五部




私はカレンダーとお財布を交互に眺めた。
ついに今年もやってくる、バレンタインデー。
去年はイタリアの文化に驚かされるだけだったけど、今年は絶対にみんなを驚かせたい。
そのための作戦は、既に打っている。


「ちょっとトリッシュと出かけてくる」

「わかった。飯は?」

「お昼はいらない。夕飯は帰って食べるよ」


リゾットに手を振って、どこに行くのかとしつこいメローネを突き飛ばして家を出た。
スタンドで追跡される可能性もあるので、アジトを少ししてからスタンドで誰もいない事を確認してトリッシュの家へ向かった。


「いらっしゃい」

「お邪魔します。ごめんね」

「いいのよ、どうせ暇だったし。それにしても、わざわざ手作りなんて…アナタ本当にマメよね」

「去年のリベンジがしたいだけだったら」


前もって買っておいた材料は、トリッシュに隠しておいてもらった。
あとは作るだけなのだが、そのためのキッチンはトリッシュに借りる。

「あぁ、友達来てたのか」

「お邪魔してます」

トリッシュのお父さんにぺこりと頭を下げ、ティラミス作りに取りかかった。
トリッシュも隣でフォンダンショコラを作るらしい。

「誰にあげるんだ?トリッシュ」

「…パードレにもあるわよ?」

「だから、パードレと、他には誰にあげるんだ?」


親バカだとは聞いていたが、私が居ると殆ど顔を出さないディアボロが、今日はトリッシュの後ろでずっとブツブツ言っているところを見ると、私の予想を上回る親バカらしい。
彼氏くらい出来る年頃ですよ、元ボス。



「冷蔵庫まで貸してくれてありがとう!」

「良いのよ、上手く出来て良かったわね」

朝から出かけていたと言うのに、空はすっかり暗くなっている。
まだ冷たい風に肩をすくめながらアジトへ帰ると、何故かイルーゾォとメローネが私の帰りを待っていた。


「チョコレート買った!?」

「もう外は真っ暗だ!!遅いから心配したぞ!!」

「ありがとうイルーゾォ、ごめんね。メローネ、チョコレートって何のこと?」

すっとぼけるのが一番だって、トリッシュが言っていた。
確かにこの攻撃は有効で、メローネは世界の終わりみたいな顔していた。
なんでも大袈裟なんだから。




翌日、私はジョルノに呼ばれたといってアジトを出て、トリッシュに預けたままだったティラミスを受け取った。
夕飯の仕込みを考えて、そのままとんぼ返り。
トリッシュとお喋りしたかったけど、去年のリベンジが大切だわ。
イベント大好きなこの私が、今年のバレンタイン忘れてる演技が通用していれば良いのだけど。



「ただい…」

ただいまの言葉は、あまりにも衝撃的な光景に詰まって出てこなかった。

「やっと帰ってきたか」

「な…何よこれ!!!」

「バレンタインだからな」

さらっと言ってのけるリゾットは、いつもとは違うスーツ姿。
イルーゾォもきっちりスーツを着ていて、片手を差し出して私をエスコートする。
何よりおかしなのは、家の中。
いつもの殺風景(失礼)な廊下は、所狭しと花が飾られている。
これだけのものを用意した彼らの懐が心配だ。


「ああ、邪魔してるぜ」

キッチンからひょっこり顔を出したアバッキオがそう告げて再び引っ込むのを、私は口をパクパクさせながら見た。


「え!?帰ってきたの!!?」

元気に飛び出してきたナランチャが私の手を引いてリビングに入ると、綺麗に片付けられたテーブルには真っ白なテーブルクロスがかけられ、花が飾られていた。
ありえない…。
失礼かもしれないが、リゾットチームの彼らにこんなセンスがあるなんて俄かには信じがたい。


「あぁ、飾りつけは僕ですよ」

「ジョルノ!!」

当然といえば当然。やっぱりジョルノだった。
ハグとキスで挨拶をすると、ジョルノは私の為に椅子を引いてくれた。
というか…ボスに椅子をひかせる私もどうなんだ…?


