紙一重。

―面白くない。

起きて早々、図らずも顔をしかめた。
ここ数ヶ月、起きたときに一人だったことがなかった。隣りに名前が眠っていたからだ。
煩わしい女は好きではないが、名前の纏う空気の心地よさは気に入っていた。
いつも表情の変化に乏しい彼女の、穏やかな寝顔を見るのは少々気に入っている。
まるで心をなくしたように表情を失った彼女が、眠っている時に見せる幸せそうな表情を気に入っていた。


「またテレンスか・・・」

テレンスが一度朝食の調理を手伝わせて以来、名前は私に寝顔を見せない。
いや、正確には夜寝落ちした彼女の寝顔を見ているのだが、朝と夜では表情がなんとなく違うのだ。・・・私にとっての朝だから、世間では夜なのか?・・・まぁそんな事はどうでも良い。
このDIOが手も出さずに隣に寝させているにも関わらず、名前は私の密かな楽しみを攫って、この私を一人で目覚めさせる。それが気に入らなかった。



「寝顔ですか?」

「そうだ」

朝食に私を呼びに来たアイスを捕まえてその事を話してみると、アイスは心底驚いた様子で、もともと濃い顔をしかめて更に濃くして黙り込んだ。
熱狂的な部下であるアイスが、若干気を悪くしたのかもしれない。


「名前を本気で気に入っていらっしゃるのですか?」


これだ。
いつの間にか名前はテレンスやアイスと打ち解け、いつからか名前で呼び合う仲になっていた。
敬称をつけずに呼び合う名前達は、しかし自分には敬語を使い、敬称をつける。
嫉妬しているわけではない。それとは少し違う。
確執が大きな川のように横たわり、自分とテレンスやアイス、名前を分断しているように感じた。
人の上に立つ者と従う者の格差なのだと言われればそれまでなのだが・・・。
未だかつて、それを寂しいなどと感じたことはない。寧ろ、人の、あるいは社会や世界の上に立つのは私の本願でもあるのだから、これで良いとも言える。

にも拘らず、名前が自分に興味を示さないことが許しがたかった。
おもちゃを取り上げられた子どものような言い分に、自分自身嘲笑がこみ上げてくる。それでも、確かに許しがたかった。
実に面白くない。



「気に入ってはいる。アイツの能力は私の力になるのは間違いないのだからな」

「それはそうでしょうが・・・。私には名前が我々に協力するとは思えません。まぁ、我々を裏切ることもないでしょうが・・・・・・」


そんな事は分かりきっている。
名前は私達のやることに加担しない。それでも、裏切ることはないだろうと判断されなたからこそ、名前はアイスやテレンスと打ち解けたのだ。
彼女の存在は、その紙一重のところでぎりぎり生かされているに過ぎないのだ。



「まぁ良い。お前達が打ち解ければ、こちらの懐に抱えやすくなると言うもの。名前を私達の敵にしてしまうにはいかない。少しずつ懐柔しろ」

「はっ」


片手を振ってアイスを追い払い、もう一度ベッドに体を横たえた。
ずいぶんと血の臭いが薄くなった部屋に、自分の物とは違う香りが漂っている。
数ヶ月前に名前をこの部屋に連れ込んでから、ここで食事は摂っていない。
女も・・・そう言えばしばらく抱いていない。

どんな女でも、甘い言葉で酔わせて好き勝手に玩び、食してきた自分に、名前はどんなに言葉を選んでも全く靡かない。
自分の食料となるために喜んでこの屋敷にきた女を無知だと蔑んでいたが、あれらの方がよっぽど分かりやすい気さえしてくる。
そう考えてしまうほど名前が分からない。





「DIO様、朝食は食べられないのですか?」


ウトウトとまどろむ私の顔を、名前がじっと覗き込む。
正直、食事はどちらでも良いのだが、「今日はあたしがメイン料理を作ったんです」と息巻く名前を見て、仕方なく起き上がることにした。
新しい知識に貪欲な姿勢は良い。
しかし、どうしても名前の興味が世界の支配に向く様子がない。
せめて他のスタンドに興味が向けば利用出来るのに。


「今日は、スペアリブを教えてもらったんです」



・・・・・起き抜けからなんてものを食べさせるつもりなのだ。メニューを考えて教えるように、テレンスに指示しておかねば。



次は中華に挑戦したいと息巻く名前に気付かれないように、こっそりため息をついた。

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