アバッキオ誕生日




「浮かない顔をしてどうしたんだ、アバッキオ」


ジッと宙を睨んでいたアバッキオは、ブチャラティに声をかけられて眉を寄せたまま顔を上げた。


「あぁ…いや……」

ブチャラティに心酔している彼にしては珍しく、気のない返事をしてまたぼんやりとしている。
手元の書類を掴み上げ、さも読んでいるという風にはしているが明らかに心ここにあらずだ。


「何かあったのか?」

ブチャラティに書類を取り上げられ、アバッキオは諦めたように髪をかき揚げてため息をついた。


「アイツが、何か変なんだよ」

「アイツ?」


ブチャラティに聞き返され、アバッキオはムッと口を尖らせて言い淀む。
そんな様子に、ブチャラティはアバッキオが彼女の話をしている事に気づいた。
いつもはっきり物を言うのに、彼女の話をするアバッキオはいつもモゴモゴと言い澱んでハッキリしない。


「変ってどんな風に?」

「アンタに聞かせるほどでもないんだが…」

そう言いながらアバッキオはブチャラティにエスプレッソを淹れて出した。
どうやら内心では、聞いてくれる相手が現れて嬉しいらしい。
言葉と裏腹な行動に込み上げる笑いを堪えて、ブチャラティはエスプレッソを一口飲んだ。

「…で?」

「あぁ…妙に落ち着きがなくて、なーんか隠してるみたいなんだよな」


隠し事?

ブチャラティは眉を寄せた。
彼もアバッキオの彼女とは面識があるが、隠し事には向いていない…良くも悪くも素直なタイプだ。
しかも、アバッキオに隠し事を出来る器用なタイプではないと自覚もしているだろう。


(ならば、何を隠しているのだろうか…)


そうまでして隠さなければならない事があるのか。

ブチャラティは眉を寄せて宙を睨んだ。
最初のアバッキオとほぼ同じ状態になり、二人は無言でエスプレッソを傾ける。


「まさか…いや、アイツに限って浮気なんて」

「それはないだろう」


ブチャラティはアバッキオが溢した言葉に、即座に首を振った。

こう言うとアバッキオは非常に嫌がるが、二人は本当に相思相愛だと思う。
重要な事ほど口にしないアバッキオの少ない言葉から、彼女はたくさんの事を理解する。
そんな彼女を見て、フーゴが「あれはスタンド能力ですか」と冗談めかしていたくらいだ。
それに、アバッキオも自分の言葉が足りない事をよく理解した上で、自分を理解してくれるその彼女をとても大切にしていた。


「お前らが駄目になるのは考えられないな」

「…どうだかな」


ぷいと背けた顔は微かに赤らんでいた。

(素直じゃないな)

アバッキオも彼女に甘い言葉を囁いたりするのだろうか。
そんな事をふと考えて、あるならばどんな顔をしてどんな言葉を選ぶのか少し興味が沸いた。


「あーもう…わかんねぇな」

ガリガリと頭をかき混ぜて、アバッキオは再び書類を手に取る。
どうやら今日は、アバッキオの仕事はあまり進捗しなさそうだ。

エスプレッソを飲み終え、カップを洗うために立ち上がったブチャラティは、なんとなく視線をカレンダーに向けた。


(あぁ…そうか)


アバッキオがため息をつくのを背中で聞きながら、ブチャラティは堪えきれずに小さく笑った。


「何だよ?」

「いや…」

笑うブチャラティを、アバッキオは怪訝な顔で振り返る。


「やっぱりお前達が駄目になるとは思えない」

「はぁ?」

「仕事にならないなら、明日にしろ。もう帰れ」

ブチャラティの追い払うようなジェスチャーに、アバッキオは眉間のシワを一層深めた。
反論するより早く書類を奪われ、挙げ句の果てには「命令だ」とドアから閉め出される始末。




「意味わかんねぇ」


わからない事だらけだ。
閉められた扉の前に立ち尽くし、困惑するアバッキオは髪をかきあげてため息をつく。

ブチャラティは何かに気づいたらしいが、ここに居た所で分かりそうにもない。
何を隠しているのかは分からないが、遠回しに聞き出すくらいしか解決法も見つからない。
彼女が以前、「スゴく美味しい」と言っていたタルトでご機嫌を取って切り出してみよう。
そんな思いつきで、アバッキオはやや回り道をして帰路に着いた。












「アバッキオ」

もう少しで家に着くという所で声をかけられ、アバッキオは顔を上げた。
いつものように窓から手を振る彼女を確認し、小さく手を上げて返事を返す。

この短いやり取りのお陰で、二人はすっかり"近所の主婦に穏やかに見守られる若いカップル"状態だ。
恥ずかしいから止めたい気もするが、嬉しそうに手を振る彼女を無視するほど冷めてもない。