「なにやら面白い計画を耳にしたから、俺たちも参加させてもらうことにしたんだ」

「ブチャラティまで!!」

「ボン・ジョルノ」

スマートな挨拶はさすがの幹部だ。
アバッキオもこれくらいして欲しい。
そっけない挨拶ですましたアバッキオをジッと見つめると、舌打ちをして文句を言いながらハグをしてくれた。
可愛いですねアバッキオ。


「セニョリータ、料理も出来てるぜ?」

「プロシュートがコックなの?」

「ホルマジオが料理長だ」

「それなら安心ね」

「おい、どういう意味だ」

「最高に嬉しいってこと!」


こんなに至れり尽くせりだなんて。毎日バレンタインだったらいいのに!
プロシュートが料理を運んで並べ、リゾットがワインを準備する。
ペッシとイルーゾォとギアッチョがナイフやフォークを並べると、あっという間に食事の準備が出来てしまった。
いつもこれくらいスムーズに出来たら良いのに。

「よぉ、我らがプリンチペッサ。満喫してるか?」

「ホルマジオ!もう最高よ!!!」

「それなら僕たちも手伝ったかいがあります」

「フーゴまで!?」


おいおい、まさかのブチャラティチーム全員参加!?

「あ、ミスタはデートです」

そうですよね。
ミスタがここにいたらトリッシュが泣くわ。
バカ親に邪魔されてなければ良いけど。
私はティラミスを取りに行った時に見た、険悪なトリッシュとディアボロのムードを思い出して苦笑いをこぼした。


「なー、早く食べようよ!!」

ナランチャの声でハッと現実に戻った私は、綺麗に並べられた料理を見て思わずお腹をならした。
いや、鳴らしたというか、なってしまったというか。
とっさにお腹を押える私を見て笑ったリゾットとホルマジオにナイフを投げつけて、気を取り直した私は椅子に座りなおす。


「そうだな、だが…」

ブチャラティは何かを待っているようだ。
既に所狭しと料理が並んでいるのに、何を待っているのだろう。

「メインがまだだろ?お子様は黙ってなって」

ソルベの声に振り向くと、目の前には真っ赤なバラ。
勢い余ってぶつかってしまった私に、ジェラートの笑い声が響く。
ナランチャの反論はそれにかき消されてしまった。


「ハッピーバレンタイン」

両手で何とか抱える事が出来る花束を受け取る私は、恐らくとんでもなくマヌケな顔をしていたに違いない。
むせ返るようなバラの香りに包まれながらあっけに取られる私に、優しいジェラートは状況を説明してくれる。


「去年はみんな何の相談もなく買ってきちまって、お前飾るところに苦労してたからな」

「今年は全員からっつーことでこれな!」

名案だろ!?と自慢げに皆が笑うが、こんなサイズ…結局どこに飾るか悩むんだろうな。
頭を抱える私がリアルに想像できて、私はこぼれる笑みを堪えきれず笑った。
去年の悩みもそうだったが、こんな嬉しい悩みならいつでも大歓迎だ。
残念…。今年も私が驚かされてしまったわ。









花をひとまずソファーに置いて、私たちは楽しい団欒の中で食事を始めた。
いつもより多い人数で部屋はとても狭かったけれど、いつも以上の賑わいでとても楽しい。
人数が多いから、テーブルを埋め尽くすような料理も順調に減っていく。
そう、人数が多いのよ。そのせいなの。
メイン料理のインヴォルティーニに舌鼓を打ちながら、私はやっとそのことに気付いた。
何度も言うけど、決してわざとではないし、何より人数が多すぎることに問題があるのだ。



「ん?どうした?」

急に食事の手を止めた私は、それに気付いたリゾットに抱きしめられていた。
あまりの衝撃に、私はそれを押し返すことも忘れてしまっていた。

「ばかリゾット!離せよ!!」

私を救出したプロシュートが、顔をとんでもない至近距離で覗き込む。
これにはさすがに反応したわ。
リゾットのは何というか、日常茶飯事だから。
だけど、プロシュートの至近距離は別よ!


