四部
今日の私は通学鞄にプラスアルファで紙袋を持って登校する。
張り切って教室の扉を開けたのに、目的の人達はまだ来ていない。
「あれ?まだか…」
「おはよっス」
ポンッと背中を叩かれて振り返ると、綺麗に手入れされたリーゼント頭。
「丈助、おはよう。今日も寒いねー」
「お前が薄着だからじゃねぇか?」
制服なんだから、丈助とさして変わりはない。
むしろ、カーディガン分私の方が厚着なくらいだ。
「そうだ、丈助。ハッピーバレンタイン」
紙袋から取り出した箱を一つ、丈助に差し出す。
「おぉ!チョコか!?」
「しかも手作り」
「スゲー、器用だな」
どうやら喜んでくれたらしい。
昨日頑張って作ったかいがあるというもんだ。
「後で食べるな」
丈助はカバンを開けてチョコレートをしまおうとする。
「丈助、もしかして…それ、全部チョコ?」
丈助の鞄の中には可愛らしいラッピングが施されたものが、すでにいくつも詰め込まれていた。
さすがジョジョ…。
「なぜだ…」
「うひゃあ!!」
お化け屋敷でよく聞く「ヒュードロドロ」と言うBGMでも流れそうな、暗い空気を纏った億泰が丈助を恨めしそうに見つめる。
マジで夢に出そうだ。
「なぜお前がもてるんだ!?そんな変なあた…「億泰!!」
危ない。
コイツ今、丈助の髪型について触れようとしたに違いない!!
朝からキレた丈助を見たくなかった私は、咄嗟にボディーブローを決めた。
「な…ナイスな腰の入れ方だ…ぜ……」
「おいおい、億泰。朝からスゲーもんもらってんな」
爆笑する丈助は、鞄から私があげたチョコレートを取り出してニマニマと笑みを浮かべる。
「オレはチョコ貰ったけどな」
当て付けのようにチョコを見せつけられ、億泰はとうとう泣き出してしまった。
大袈裟な人。
「オレは…一年でバレンタインが一番嫌いだ!!ぢぐじょー…」
切実だ。
さすがに笑ってばかりいられなくなったのか、丈助がポリポリと頬をかいて苦笑いを浮かべて私を見るので、私も苦笑いを返して小さくため息をついた。
「億泰にもあるよ」
チョコを紙袋から取り出して涙を拭う億泰の前に差し出すと、チラリと私を伺い見た億泰はパッと笑みを浮かべた。
「結婚しようぜ!」
「「何でだよ!!」」
どんな思考回路してんだ!
丈助と私に突っ込まれた億泰はそれでも嬉しそうに包みを抱えて席に着く。
よ…喜んでもらえて光栄です。
「気持ちわりぃ顔だな、緩みまくりじゃねーか…」
チョコ一つで幸せになれるなんて良い事です。…多分。
まだまだ配り終えないチョコを抱えて、私は昼休みを待った。
チャイムが鳴ると同時に教室を飛び出して二人を探す。
もちろん、康一くんと由花子さんの二人ね。
「いたいた…由花子さん、康一君」
「あら」
「ん?」
相変わらず仲良しそうで何より。
同じ様な反応をする二人に、私は一つの包みを取り出した。
「友チョコだよ」
「うわぁ、貰って良いの?」
「二人で食べて貰おうと思って」
明らかに怪訝な顔をしている由花子さんに笑顔でそう言うと、由花子さんは表情を和らげた。
うん、もう一押し。
「チョコレート、由花子さんが好きかなと思って」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
今日最大の難関を突破した気がする。
やるならとことん、皆平等にね!!
