退屈な日々との決別。

名前は布団を被ったまま、ちっとも顔を見せようとしない。固く布団を握り締め、捲ろうとしても拒まれる。


「いい加減顔を見せろ」

「嫌です」

どうすれば名前が機嫌を直すのか皆目見当もつかず、時間だけが流れていく。この押し問答も何度したことか…。



「ならば、私もお前に裸を見せればフェアか?」

「馬鹿なんですか??」


ぬぅ…。
なんと冷たい。



「見てないって言ってくれれば良いのに」

「見たものは見たのだ、嘘をつくのもおかしいだろう」


目の辺りまで顔をのぞかせ、名前は何か言いたげにジットリとした視線を投げた。
そんなに気にすることだろうか?



「名前、機嫌を直せ」

「DIO様は、綺麗な容姿をしているからそんな事言えるんです」

「お前だって美しいではないか」


シーツを握り締める両手を素早く片手で頭上に縫い付け、名前の頬に触れた。
瞠目し、紅潮する白い肌はきめ細かく滑らかで美しい。


「このDIOを射止めたのだ、自信を持て」

「っ…、お、………お戯れは」

「冗談でこんな事を言うほど、女には不自由していない」


逃げようと力む名前は言い訳を探して視線をさまよわせる。
だが、これだけは譲れない。
私の言葉が足りていなかったのならば、ハッキリ伝えておく必要がある。


「名前」

「あたしは……、DIO様に相応しくありません」

そんなに泣きそうな顔をするな。
私の言葉に、ただ頷けば良いと言うのに。


「あたしは普通の…どこにでも居る女です」

「構いはしない。ただ素直に私について来い」


真意を探るように私を見つめる名前は、次第にその双眸に涙を浮かべていく。
何か言いたそうに唇を震わせた名前は、観念したように口を引き結ぶと、つぅと涙を零した。
女の涙など、うっとおしいと思っていたが、私はそれを高揚した気持ちで見ていた。
ぱっちりとした形の良い目を縁取る長い睫が涙に濡れ、白い肌を滑り落ちる。
気持ちの高ぶりで染まった頬と震える唇は、何とも言えず艶めかしい。



「これからも、私の隣で見ていろ。私の世界を」


はらはら涙を零す名前にそっと口づけると、名前は静かに泣きながら「はい」と答えた。
ようやく手に入れた。
ただそれだけで、湧き上がる感情を堪えきれず、名前を強く抱きしめた。
すれ違いながらも、ようやく名前の心を手に入れた。それだけで私は自分が満たされていることに気づいていた。
これが恋情ならば、私は恋に落ちたのだろう。
それも面白い。



「名前、もっとワガママを言え。私をお前のワガママで困らせてみろ。テレンスにばかり言わず、私にもっとお前を見せれば良いのだ」


チュッと音を立てて頬にキスをすると、名前は涙を浮かべたまま頬を染めて笑った。
濡れた睫が光り、白い歯が覗く。
幸せそうに笑う名前に、胸が高鳴る。
こんな事で胸が高鳴るなど、まるで子どもで笑える。


「一度にたくさん言いすぎです」

「お前はもっと言え」


「……DIO様の髪、サラサラで綺麗ですね」

「伸ばすべきか?」

「どんな髪でもとても似合いそうです」


どんな殺し文句だ、それは。


「DIO様、手を……」

片手で縫い付けたままだった事を思い出し、手を解放してやると、名前は胸元を隠しながら私をジッと見上げた。
その視線の意味が分からず「なんだ?」と問うと、名前は頬を染めて首を振った。


「こんな気持ち初めてなんです」

「どんな気持ちだ?」


「怖くて、嬉しくて……悲しくて、幸せ?」

「なんだそれは」


私がそう言ってフッと笑うと、名前もつられたように笑った。
その時初めて、名前の言ったことの意味が分かったような気がした。
満たされ、その一瞬が切なくなる。
恐らく、失う恐怖と満たされる幸福は表裏一体なのだろう。
ならば守れば良いのだ。
誰にも奪わせはしない。
私は私の世界を作り上げる。

誰にも邪魔はさせない。

暗い海底も、本を捲るだけの退屈な日々も、私にはもう要らない。
百数十年生きてきた私の手には、これまでに知り得なかったものが溢れていた。

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