「近いっ!!!ペッシじゃないんだから!!!!!」

本当に、至近距離であんな美人見るもんじゃないわよ。
心臓に悪い。

「しょーがねーなぁ。話にならねーじゃねぇか」

ホルマジオが笑いながら頭を掻いて、プロシュートから距離をとろうとして転んだ私に手を貸してくれた。
こんなところはお兄ちゃんって呼びたくなる。


「それで、どうしたんだ?」

「グラッツェ、ホルマジオ。
あのさぁ、今日はメローネは居ないの?」










私の言葉で、部屋の中は耳が痛くなるような静寂に包まれた。
何度も私の声がエコーして聞こえたような錯覚すら起きた。
一体何が起こったのかと目を丸くした私に、ジョルノが微笑む。


「忘れてました」


フフッと悪びれた様子もなく笑うジョルノは、チラッとイルーゾォに視線を送った。


「出してあげてください」

「…良いんですか?」

「気付かれてしまっては仕方ありません」


いや、怖いんですけど。
と言うか、確信犯ですよね?

驚きから一転、恐怖を感じた私は固唾をのんで事の成り行きを見守る。
コトリと取り出した鏡をテーブルに置いたイルーゾォは、スタンドを発現させて口を開いた。


「マンインザミラー!メローネが出る事を許可する!!」

言うだけ言って、イルーゾォはプロシュートとリゾットの背後へと隠れてしまった。
どんだけ恐怖してるんだ。
一体何をしたのか…。


「いったぁ…」

「メローネ!アンタ何してんのよ!!!」

私はとっさにリゾットの背後に隠れた。
少し考えて、私を抱きしめようとするリゾットから逃げて、ギアッチョの後ろに隠れなおした。
ギアッチョが「オレはメローネの撃退係じゃねーんだよ」と文句を言っていたが、聞かないことにする。

鏡から放りされたメローネは、事もあろうかすっぽんぽん…つまり、真っ裸だった。
なんつーもん見せるんだ。


「酷いぜ!オレのこと忘れてパーティ始めるなんて!!」

「いや、悪かったな」

素直に謝るブチャラティに文句を言おうとしたメローネは、背後から聞こえた笑い声に文字通り縮みあがった。


「フフ…メローネ。アナタは僕の言葉を忘れたんですか?」

「ぼ・・・・・・ボボボボボ、ボス!!!」



「服を着ておきなさいって、僕言いましたよね?」

「いや、服……き、っ着ました!」

とんでもなくテンパるメローネは、あろう事かすっぽんぽんのまま「服を着ている」と主張する。
止めとけばいいのに。


「は?」

言わんこっちゃない。
不愉快さを微塵も隠さない顔で睨まれたメローネは、負けじと服を摘むような手つきで主張を続ける。


「し、シースルーなんです!」


馬鹿すぎる。
さすがに見ていられなくなったのか、リゾットは額に手を当てている。
終始笑っていたのはアバッキオとナランチャだけ。


「へぇ…オシャレですね」

「!!!…でしょ!?」

「では、僕のアドバイスです」


ジョルノがニッコリ笑った瞬間、ブチャラティに視界を塞がれて見えなくなったのだけど、「無駄無駄無駄無駄!」なんてラッシュの声が聞こえたわ。
ブチャラティ、私は暗チなのに。全く……。隠すならメローネの裸を隠して欲しかったわ。


「赤のシースルーが素敵ですよ」



ジョルノには絶対逆らわないわ。

私の作ったティラミスは、パーティーの空気を取り戻す為に使うことになってしまった。
ティラミスでジョルノのご機嫌取る私に、フーゴとブチャラティが「悪いな」と謝っていた。
それはこっちの台詞でもあるけどね。
いつもの事よと笑い返すと、二人は気の毒だと言わんばかりの憐れみの目を向けてきた。
二人の反応が正常なのかもしれないけれど、私こんな生活を気に入ってるのよ。

「ねぇ、オレのティラミスは!?」

「ジョルノにあげたわよ?」

「そんな!!オレ、ケガしただけ!?」

「お疲れ様、メローネ」

「そんなーっ!?」


あんまりにも可哀想だから、今度また作ってあげよう。
今度は違う味にするのも良いかも知れない。





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