五部
「何で?」
私は沢山の花束に囲まれて困惑していた。
2月14日。
それはつまりバレンタインデーで、私の母は「大好きな人にチョコレートをあげる日よ」と生前によく言っていた。
「何故って…バレンタインデーだからだろう?」
眉を寄せるリゾットも私に負けじと劣らず困惑顔で、それでも赤い薔薇が良く似合う。
「ははぁん…そう言えば、日本ではバレンタインには好きな男にチョコを贈るって何かで見たぜ」
さすが物知りホルマジオ。
納得した様子で頷いたプロシュートが「イタリアでは男が女に花を贈るんだぜ」と説明してくれた。
なるほどカルチャーショックだ。
それにしても青い薔薇が良く似合いますね兄貴。
「いや、イタリアでは男が女に貞操を「メローネ、そうだとするとお前は捧げるもんがもうねぇな」
「心はいつでも"初めて"だよ」
「キメェから黙れメローネ」
メローネの頭の中はいつも花が咲き乱れていそうです。
そんな意味では、メローネの手に握られた白の花がとても似合う。
イメージなら白より紫だけど。
あれ、何て花だろ。
メローネにキレっぱなしの、ギアッチョが持っているのはマーガレットだ。
可愛い。
そう言えば以前、ギアッチョと道を歩いてる時にマーガレットを見つけてはしゃいだ記憶がある。
覚えてたんだろうな。
「まぁ受け取ってよ」
「だな、持って帰ってもしょうがねぇし」
ソルベとジェラートが二人からと差し出した大きな花束は、色々な花で綺麗なアレンジが加えられたおしゃれな花束。
「これ、お前好きそうだと思ったんだけど」
「うん好き!!ありがとうイルーゾォ」
可愛らしいピンクの小さな薔薇。
薔薇のクセに、気高い感じより健気って雰囲気がして好き。
「お前にはやっぱりこれだろ」
「チューリップだ!!」
ホルマジオの花束も受け取って、「でも、やっぱり私の事子どもみたいだと思ってるでしょ」と口を尖らせると、ホルマジオはサッと目を反らしてしまった。
どうして子ども扱いされてしまうんだろう。
「これも良いんじゃないかと思ったんだけど」
遠慮がちにペッシが差し出したガーベラを受け取って、「うん、好き!!グラッツェ」と言うとふにゃりと笑みを返してくれた。
「これもどうぞセニョリータ」
「グラッツェ、兄貴」
スマートな流れでハグとキスをして花束を渡すプロシュートは、多分暗殺チームに入らなくても…俳優とか。
「プロシュートだって本当は押し倒したいと思っ「メローネ、いい加減黙れっ!!」
「グハっ!!」
……無理か。
口より手が早いし。
騒ぐメローネにプロシュートの鉄槌が落ち、ペッシがブルリと震える。
…条件反射ですか?
「チッ、メローネの奴。ほら、これもこれも受け取っとけ」
「グラッツェ、ギアッチョ」
メローネの持っていた白い花とギアッチョのマーガレットを受け取って笑うと、ギアッチョは「フン」とそっぽ向いてしまった。
照れ屋だなぁ。
「おい、これも」
私の顔が花に埋まる勢いでズイと差し出された赤い薔薇を受け取って、私はリゾットを伺う。
赤い薔薇って特別な感じがして少し緊張する。
「グラッツェ」
リゾットは花を受け取った私にハグをして、いつものように額に口づける。
皆は頬にするのに、どうしてリゾットはいつも額にするんだろう…。
それから私は、一度に貰った事のないような量の花束をせっせと花瓶に飾って、部屋でくつろぎ始める皆を振り返った。
「あのね、私…チョコレートを「そうだった!!」
ソファーで横になってくつろいでいたメローネが物凄い勢いで飛び起き、そのまま私に掴みかかる。
「きゃっ!」
「チョコレート、誰にあげるんだよ!!」
飛び付かれた反動で後ろに倒れかけた私の背中に、リゾットの手が添えられてなんとか転ばずに済んだ。
「メローネ、落ち着け。押し倒す気かよ」
「それはそれでベネ」
結果オーライみたいな言い方は止めて欲しい。
「バンビーノ、オレにくれるだろ?」
さりげなく催促するプロシュートなんて珍しい。
「もちろんチョコレートは」
―ピンポーン…
「お客さんだ」
リゾットがドアの方へ向かい、メローネに「焦らすなよ」と言われながら私もリゾットに続く。
「ボンジョルノ」
私はドアから顔を覗かせた人物に返事をするのも忘れて、目をまん丸に見開いた。
「貴女には話し相手になってもらっているので、バレンタインくらい花を贈らせて下さい」
「ぼ…ボス……」
ジョルノが差し出した色とりどりのジニアの花束を受け取って、私はやっと「ボンジョルノ」と挨拶を返して笑った。
「グラッツェ…いいの?こ、こんな…」
「ジニアには"幸福"という意味の花言葉があるそうです。ギャングのチームに居るとは言え、貴女には幸福が似合います」
ジョルノの頬がそっと寄せられ、緊張で固まる私にジョルノが微笑む。
(美形過ぎる!!)
