIO様の行いに間違いなどない。
それに、いくらお前でもあの御方を怒らせるのは得策ではない」


アイスの言葉に、あたしは黙って俯く。
そんなはずはない。アイスは妄信しているだけだ。
過ちのない人間なんているはずがない。DIOにだって過ちはきっとある。
現に、DIOに肉の芽を植え付けられた彼は自分を失っていて、それが正しい行いだとは思えなかった。




DIOが過ちを犯すことが恐いわけではない。




アイスと別れ、あたしは一人でとぼとぼと部屋へと向かう。
テレンスに言われた仕事は全て終えてしまったし、部屋に戻ったところでやることもない。
本でも読もうと階段を引き返し、見知った人が歩いていることに気づいた。








「こんにちは」

「名前様、ご機嫌いかがですか?」

「ンドゥール。“様”は必要無いわ。敬語も止めてって、前にもお願いしたのに…」


屋敷を訪れているとは知らなかった。
以前DIOに紹介されて以来二度目の対面ではあるが、彼の印象はとても良く、最初から比較的なんでも話せた。
杖を器用に使って階段を降りていたンドゥールをお茶に誘い、あたし達はキッチンへと向かった。
小さな鍋に水を注いで火にかけ、ポットやカップと茶葉を用意する。
沸きかけた湯でポットとカップを温め、湯が沸いたらその湯を捨てて茶葉を入れて湯を注ぐ。


「ずいぶん馴れたようだな」

「お茶の淹れ方はテレンスにきっちり教えられたから…」

「手際も良いようだ」

「DIO様も飲んでくれるようになったの」

「それはそれは」


フフッと笑うンドゥールに笑い返し、カップにゆっくりと紅茶を注ぐ。
あたしの気持ちとは違って澄み切った優しい香りが広がって二人を包む。



「どうやらあまり元気がないようだな」

「うん……。ねぇ、ンドゥール」

「はい?」

「もしも……」



フッと表情を曇らせたあたしに、ンドゥールは小さく笑みを作った。



「事情はアイスから聞いている」

「そう・・・」

「話したい事があるなら聴こう」


ンドゥールもDIOを妄信している口だっただろうか。
あたしは、誰にこの不安を打ち明ければいいのか、正直もう思いつかなくなっていた。


DIOの全てが正しいわけではない。
彼は人間ですらない。
人間を殺し、それを糧に生きている。
例えば、人間を糧にすることは禁じられて、豚や牛の命を奪って食す事が正しいのかと問われれば、正直あたしにはその答えは分からない。

ただ言えることは、人間には “復讐” というカードがあるということ。



もしも、DIOのような強力なスタンドを使う人間が、DIOに復讐してきたら?

その時あたしは何を選ぶ??何が出来る???



もしも…


もしも………







DIOを喪ったら???









「名前、一人で考えすぎるのは良くない。
特に貴女は悪い方向に考えてしまう性質のようだ。とりあえず、紅茶を飲まないか?」


ンドゥールに指摘されて手元に視線を落とすと、カップを掴もうとする手がぶるぶると震えていた。
冷たくなった指先に紅茶の温度が伝わる。
一口飲んだ紅茶が、体の緊張を溶かすように喉を滑り落ちるのを感じながら、一つため息をついてンドゥールに向き直った。



「すごいね。…あたしのこと見えてるみたい」

「フフ・・・名前が分かりやす過ぎるんだ」

「人のこと、単純だと思ってるでしょう」


ムッと頬を膨らませると、ンドゥールはフフフと笑って手を振る。
一口紅茶を飲み、「あぁ、本当にお上手になられたようだ」と呟いてソーサーにカップを戻すと、もう一度小さく笑ってテーブルの上で腕を組んだ。


「DIO様は“悪のカリスマ”だ。“悪にとっての正義”でもいいかも知れない」


悪と正義は正反対に位置する言葉に思えて、あたしは首を傾げた。
無言のあたしに、ンドゥールは言葉を続ける。


「しかし、名前は違う。悪とは程遠い存在。
あるいは対極の存在。
ここに辿り着いたばかりの頃は心を閉ざしていたと聞いたが、今は心を開き…私達のような所謂“悪”にも対等に対峙する。
それがどんなにあの御方や我々を救ったか…」

「救った…?何もしていないのに?」

「対等に相手をすると言うことは、我々のようなゴロツキにも人間としての価値を見出しているということ。
ましてや、名前。
貴女はスタンド使いとして目覚めたのもごく最近であるはずにも関わらず、偏見も恐れも持たずに私達スタンド使いを見る…」

「それは、私が他人に興味を持たなかったから…。
そ、それに、ちゃんと話せば皆良い人だったし!!」

「その、“ちゃんと話せば”という前提は本来とても難しいものだ。
それに…」


少し考えるように顎に手を当てて、ンドゥールは目を細めた。
光を映さないその瞳で何かを見抜くようにジッと私を見つめ、「貴女は特別だ」と呟いた。


「私がDIO様にお仕えするのは、私があの御方にだけは見捨てられたくないからだ。
あの御方にだけは殺されたくないし、強く、深く、大きく、美しいあの御方に出会うのを…恐らくはずっと待っていたのだろう」

「DIO様は皆を見捨てたりしないわ」

「そうだろうか」

「…そう、だと信じたいの」


それが、真実とは違っていても、味方だと認めた人達を見捨てないで欲しい。
それは心からの願い。


「どうであれ、私はあの御方に尽くすだけだ。私はあの御方に価値を見出された時、救われる心地だったからな」

「そう…。なんだか、救世主…みたい」

「それは的を得た表現だ」

「救世主…」

あたしの世界を変えた人。
臆病にも自分の中に引きこもり、身を護っているだけだったあたしを引きずり出してくれた人。
それは神のようで、救世主のようで、ただただあたしを魅了する。


DIOを喪ってしまったら、あたしは……。






[ 17/21 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -