麗しい神。

数年前。
あたしは人通りの多い往来で、あろう事かとても派手にすっ転んでしまった。
多分その時だと思う。
恥ずかしさで痛みが麻痺していた為にすぐ気づかなかったが、いつの間にか腕を怪我していた。
転ける時に知らないおばあさんの荷物にぶつかってしまったから、その時に切ったのかも知れない。
あるいは、転んだ所に鋭く尖った石でも転がっていたのかも知れない。
何にせよ、重要なのは原因ではない。
それからあたしは、時々おかしなものが見えるようになった。それが重要だった。
作り話でよく聞く背後霊のように、人の背後にいるモノと、人に刻まれた文字。
タトゥーというものかと思っていたが、他の人には見えないようだった。
だからと言って、生活する上で不便することは何もなかったけれど。




話は変わるが、両親は少し前から何かの宗教にとてもハマっていた。
没頭し、のめり込む姿は病気にでもなったようで気持ち悪かった。
収入が少ないにも関わらず、生活費を注ぎ込み、必死になる両親には目も当てられなかった。
うわ言のようにあたしを諭す両親によると、とても麗しい神が居るらしい。
やはり病気だ。

ある日、冷めた目で見ていたあたしに、父親は突然「嫁にして頂け」と言い出した。
馬鹿みたい。
けれどあたしは何も言わなかった。
言っても無駄だと分かってたから。
母親に見送られて、あたしは二度と戻ることのないであろう家を出た。
もう戻れないと感じながら、それでも良いと思っていた。
「道中気を付けて」と言う母に、「ありがとう、さようなら」と告げた。

そうしてあたしは今、父親の目論み通りに“麗しい神”DIO様の隣に居る。


「テレンス、今日からコイツにもメシを作ってやれ」

「はぁ………。部屋の支度は必要ですか?」

「必要ない」

テレンスと呼ばれた男を横目に、手を引かれて広い邸を進む。
指示の様子から察するに、彼は執事なのだろう。困惑した反応とは言え、好意的ではないのが少しだけ辛い。
DIOの邸で、あたしの味方は現れないだろうことは容易に想像できた。
DIOは気にする様子もなく、蝋燭の灯りが点された廊下を進む。
迷路のような邸の中は薄暗く、不自然な程に日が差し込んでいなかった。


「ここは私の部屋だ」

「はい」

覚えておけと言うことだと思って頷けば、DIO様は私にもここで生活しろと言った。
まさか、本当に嫁にするつもりなのだろうか?


「あたしを好きなようには見えませんが」

「お前こそ、私を好きなようには見えないが?」

有無は言えないらしい。
まぁどちらでも関係ない。
あたしがこれから生活するのは此処で、DIO様から逃れることは出来ないのだから。


「テレンスの能力も分かったか?」

「……あの人とはゲームしたくないです」

「ふん、面白い能力だ」


あぁ、そう言う事か。
つまりあたしは、能力を買われたと言うわけだ。
辛くはない。父はあたしが女であることを利用し、神はあたしの能力を利用するだけ。
何も辛くはない。
言い聞かせるように頭の中で繰り返す。


「お前の力があれば、私は誰にも負けないだろう。後は、お前が信用に足る人物であれば良い」

「そうですか」

「お前はどうやって信用を示す?」

「分かりません」

興味がないの。
妙な力も、世界も。
ただ、DIOは両親が言っていたより美しい。
鋭く、全てを貫くような赤い双眸に見つめられながら、それだけ感じていた。

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