プロシュートにしてもジョルノにしても、女性を上回る綺麗な容姿に私は毎回タジタジだ。
「あの、ボス」
「ジョルノで良いですよ」
「ジョルノ、時間があれば上がって行かない?」
「そうですね…リゾット、上がっても?」
「どうぞ」
チームリーダーであるリゾットの許可を求めるなんて、部下を相手にマメだなぁ。
リゾットに続いて入っていくジョルノに感心しながら、私もみんなの所へと戻る。
「ボス!?」
驚いたメローネが声をあげ、みんなも緊張の色を見せて固まった。
ジョルノが私に招かれたと説明すると、イルーゾォが「じゃあチョコレートは…」と呟く。
「ボスかぁ…」
「とても勝てない気が…」
ソルベとジェラートにカプチーノを淹れる手伝いをして貰って、私は人数分のカプチーノを並べた。
「何か勘違いしてるみたいだけど…チョコレート皆にあるよ?」
ジャーンと取り出したのは、せっせと作っておいた生チョコとズコット。
「ズコットじゃねーか!!」
さすがプロシュート、ドルチェに詳しい。
女の子をエスコートする為かな…。
「お前が作ったのか!?」
驚いてくれるギアッチョにピースサインを得意気に送ると、リゾットが目を丸くしてズコットを見つめる。
穴開きそう。
「そんな事も出来たのか」
ソルベ、それは失礼よ。
「じゃあ食べよう!ズコットはもう一つあるから。ジェラート切ってくれる?」
誰に任せても馴れた手つきで刃物を扱ってくれるだろうけど、ケーキの切り分けなら絶対ジェラート。
細切れにされても困るし、雑な切られると後で取り合いになるのが大変だから。
「しかし、上手く作れてるじゃねーか」
皿に取り分けたズコットを眺めて舌を巻くホルマジオに、私は嬉しくなった。
頑張って作って良かった。
お菓子作りみたいな女の子らしい事、久々にした。
数日前から練習までして、ようやく皆に出せるくらいになったのだ。
「食べて良い?」
既にフォークを構えるペッシに頷いて答えると、バレンタインの小さなパーティーが始まる。
「ジョルノも…あまり美味しくないかも知れないけど、食べてみて?」
フォークを手渡すとジョルノは「グラッツェ、いただきます」と笑った。
「ブォーノ!!なぁ、これベリッシモウマイよ!」
メローネは口いっぱいにケーキを詰めて笑う。
あぁ…それをすると……
「メローネ!汚ねぇだろうが!!ウマイのは分かる…。確かにウマイ。だが、それとこれとは別だろうが!!」
ほら、ギアッチョがキレた。
「しょうがねぇな、メローネの奴は毎回毎回…」
苦笑いを浮かべるホルマジオも、ズコットを完食して生チョコをつついている。
いつもは私にくれて、自らはドルチェをあまり食べないリゾットもズコットを次々口に運ぶ。
クリームをたっぷり使ったケーキだったから、リゾットが食べてくれるか心配だっただけに凄く嬉しい。
「リゾット、美味しい?」
「あぁ、とても何度もスポンジを焦がしていたお前が作ったとは思えないな」
「!?」
リゾットの発言に、私は思わずフォークを取り零してしまった。
確かに何度も失敗して、スポンジを焦がしたり膨らまなくてクッキーみたいになったりしたけど…。
「どうして知ってるの!?」
確かに見つからないように、こっそり一人で食べるか捨てるかしたはずなのに。
「お前の事なら大抵の事は知ってる」
「わーぉ、リーダー…凄いストーカー発言」
メローネ、笑い事じゃない。
「クッキーみたいになったスポンジは、味はまぁまぁだった」
「食べたの!?」
事も無さげにエスプレッソを飲むリゾットに詰め寄ると、当然のように「食べたが?」と返された。
こ…この男っ!!