「じゃ、二人を邪魔しちゃ悪いし、まだ渡したい人も居るから」
紅茶を買うかコーヒーにするか話し合う二人に手を振って、私はその教室を後にした。
「おや、貴女は…」
「ミキタカ!!」
自称宇宙人のミキタカを発見した私は猛ダッシュでミキタカに飛び付いた。
彼は癒しだと思う。
「ミキタカ可愛い」と悶える私を、丈助がヒョコッと顔を出して覗き込む。
「なんだよ、お前本当にミキタカ好きだな」
「ミキタカは私の癒しだもん」
「嘘だろ!?オレの事は遊びかよ!!」
「いや、何の事かさっぱり…」
どうしてか億泰は時々日本語が通じなくなる。
ミキタカよりよっぽど宇宙人なんじゃないだろうか。
「ミキタカにもチョコあるよ!」
はいっと差し出したチョコを、ミキタカは不思議そうに眺める。
「チョコ?」
「うん、チョコレート。バレンタインデーだから」
ニコニコ笑ってミキタカを観察していると、彼は箱を色んな角度から見た後耳を当て、匂いを嗅ぐ。
うん、期待を裏切らない彼はやっぱり癒し。
「食べるものよ。包装紙開けて、中にチョコレートが入ってるから」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
紙袋の中身もずいぶん軽くなった。
「後一つか…」
じっと紙袋を覗き込んで、私はため息をついた。
受け取って貰えない気がする。
放課後を待ち、ゲームセンターの誘いを断って足早に学校を後にした。
最後の一つを渡す為に。
ーピンポーン…
チャイムを鳴らして少し待つと、荒々しい足音に続いて乱暴にドアが開かれた。
「まだ何か用か!?」
岸辺露伴はご機嫌斜めな様子です。
「あぁ、キミか。すまない、また宅配便かと思ってね」
人気作家は辛いですね。
直接チョコレートが送られて来るって事は、露伴先生の住所が流れてるんでしょう。
「邪魔ですか?」
「いや、丁度休憩にしようと思っていたところだ」
ドアを開けっ放しでダイニングへ入って行くということは、上がって良いのだろう。
私は靴を脱いで揃え、露伴を追いかける。
「今日バレンタインデーだから、露伴先生は沢山貰ってるんだろうけど…」
高級な物も貰うんだろうなと思うと、猛烈に渡したくなくなる。
「先生なんて言うなよ、よそよそしいし…ボクは今、プライベートな時間を過ごしてるんだぜ?」
「あ、ごめん…これ、露伴に。昨日作ったの。口に合えば良いけど」
綺麗にラッピングしたチョコレートを渡して、露伴が箱を見つめる姿に堪らなくなって目を固く瞑った。
うー…緊張する。
「手作り?」
「う、うん…」
「…な、何か変な物入ってるんじゃないだろうなぁ?」
言うに事欠いてそれか。
ムカッとするのに、腹が立って文句を言いたいのに…。
ギュッと結んだ口は何も言ってくれないし、視界が滲む。
悔しい。やっぱり持って来なければ良かった。
「お、おい…何も泣く事ないだろう?」
露伴が本気で「何か入ってるんじゃないだろうな」なんて言ってないのは分かる。
それでも悔しかった。
昨日…頑張ったのにな。
こっそり何度も練習して、頑張って作ったのに。
「やっぱり止める」
「は?」
「やっぱりあげない、返して!!」
露伴にはファンから送られてくるチョコレートが多分沢山あるし、私のチョコなんてその「沢山の内の一つ」でしかない。
「断る」
「…え?」
「これはもうボクの物だ。ボクに所有権があるし、ボクはそれを放棄しない」
露伴は雑にラッピングを開き、昨日私が頑張って作ったフォンダンショコラを掴む。
「待って」
「まだ文句があるのか?」
「それ、温めた方が美味しいよ?」
私の顔とフォンダンショコラを交互に見た露伴は、掴んでいたそれをそっと皿に乗せた。
「…レンジはそこだ。やってくれよ」
露伴は何だかんだ言って優しい。
私は溢れそうになっていた涙を拭いて、皿を受け取った。
泣き落としみたいで、少し気がひけるけどね。
ーピンポーン…
「またか?今日はチャイムのスイッチを切っておかなきゃ仕事にならなそうだ」
ぶつぶつ言いながら玄関へ向かう露伴を見送りながら、私はレンジをスタートさせた。
「やっぱり居た!!」
「露伴にも絶対あげると思ったんだよ」
「おい、帰れったら!!」
