臆病者の祈り。

DIOに連れてこられたのは、まさかのアメリカだった。
完全に日帰り装備で出てきたあたしを帰して欲しい。
おかげで右も左も分からない土地で買い出しに行く羽目になって、方向音痴のあたしは長い時間さ迷うことになってしまった。

DIOの友人だというエンリコ・プッチを紹介され、あたしは直ぐに彼に興味を抱いた。
神父だと紹介された彼は神を愛するのと同様にDIOを愛しているらしい。敬愛というやつだろう。
ハッキリと言い切る姿に、あたしは驚きを隠せなかった。
神と言うならば、彼の能力だってそれに近いものがあるのに。一体彼の何がそこまでDIOを盲信させるのか…。とても興味があった。




「何故そんなにもDIO様を信頼しているんですか?」

DIOが眠るのを見計らって突然部屋を訪れたあたしの質問に目を瞬かせた彼は、あたしの顔をまじまじと覗き込んで不思議そうに首を傾げた。


「貴女はDIOを信じられないのか?」

質問を質問で返されるとは予想していなかったあたしは、面食らってしまった。
何も答えられずにいるあたしに、彼はゆったりと笑みを湛える。


「貴女は臆病になっているだけではないか?すでに答えを持っているように見えるのだが…」


さすがに神に仕えるべく勉強する者としての徳を詰んでいるのか、それとも彼の人生に何かを悟らせる出来事があったのか…。何にせよ、彼の人を見抜く力は確かなものだと感じた。
確かにあたしの世界は変わった。
当たり障りのない世界は一変し、いつの間にか仲間と呼ぶべき人達に囲まれている。そして、それを失いたくないと思っている。
それでも、あたしの心は情けなくも臆病風に吹かれて踏みとどまる。
その事を認めたくないと拒んでいる。
とても怖いから。
いつか、失うことが怖いから。



「何故貴女はそんなにも恐れるんだ?」

「……DIO様の事ですか?」

「いや、人を信じる事を……」


プッチの言うことも、DIOの言うことも正しい。
あたしは自分の本心を隠すことで…人を信じない事で自分を護っている。
信じたいけれど、恐ろしい。
大切な人に裏切られたり、大切な人を失うのは恐ろしい。




「得たものを失う辛さを味わうくらいなら、何も欲しくないんです」


普段ならそんな事も人に明かしたりしない。
それでも、あたしは彼に話したかった。
恐らくあたしは、背中を押して貰いたかったのだと思う。今更引っ込みのつかなくなった主張を、誰かに消してもらいたかった。
だからこそ、DIOが眠った隙にプッチの元を訪れたのだ。


「そうして貴女は、今を生きることを放棄するのか?」

鋭く的確な言葉は、あたしを貫く。
時に正しい言葉は、相手を貫くものだ。
内側を抉るような正論は、あたしを痛めつけるけれど、あたしはそれを受け止めるより他にないのだ。



「正直に生きれる場所で生きるべきだ」


あたしの目を見て話し続けていたプッチは、「正直に生きるべきだ」と言って目を逸らした。
それはあたしに向けているようでもあり、自分自身に向けて言っているようにも見えた。
真相は分からないけれど。



「二人で何を話しているのだ?」

背後からの突然の声に振り向くと、開かれたドアに寄りかかるようにDIOが立っていた。
腕を組んで、眉をひそめている。
DIOが苛ついていることは、誰の目にも明らかだった。


「DIO。キミの話をしていたよ」

「そうか…。名前、お前は尽く私の隣で眠らないのだな」


軽い相槌でプッチに頷いて、DIOは黙っているあたしの前に立ちふさがった。
背の高い彼を見上げるあたしの頬に触れ、つまらないと言って少し口を尖らせる。
まるで恋人にするように頬に触れるDIOの手が心地よい。それがあたしを恐怖させる。

DIOの求める世界は、きっとそれを阻むものが現れる。
あたしはいつか、きっと辛い想いをする。
彼の望む、彼の支配する闇の世界と、彼を排除しようとする人達が望む、昼間の世界。
どちらが平和なのか、そんな事は問題ではない。
DIOの世界を望む人にとっては彼の作る世界こそが最上の物で、そうでない人達には最低なもの。
どちらも切り捨てることが出来ないあたしは、選択を迫られた時にきっと辛い想いをする。




「DIO様…。あたし…貴方の味方になれるかどうか分かりません」


DIOの主張する世界が、みんなが幸せになれる世界ならば別だけれど。彼のやり方を見ている限り、そうはいかないだろう。
彼は人を支配する。
虐げられる人が必ずいる。
けれど、彼の世界に存在する人達が、根っからの悪ではないと知ってしまった。
テレンスやアイス。エンヤ婆に、DIO。
誰一人として、完全な悪ではない。
虐げられ、歪んでしまった…きっとそれだけだと知ってしまった。



「ならばお前は、私の屋敷を出て行くか?」

「…………。
味方になれるかどうか分からないあたしを、側に置いておく気にはなれないですか?」


あたしの身勝手な主張に、DIOは眉を寄せた。
そりゃそうだ。
そんな主張が通るはずもない。
がっくり肩を落として俯くあたしに、DIOの指が伸び、スッと顎に触れてあたしの顔を上げさせた。

DIOは失望していると思ったのに、その赤い双眸はあたしを真っ直ぐ見つめている。
どんな答えでも受け入れると言わんばかりに向けられた視線は、慈愛すら感じられた。
胸が苦しくなるほど切なくて、初めて彼から離れたくないと思った。



「はっきり言え。お前はどうしたいのだ?」

「あたし…一緒に居たい」


言葉にした瞬間鈍い衝撃が走り、気づくとDIOの腕の中に居た。
力強く広い胸。その身体は間違いなく温かい。
温度の低い…けれど温かな胸の中から見たプッチは、困ったように笑っていた。

まだまだ味方とは主張し難いが、失いたくないものだった。
この体温の低めの人も、あたしに色々な事を教えてくれるテレンスやアイス。まるで娘にするように厳しく優しいエンヤ婆や、全てを許してくれるようなプッチ。
今まで手の中にありながら、それから逃げるように耳を塞いでいたあたしは、ようやく認めて受け入れる覚悟を決めた。


失いたくないもの達を胸に抱えて、あたしは目を閉じて静かに祈った。

(どうか、この世界が滅びませんように……。)

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