闇と掃き溜め。

暗がりの中に居た。
人間をやめて以降、太陽の光に当たることが出来なくなって、それからずっと暗がりの、闇の中で暮らしていた。
ゴミ溜めの…糞みたいな場所で生まれ育った私には、それは相応しくも思える。馴れているのか、大した嫌悪感もない。悲しく思ったこともない。
生まれた環境を嘆いて、可哀想な自分に酔うことなどもない。

育った環境や生まれた環境が異なれば、私は私ではなかったのだ。
私を私たらしめるものは、奇しくもこの最低で劣悪な環境なのである。







パラパラと本を捲ることにも飽きて、月光に浮かぶ街を見た。
空には大きな月が輝き、眠りについた街は静寂に包まれている。昼間の喧騒は嘘のように消え失せ、動物の鳴き声だけが寂しげに響く。
そんな景色は嫌いではない。
余計な物はない。耳に煩わしい音も入らない。ただ静かに、月光に浮かび上がる街。
心がすぅと落ち着くのを感じた。




「DIO様」

ドアから遠慮がちに覗いた名前を、手でこまねいて引き寄せた。恋人になっても、名前はちっとも変化がない。
相も変わらず表情の変化は少なく、心を開いたとは言い難いように思える。
名前は戸惑いながらも導きのままに膝に座り、先ほどの私と同じ様に窓から外を覗いた。
街と同じ様に月光に浮かび上がる名前は、息をのむほど美しい。
大きな目を縁取る睫毛は長く、瞳は憂いを帯びている。すっとした輪郭を柔らかく髪が包み、ふっくらとした唇が端正で大人びた彼女の印象を僅かに幼くさせる。
じっと外を眺める名前はその柔らかな唇を何度か開いては結び、チラリと私を見てとうとう言葉を発した。



「……どうして最近、部屋に居らっしゃらないのですか?」


無理もない。
実は、プッチ宅から急遽帰宅した私は、とある心配事から名前と共に過ごすことを避けていた。
ようやく付き合う事にした矢先のことだったので、名前も戸惑いを隠せないようだ。




「急に帰宅したことと、関係しているのですか?」


聡い女だ。
遠くを見るように目を細め、一度月を仰いでからゆっくりと名前に戻した。
サラサラと名前の髪を撫で、膝に乗せた小柄な身体を抱き寄せると、同じ環境で暮らしているはずの名前の、けれど自分とは全く異なる甘く優しい香りが鼻腔をくすぐる。
空腹から血を欲する時とは違う頭の芯が痺れるような感覚はまだ馴れない。血を求めるように、全身の細胞が名前を望むような、そんな感覚だ。
おずおずと遠慮がちに回された腕が、胸を締めつける様な気がした。



「気のせいだとは思うのだ。確信はないことだ」

だが、そうは言いつつも不安が過ぎる。
こんな事を言えば、エンヤに叱られてしまうだろう。
感覚的に、時折感じる不安。
何かに見られているような…。
直感的に、それがジョースター家によることだと感じていた。



「DIO様…」

「もしも、私の影響で…いや、ジョナサンの変化の影響が子孫に表れたら?」

「DIO様、何のことですか?…ジョナサン?」

「…名前」


顔を覗き込む名前の唇に、そっとキスを落とした。誤魔化しと、巻き込みたくないという個人的な願いによるキス。
サラサラの頬を指でなぞり、首筋に顔を埋めた。
私の全てを知らせて良いものかどうか。
私の全てを知って尚、名前は私を味方するのかどうか。
それらの全てを計りかねていた。




「DIO様…」

困惑し、戸惑う名前の首筋にゆっくりと唇をすりよせた。
甘い甘美な香りを堪能するように息を吸い込み、キスをして舌を這わせる。


「っ…、DIO様…」

「名前、お前を誰にも奪わせない」

グイと力を込めて押し倒し、月明かりに照らされる名前を見下ろした。
白い肌は月明かりで青白く浮かび上がり、真っ直ぐ向けられた名前の視線は、心の芯まで見透かしてしまいそうだった。
未だかつて…。100年以上生きてきて、こんな風に視線を向けてきた人間がいただろうか。

ー否。


ジョナサンとは真っ向対決をしたが、彼は私を疑いの眼差しで見ていた。
それは当たり前で、ごく自然な事なのだ。
そうされてもおかしくないことをしていたのは私だし、ジョナサンの反応こそが正常である。
とすれば、不可解なのは今目の前にいる、この女。
人生で初めて“恋人”を名乗らせても良いと思ったこの人間。不思議と視線を向けてしまう。



(何故、そんな目で私を見るのだ)


「DIO様…。あたしはどこへも行きません」


熱に浮かされるでも、心酔するでもなく。
このDIOを、まるで、人間の…自分と同等の人間にするように見つめて、慈しむ。


「名前、そうは言っても、お前は私とは違うのだ」


たっぷり意味を込めた言葉を吐いて、何かを口にしようとする名前の唇を塞いだ。
僅かに漏れた声も、驚きに逃げようと込めた力も押さえつけ、ザラリと舌をねじ込んだ。

何度もしたことのあるその行為すら、麻薬のように私を酔わせた。

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