露伴を押し退けてドカドカと入ってきたのは丈助と億泰だった。
目を丸くする私に、二人は「変な事されてないか!?」と詰め寄る。
「どうしたの?二人して」
「どうせ露伴にも渡すんだと思ってよ。ゲーセンは怪物並みに強い奴がいてつまんねーし」
「そう。負けるとさくらんぼ要求されるし。意味わかんねー。
で、一緒にお茶でも貰ってこれを食べようって話しになったんだよ」
ラッピングされたままの私があげたチョコレートを片手に、ニコニコ笑う二人は露伴を振り返る。
「「いいだろ?」」
タカる気だ。
「断る!!帰れ!!」
ーチーン…
「あ、出来たよ露伴」
「ああ、すぐ食べるから出してくれ」
ほどよく温まったフォンダンショコラを取り出すと、丈助と億泰は穴が空きそうなほどそれを見つめる。
「露伴…」
背後にはレンジ、前には丈助と億泰。
動けなくなった私に、露伴は大きなため息をついた。
「……紅茶がそこにあるから、自分達で淹れろよ」
やっぱり何だかんだ言って優しい。
丈助と億泰が四苦八苦しながら紅茶を淹れるのを、私は露伴の隣に座って眺めた。
「……うまい」
「本当!?」
露伴から美味しいって言って貰えるのは予想外だった。
聞き返す私に、露伴はジロリと鋭い視線を返す。
「ボクはそんな嘘は言わない」
「良かった」
やっぱり勇気を出してあげて良かった。
紅茶を淹れて持ってきた丈助と億泰が椅子に腰かけて、露伴と同じようにフォンダンショコラを口に運ぶ。
「んまい!!」
「おぉ、お前、ケーキ屋とかすれば儲かるんじゃねぇか!?」
丈助は小遣い稼ぎに余念がない。
パクパクと吸い込むように食べる丈助と億泰を見ていた露伴は、後一口というところで「あぁそうだ」と口を開いた。
「それ、温めるとうまいらしいぜ」
したり顔で笑う露伴に、丈助と億泰はあんぐりと口を開けて固まった。
「言うの忘れちゃった…」
「マジかよ!!これ、これ以上美味くなったの?」
「なんて洒落た食い物なんだ…」
というか…
「「露伴、最初から気づいてやがったな!!」」
うん、そう思う。
だから「まあ座れよ」なんて言って私をさっさと座らせたのか。
てっきり紅茶を淹れる手伝いをさせない為だと思ってた。
「言いがかりはよせよ。お前達、コイツがボクの分を温めてたの見てただろう?」
コイツ呼ばわりかよ。
しかし、それで正当化されるものでもない。
「うるせー露伴!!仕返しがセコいんだよ!」
丈助にがなられても何食わぬ顔で紅茶を飲む露伴は、チラッと私を見て億泰と丈助を同じように見る。
「なに?」
「何だよ」
「気持ちワリーからこっち見んな」
丈助、気持ち悪いは言い過ぎ。
「フン。なぁ、チョコレートは何人にやったんだ?」
「へ?」
キョトンとする私に、億泰と丈助の視線まで集まる。
「確かに…ミキタカにもやってたよな」
「オレが本命で、他の奴らは義理チョコだろ?」
聞いておきながら耳を塞ぐ億泰を鼻で笑って、露伴はニマニマ笑う。
何か悪い顔だ。
「本命は誰なんだよ」
「……もしかして、好きな人を聞いてる?」
「鈍い奴だとは思っていたが、ここで確認取るか!?きっぱり言っちまえよ」
鈍いなんて失礼な!!
詰め寄る露伴を押し返して、私は少し考えた。
丈助も優しいし、露伴も…ひねくれてるけど優しい。
億泰は可愛いし、でも可愛さならミキタカが断トツな気もする。
それが恋かと聞かれると、それは謎。
つまり
「分かんない。今は皆と居るのが一番楽しいし」
と、こうなるのだ。
「くっ…泣きながらチョコを受け取らせておきながら!?」
「あ!露伴またコイツ泣かしたのかよ!!」
「なぁ、ひねくれ露伴と直ぐキレる丈助をおいてオレと今からデートしようぜ」
「「億泰黙れっ!!」」
やいやいと言い合いになった3人は結局は仲良しなんだと思う。
ずいぶん会話(ケンカ?)がヒートアップしてきたので窓の外を眺めると、ミキタカが歩いているのを見つけてこっそり露伴邸を抜け出した。
「ミキタカ、一緒に帰ろう!!」
「おっと…貴女ですか。いつも元気ですね」
「ちょうど暇になったからね」
私は笑ってミキタカと家路に着いた。
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