「メタリカで隠れて見てたでしょ!!」
「全く気づいて無かったのか」
いやいや、何故"目から鱗だ"って反応してるんだ。
「塩を入れそうになった時は焦ったけどな」
ホルマジオが笑い、リゾットは無言で頷く。
お前もかホルマジオ。
「ジョルノ、何とか言ってよ!!」
泣きつく私にジョルノは、「皆さん貴女に夢中なんですね」と軽く笑って返す。
少なくともホルマジオは、私が何を仕出かすか心配してただけだと思います。
「エプロン姿はベッドで見たいな」
「メローネは本当に黙って!!」
何でもかんでも夜の営みに持ち込みたがるんだから。
「なぁ、オレがあげた花…チューベローズって言うんだぜ」
黙らないメローネは得意気に花の話題を持ち出す。
花の話題なら安全…か?
「ネットで見てどうしても欲しくて、ボスに貰ったんだ」
「あぁ、あの花ですか」
ボスにそんな事をさせるなんて、メローネは恐いもの知らず。
「花言葉が"危険な快楽"。ベリッシモベネだろ!!」
「ギアッチョ、殺ってしまってくれないかしら」
「そうこなくてはな」
青筋を浮かべていたギアッチョが、私の提案に乗ってメローネの鳩尾に綺麗なボディーブローを炸裂させる。
うん、ベネ。
「何度落としても復活するのが難点だな」
冷静なイルーゾォが生チョコを頬張るのを見ながら、ふと思いつきで問いかける。
「イルーゾォ。私、エプロン似合ってた?」
「あぁ、似合ってた似合って……」
ハッとした様子でフォークを動かす手を止めたイルーゾォを睨む私は、ギアッチョのホワイトアルバムより冷たい視線を向けていたかも知れない。
「イルーゾォも見てたのね…」
どうりで、キッチンにいつもはない鏡があると思った。
「せっかく驚かせようと思ったのになぁ」
逆に驚かされるとは、思いもよらなかった。
「まぁ良いか…楽しいし」
まさかギャングになって、誰かとバレンタインを過ごす事になるとは思わなかった。
それを考えると、今がディ・モールト幸せ。
「来年もまた作るかな」
「また皆で食べる気か!?」
「…そうだけど?」
リゾットが何故驚いているのか分からない。
ソルベとジェラートがこそこそ何かを話して笑っている横で首を傾げると、その二人を除く全員にピリッとした空気が漂う。
「リゾット、テメェだけに美味しい思いはさせねぇ…」
「美味しい!?待って、ヤったの?」
「復活すんなメローネェ!!」
一人会話の噛み合わないメローネがギアッチョに再びぶっ飛ばされ、プロシュートとリゾットの掴み合いが始まる。
「まだ何もしてない」
「まだってのが聞き捨てならねぇなリゾット」
ああ…ホルマジオまで加わっては、止める人が居なくて困る。
助けを求めようとイルーゾォを見るが、今にもその中に加わりそうな様子のイルーゾォは私の視線に気づきもしない。
ペッシと一緒になってオロオロしていると、突然手を叩く音が響いて喧騒が静寂に変わる。
「皆さん、元気があるようで何よりですね」
ジョルノがニコッと笑い、私は悪寒を感じてぶるりと震えた。
「本当に、元気が有り余っているようで何よりです」
我らがボス。
ジョルノ・ジョバァーナ。
彼に逆らうなんて恐ろしい事をする事は死ぬまでない。
私達は、この後すぐにそう誓った。
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