救いと災厄。
名前はとても温度の低い女だった。
何を見ても大した反応を見せず、時折「おぉ…」等と小さな声で言うだけ。いや、呟いていると言ったほうが正しい。兎に角、そんな女だった。
私はそんな名前をいたく気に入った。
騒がしくなく、私に取り入ろうと無様なことをすることもない。そんな様子が、傍に置いておくにはちょうど良かった。
「DIO様」
名前の声に顔をあげると、名前は先ほどまで開いた本を閉じていた。
「あぁ、もう読んだのか」
ここに来てからというもの、名前は私が集めた本をただひたすら読んでいた。
退屈しのぎに私が集めた本を手にとっては、丁寧に読み込んでいく。読み終えた時だけ私を呼び、また次の本を取りに行く。
名前は邸の中を一人で歩く事を嫌い、常に私の隣に居た。
恐らく名前は気づいているのだ。
食料としてではなく、都合の良い部下でもない。特別待遇される自分が冷ややかな視線を向けられていることに。居心地悪そうに眉を寄せて私の後を歩き、いつも俯いていた。
現に、四六時中名前を傍に置いておく私を、テレンスやエンヤは何となく気に入らない様子で見ていた。
エンヤは「名前はDIO様の害になりますじゃ。ただ、それと同時に救いでも・・・。しかし、御傍に置くほどのことでもございませぬ」とまくし立てていた。
ここで注目すべきは、エンヤのその占いの結果だ。
救いでもあり、害でもある。・・・矛盾するその二つの啓示が、今後の私にどう影響するのか・・・実に興味深い。
「今度は何を読むのだ?」
「さっきは実用書だったから、今度はファンタジーにします」
名前は色々な本を読むが、実はファンタジーに偏りがちなことはすぐに分かった。
適当に集めた私の持っている本に、恐らくファンタジーは少ない。
もうじき全てのファンタジーを読み終えるのではないだろうか。
無限に続く時間を持て余し、暇潰しに集めた本がこんな所で役立つ事になるとは思わなかった。
今度テレンスに手配させることにしよう。
「失礼します。DIO様」
「アイスか…何の用だ?」
「お食事の準備が整いました。名前…様の分も出来たようです」
アイスも名前を気に入らない人間の一人だ。
何を考えているか分からず、淡々と冷めた様子が気に入らないらしい。直情型の彼らしい意見だ。
そんなアイスに、名前はまたもや淡々と言葉を紡ぐ。それこそが気に入られない原因であるのに。
「アイスさん、あたしに“様”をつける必要はないです」
「しかしアナタは、DIO様が連れて来られた客人だ」
やはりどうにも相容れないようだ。
むっとした様子のアイスにすぐに行くと告げると、本を手にアイスが出て行った扉を見つめる名前を覗き込んだ。
「落ち込むならもう少し親しくすれば良いだろう」
「…簡単ではないです」
「不器用な女だ」
こうして落ち込むところをみると、彼らと親しくしたい気持ちはあるらしい。不器用すぎる。
見ていて面白いので、これからどうなるのか観察してみることにしよう。最初はそう思っていたが、こうも毎日になると見ていて哀れになる。
「本日は、エビのグラタンとじゃがいものスープです」
「いただきます」
テレンスの料理はまぁまぁと言ったところだ。
人間の食事がどんなものだったか…どんな味だったか。随分昔の事で、もう忘れた。
だが、名前がそうするように、幸せそうに食べた記憶はない。
何にでも冷めた顔をするくせに、食事の時は幸せを噛みしめているように見えるが、どんな生活を送っていたのか………。
「美味しいです」
「そうですか」
「本当ですよ?」
「……分かりますよ」
淡々と喋る名前に、テレンスも無感情に返す。
名前をここに連れて来て、はや一ヶ月が経過しようというのに、二人は打ち解ける様子はない。
・・・少しくらい助け舟を出してやるか。ほんの気まぐれだが
「テレンス、少しは名前と仲良くしてやれ。毎日のように落ち込まれると敵わん。見ていて面白くもない」
「はぁ・・・。そうは言われましても・・・・・・」
「テレンス、私は名前の力を味方につけたいのだ」
私の言葉に、テレンスは怪訝な表情をした。
「スタンド能力者なのですか?」
テレンスにジッと観察され、名前は口を引き結ぶ。
困ったようにたじろいで、ネコのようにするりと私の背後に隠れた。
そんなことをしても、テレンスはすでに質問の答えを見ただろう。
「名前、テレンスの能力はなんだ?」
隠れていた名前は、おずおずと顔を出してテレンスを見つめる。
真意を計るように私を見て、頷くと仕方なくと言った様子で口を開いた。
「・・・相手の心を読むことと・・・、魂を抜き取る事ができる」
「なにっ!?」
テレンスが目を剥き、名前はサッと私の後ろへ隠れなおした。
フン・・・、スタンド能力を知られる事がどれだけの脅威か、分かっているということか。
「分かっただろう?テレンス。コイツの力が、私は欲しいのだ」
「なるほど・・・。それは分かりましたが・・・。あまり特別待遇をすると、うるさい奴らも出てきますよ?」
「放っておけ。それより名前をその気にさせることの方が重要だ。なぁ、名前・・・」
今度は私に嫌悪の眼差しを向ける名前を見ながら、私は揺らしていたグラスを傾けた。
深紅の液体を飲む私が人間でないことくらい、名前はもう知っているに違いない。
何故知っていながら私の傍に居続けるのだ?
何が目的で、逃げ出しもせずにここに居るのだ?
力のないか弱い人間である名前が、一体どんな風に害になって、どんな風に私を救うのか・・・。
私は肉の芽を使わずにそれを見たいのだ。
だから、名前。
私の味方になれ。
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