命令。

暗闇の城の、更に薄暗い部屋に蝋燭の灯りが揺れる。
部屋には男と女が混ざり合う匂いが充満し、ベッドの軋む音が響いていた。
私は沸き起こる感情をぶつけるように、久しぶりに女を抱いた。餌として、エンヤ婆に連れてこられた女。まだ若く、程ほどに綺麗な女だった。


「あぁ、DIO様!」

楽しそうな女を、達する瞬間腕で貫いた。
血飛沫が勢い良く吹き出し、私を赤く染める。
自分が人間ではない事を思い知る何よりの瞬間だ。
息絶えた女の首に噛みつき、本能のまま血を飲む。顔や、身体を真っ赤に染めて命を貪り、残りかすをベッドから投げ捨てた。
後の処理はアイスに任せればいい。


フゥとため息をついて、真っ赤な血だまりの中に身を横たえる。
エンヤ婆が連れてきた女は、雄としての本能を処理するには良いが、やはり気分が冷めていく。
しかし、今日の私は、そんな事は関係ないほどに興奮していた。
高揚を抑えようと試みるが、上手くいかない。




ー『パシッ!!!』


落ち着こうと目を閉じれば、名前が私の腕を叩く音が脳裏に蘇る。
いつも温度のない顔が、一瞬怒りに揺れていた。
その怒りに燃える瞳が、私を酷く興奮させた。


(何故怒ったのだ?図星だったからか?)

認めよう。
私は名前を、自分で思っている以上に、とても気に入っている。
あの閉ざした心をこじ開けてやりたい。
驚き、怒り、笑い悲しむ姿が見たい。
名前のあらゆる感情や興味を、私に向けさせたいのだ。



「なるほどな…」

世界と天国に向いていた私の心は、今は確かに名前にも向いている。
気の移ろいというものは、人間の信念を揺るがす。
私の目的には不要なものだ。
エンヤが占った通りならば、これが身の破滅に導くのかもしれない。

だが、それが何だと言うのだ。
私は人間ではない。
ザ・ワールドという素晴らしい力も手にしている。



「面白い…。このDIOがこんな事で破滅するはずもないではないか」


手にしてやる。
世界も。
名前も。

愛と呼ぶには荒々しく乱暴な気持ちが、確実に私の中に芽生えていた。



ーカタン…。


突然ドアの揺れる音に続き、走り去る音が聞こえた。
その音が、名前のものであることは直ぐに察しがついた。
料理の時以外は部屋から一人で出歩かないと思ったのだが、検討が外れたようだ。


「ザ・ワールド!!」


止まった時の中で部屋を出て、走り去る名前の前に回って時が再始動するのを待った。
時が再始動する瞬間に見た名前の顔が、眉を寄せて悲しげな表情をしていた気がした。



「うぶっ!!?」

「どこに行くのだ?名前」

「D…DIO様…。時を止めたのですか!?」


私にぶつかったせいで、名前の服や顔が血に染まる。
眉を寄せる名前に顔を近づけて笑うと、小さな身体を強ばらせて息を止めていた。
汚れを知らないその動きに、少し遊んでやりたい気持ちがふつふつと沸き起こる。



「逃げずとも良いではないか」

「………お邪魔みたいだったので」

「食事がてら少し遊んでいただけだ」


私の言葉に、名前は何度か口をパクパクさせて黙り込んだ。
可愛い名前。穢れを知らず、子供のように無垢なおまえを、私の手で汚したい。
乱暴で凶悪な歪んだ感情である自覚はある。



「だから、お邪魔だったと……」

「何故、私の目を見ないのだ?」


ずっと背けられていた目をこちらに向けようと小さな下顎を掴むと、名前の瞳が揺れながら私を映した。
堪らない。その目で私を捕らえ、もっと色々な表情を見せて欲しい。



「私が恐いか?」

「………いいえ」

「では、何故そんな傷ついた顔をしているのだ」

私の言葉にハッと目を見張った名前は、そっと私の手と体を押し返してスゥと息を吐いた。
私にはテレンスのように人間の体温やオーラといったものが見えるわけではないが、彼女の空気が面白くない方向に変わったのは分かった。
開きかけた感情の扉を、閉ざしてしまった事に気づいた。



「そんな顔していませんよ。それより、部下の一員でありながDIO様に手を挙げてしまった事を謝罪に来ました。先ほどは、申し訳ありませんでした。」


やはり面白くない。
丁寧に頭を下げる名前は、まるっきり部下の顔を取り繕って心を閉ざしている。
じっと見下ろしても、何も感じていないような目で真っ直ぐ私を見る名前に、私は隠しもせずにため息をついた。
仕方ない。予定は少し変わるが、私は名前の心を覗くために別の手段を取ることにした。




「……明日、私の友人に会いに行く。お前もついて来い」

「分かりました」


存外手ごわい女だ。
兎に角、私は約束を取り付けた。いや、命令と言うべきだろうか。
彼になら、名前の事も理解できるかもしれない。
名前にも、彼を会わせておきたいから丁度良い機会だ。
どうにかして頑なな名前の心を開くことに、私は最早意地だった。

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