3部
「おい、花京院」
承太郎に声をかけられ、花京院はしぶしぶPSPから顔を上げた。
つい最近出た新作は昨夜やり終えたので、後はアイテムをコンプリートするくらいしかやることないのだが、せっかく集中していたのに切羽詰ったように声をかけられては顔をあげるより他に無い。
「なんかおかしくねぇか?」
クイと顎で示す方を振り向くと、最近DIOと花京院と承太郎の三人が取り合っている少女が、机の中から次の授業に使う教材を取り出しているところだった。
「…???何がおかしいんですか?」
首を傾げた花京院は、ふと少女の指に何か光るものがついていることに気づいた。
目を凝らしてみればそれが指輪であることはすぐに分かった。
女子高生が指輪をつけていることなど良くあることだ。
しかしそれが、普段飾り気のない少女で、しかも薬指に指輪をつけているとなると話しは別だ。
「どうゆうことですか!?」
掴み掛る花京院の手を払って襟を直すと、承太郎は「知るか」と忌々しげに呟いた。
どうやら送り主は承太郎ではないらしい。
「花京院」
まさに話題に上がっていた少女に話しかけられ、花京院はビクリと体を強張らせた。
「…どうしたの?」
「いや、何でもありませんよ。それよりなんですか?」
「花京院、今日DIOの家に行く?」
なぜそんなことになっているのか。
それは単純に、花京院の最大にして良きライバルの家だからである。
ただしそれはDIOではない。テレンスだ。
「今日は予定ありませんが、どうして?」
「いや…行くなら一緒に行こうかと思って」
そう言って頬を染める様に、花京院と承太郎は息を飲んだ。
「…ちょっと気になったんですが、その指輪は?」
「えっ…これは、その…」
いつもはっきりした物言いをするのに、今回に限ってもごもごと口ごもる。
これはもう決定打だ。
花京院と承太郎はチラリと交わした視線で、お互いが同じ気持ちでいることを確認しあった。
「やはり行くことにしましょう」
「でも、約束してないんでしょ??」
「今します。…もうメールしましたから」
少女の目的がDIOなのかテレンスなのかは知らないが、二人の怒りは既に“もうすぐプッチン”の域まで達していた。
怒りボルテージを抑えられない二人は、周囲の人間を無駄に威嚇しながら授業を終え、終礼と共に少女を担いで学校を飛び出した。
「早かったですね。…おや、今日は三人ですか??」
「邪魔するぜ」
「お邪魔します」
チャイムを鳴らすと顔を出したテレンスを押しのけ、花京院と承太郎はDIO邸へと走り込んだ。
DIOはまだ寝起きの時間帯だ。
承太郎と花京院は一言も発さないまま、もう何度も訪れて勝手知ったる豪邸を大の男二人が駆け抜ける。
「DIO!!」
バンと大きな音を立てて大きな扉が開かれ、遮光カーテンがきっちりと引かれた薄暗い部屋に廊下から光が差し込む。
「ぬぅ…なんだ貴様ら」
ベッドから気だるげに頭を上げたDIOの目に、スタープラチナとハイエロファントグリーンが攻撃態勢で映る。
ほとんど反射でザワールドを出現させ、時を止めた。
「何なのだ…?」
意味もなく攻撃されるほどの険悪な関係でもない。
まあ、それも最近の話ではあるが。
とりあえずベッドから抜け出し、二人の横へと素早く逃れる。念のためにドアに近い方へ立って時が再始動するのを待った。
「DIO!!あんなに抜け駆けは無しと決めたでしょう!?」
平和ボケした条約ですね。
「何のことだ?」
「すっ呆けても無駄だぜ。もうお前しかあり得ないんだからな」
今回の承太郎さんはよくしゃべる。
びしっと指さし睨みをきかせた承太郎がそう言うと、DIOは眉を寄せた。
「だから何のことだ?」
「??……指輪、貴方じゃないんですか?」
「指輪?」
とぼけるにしては様子がおかしい。
DIOならさっさと開き直って自慢くらいしてくるだろう。
「…では誰が?」
花京院と承太郎は顔を見合わせた。
取り合えず謝れともっともな主張をするDIOを放置すると、二人はもと来た順路を引き返す。
「おや、終わりましたか?」
執事をしているテレンスも、こと三人の揉め事には我関せずを決め込んでいる。
紅茶を注ぎながらのんびりした口調で尋ね、いつもと様子が違うことに気づいて顔をしかめた。
「どうかしましたか?」
「アイツは?」
「ああ、手紙をお預かりしています」
要するに帰ったらしい。
テレンスでもないとすると、一体誰に会いに来たのか。
テレンスが相変わらずのんびりと差し出した手紙を奪うように取り上げると、二人は小さなメモ紙につづられたメッセージを読み、がっくりとうなだれた。
―花京院と承太郎、DIOへ
今日は何の日か知ってる??
大成功。
指輪は昔、父が旅行のお土産にくれたの。可愛いでしょ?
「してやられましたね」
「エープリルフールか…やれやれだぜ」
「ふん、アイツが好きそうなイベントじゃないか。マヌケな奴らだ」
DIOだってもしも二人より先にその指輪を見ていればきっと引っかかったに違いない。
そうは思っても返す言葉もないのもまた事実。
「とは言え、言われっぱなしもどうかと思います」
「お前が勝ち誇るのだけはどうにも許せん」
再び不穏な空気を醸し出す三人を横目に、テレンスは淹れたての紅茶を片手に自室へと帰って行った。
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