階段を上がり、鍵を開けて家へと入る。


「お帰りなさい」

ここ数日ギクシャクしていたくせに、今日は何か吹っ切れたような明るい笑みで抱きつく。


「あれ、アバッキオ…何か買ってきたの?」

手に持った袋に気づいて覗き込む彼女にそれを手渡し、アバッキオは袋を受け取った彼女を抱き抱えて部屋へと上がった。


「ちょっ、降ろして!!ダメッ!入ったら駄目!!」

「やっぱり何か隠してるのか」

どうにも玄関で留められてる気がしたんだ。
そう呟くアバッキオは明かりの消えたリビングへ脚を踏み入れ、何故かカーテンまで閉められて暗い部屋に明かりを灯す。


「……なんだこりゃ」

「あーっ…もう!!」


瞠目するアバッキオに、抱き上げられたままの彼女は口を尖らせた。
部屋は「アバッキオ、誕生日おめでとう」と飾りつけられ、テーブルにはご馳走まで並んでいる。

本当ならもっと驚かせる算段だった。


「せっかくクラッカーまで用意したのに」

「まさかとは思うが…」


何を聞かれるのかと視線を返すと、アバッキオは目を瞬かせて口を閉じた。


「何?」

「ずっとこれを準備するためにそわそわしてたのか?」

綺麗に飾りつけた部屋を指差し、アバッキオは顔をしかめた。

「他に何かある?」


アバッキオは鋭いから、隠し通すのに苦労した。
何か怪しんでいるのも気づいてたけど、どうしても驚かせたかった。
部屋の飾りつけを作って隠した場所も、気づかれるんじゃないかといつもヒヤヒヤしていた。


「いや…浮気でもしてるのかと」
「ひどい!!」


今度は彼女が眉を寄せる番だ。
唇を固く引き結び、アバッキオから完全に顔を背ける。

「わりぃ…」

素直に謝るアバッキオをチラッと伺い、許さないと首を振る。

「悪かったって」

「……反省してる?」

「あぁ」


しばらく黙ってアバッキオを見つめて、自分よりずっと長身のアバッキオに腕を回した。
ギュウと力を込めれば、そっと抱き締め返してくれる。

「好き」

「あぁ」

ピッタリ身体を添わせたまま、アバッキオは抱き締めた彼女の髪にキスをした。それが彼の「好き」の言葉の代わりだと知っている。


「飯にするか。旨そうだ」

「今日はアバッキオの好物を集めました」

「ジャーン」と笑って、テーブルに準備したキャンドルに火を灯す。
ずいぶんムードのある演出だとは思ったが、アバッキオの好みでもあった。


「良いじゃねぇーか」

「えへへ、後はプレゼント」


「はい」と差し出されたプレゼントを見て、アバッキオは目を瞬かせた。
可愛らしいラッピングの施されたそれをたっぷりと眺めて、まるで自分がプレゼントを貰ったように嬉しそうな笑みを浮かべる彼女をプレゼントごと抱き締めた。


「オレはまだ何もプレゼントしてねぇのに」


健気にサプライズパーティーを用意して貰えるほど"良い彼氏"でない自覚もある。
それでも幸せそうにプレゼントを差し出されて、素直に「嬉しい」と思った。


「開けてみてよ」

久しぶりにプレゼントなんてものを貰った。
そんな感動を覚えながら包みを開ける。


「ネックレスと…これは、ウォレットチェーンか」

「うん、青い色が綺麗でしょ?」


ペンダントのトップの、小さな青い石がキラキラと眩しい。

「アバッキオに絶対似合うと思って」

「あぁ、ありがとさん」


素直に受け取るアバッキオの手に、そっと手のひらが重ねられた。
不思議に思って顔を上げると、真剣な眼差しが真っ直ぐアバッキオに向けられていた。

「御守りだから」


一度死にかけた(正確には一度死んだ)アバッキオの身を案じているのだろう。
重ねた手にギュッと力を込めて、「居なくならないでね」と告げる表情は真剣そのものだ。


「今度、これをつけてデートしてやるよ」

「本当?」

「ああ」


フンと笑うアバッキオに飛び付き、「絶対よ」と幸せそうに笑う。
空いた方の腕で抱き締めて「あぁ」と答えれば、「行き先を考えるわ」と満面の笑みを浮かべる。


「飯にしようぜ、腹へった」

「ルッコラのサラダとマルゲリータ…好きでしょ?」

「あぁ、旨そうだ…と、そうだ。もしかしてケーキあるか?」

「じゃあこれは明日食べな」


ご機嫌を取る為に買ってきたのに必要なくなってしまったタルトを手渡すと、少し目を丸くしてまた笑みを浮かべる。

「よく覚えてたね」


あまり嬉しそうにしないで欲しい。
「お前の好みくらいなら覚えてる」なんて恥ずかしくて言えない。


「グラッツェ」

言えないのに見透かしたように笑う彼女に、アバッキオは顔が赤くなるのを感じた。
ギュウと可愛く抱きつく彼女を抱き締め返して、アバッキオは言葉に出来ない愛しさを込めて精一杯優しくキスをした。





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