新年




とにかくその日は特別な気持ちで目を覚ました。
朝早く目を覚まし、まだ暗い部屋のベッドを抜け出す。
隣で眠るリゾットも、私の気配に目を覚まし、素早く身支度を整えると、刺すような冷たい空気の中へと二人で家を出た。


「さすがに寒い…」

あまりの寒さに、歯が噛み合わずにガチガチ鳴る。
リゾットにしがみつくように腕を回して、白い息を吐き出した。


「コートとマフラーを着けても、太刀打ち出来ない寒さだな…」

リゾットも白い息でそう呟き、肩に回された腕に僅かに力がこもる。
二人で引っ付いて歩き、なだらかな坂をひたすら登る。
夜の帳をおろしたままの街は、そのほとんどがまだ寝静まっているようだった。
ゆっくりと朝に向かう時間の中、空気は新鮮で尚且つ輝いている。
それは今日が特別な日だからかも知れない。



「さあ、ここで良いだろう」

「そうだね」


なだらかな坂の上に出来た街の、一番高い所に建った教会を二人で見上げた。
夜の教会と言うのは、どこか不気味に見える。
リゾットは一歩それに近寄ると、振り返って私に手を差し出した。
リゾットの考えが分かって、私は笑ってその手を取る。
彼の向かう先には、教会から飛び出すように出来た鉄の階段があった。

なるべく音を立てないように静かに登り、屋根に着いた二人は海側を振り返る。



「うわぁ…」

思わずこぼれた感嘆に、慌てて口を押さえる。まだ街は寝静まっているのだ。
目を細めて笑うリゾットに肩をすくめて笑い返し、今度は声を出さないように海を見た。

目下に広がるレンガ造りの家々はまだ青白く染め上げられ、暗い海には漁船の光がポツポツと浮かぶ。
薄く霧のかかった青い街が、何とも幻想的だ。

「もう直ぐ日が昇る」


朝日に照らされる街は本当に綺麗だ。
リゾットの言葉を思い出した私は、胸を弾ませて街を見た。
夜の闇は呼吸すら吸い込んでいるように感じるほどの静寂を作り出し、日常から隔離された中にたった二人で居るような錯覚に陥る。
それは不安でもあり、同時にリゾットをとても近くに感じさせる。
隣りに座るリゾットを盗み見ると、視線に気づいたリゾットが私を振り返った。


「どうした?」

暗闇の中のリゾットは、初めて会った時のことを彷彿とさせる。
にも関わらず、彼の表情はあの時とはまるで別人。
じんわりと胸に広がる気持ちを何と形容するべきか分からず、「何でもないよ」と答えるのが精一杯だった。



「なんだ、言って……ん?」

「あれ?」

何か追求しようとしたリゾットが眉を寄せるのと、私が目を丸くするのはほぼ同時だった。

「あー、居たいた」

「くそー…さみぃよ」

「ばか、うるさくすんなって言ってるだろ?この辺はブチャラティが懇意にしてる奴が多いんだから、面倒起こすと厄介なんだ」

「うるせーな…お前が一番うるせーよ、ジェラート」


ぞろぞろと連れたって面倒くさそうに歩くメンバーが見え、私は思わず笑みを浮かべた。
叫んで皆を呼びたい気持ちを抑えて、無声音で「みんな!」と呼んで手を振る。
イルーゾォとペッシとソルベがそれに気づいて手を振り返してくれ、ますます嬉しくなる。

「ハッピーニューイヤー」

ひらひら手を振るメローネを筆頭に、全員に順番にハグで挨拶をしていく。
今日は一年の一番最初の日。
そんな日の朝を全員で迎えることが出来るなんて予想もしていなかった。


「まさか全員来るとは思わなかった」

朝日を拝む計画を話した事すら後悔する勢いで眉を寄せるリゾットが、本当は一番嬉しいのだと知っている。


「せっかくの新年だからな」

プロシュートがそう言って笑うと、ホルマジオは眉間にシワを寄せた。

「あんたがもたもたしなかったら二人を家に迎えに行けたんだけどな…しょーがねーよな。その髪じゃ時間かかるよなぁ」

「む…悪かったな」

「メローネはなかなか起きなかったしな」

「ギアッチョ怒ってるのー?」

軽く笑うメローネにギアッチョは何も答えないが、口の端がヒクヒクとひきつっている。
相当苦労して起こしたのだろう。
そうしてでも起こしてあげるのが彼の優しさだ。

「ほら、身体冷やすなよ?女なんだから」

「わぁブランケット?ありがとうジェラート」

相変わらずよく気の利くジェラートからブランケットをもらって肩に羽織る。
ほんのり明るくなってきた空に、僅かに気温も上がった気がする。
夜明けは近い。


「去年は…今までは本当に色々あったね」

そう呟くと、みんなの視線が自分に集まった。
続きを待ってくれているのが分かって、丁寧に言葉を選ぶ。
こんな時だからこそ紡げる言葉がある。


「悲しくて苦しいこともたくさんあったけど…」

走馬灯のように蘇る暗闇のような日々に、心が沈みそうになる。
これが独りだったらもうそのまま過去の柵に捕らわれてしまうのだろう。だけど、今はみんなが居る。


「みんなに出逢えて、私…本当に良かった。これからもずっとよろしくね」

図らずも涙が浮かび、声が震える。
そんな私を見て、皆は困ったように笑った。

「だから、オレ達はギャングで暗殺チームなんだよなぁ…本当、返しに困ること言うんだからよぉ」


頭をガリガリ掻きながら言うホルマジオは、しょーがねーなといつもの口癖を言いながら、私頭をぐりぐり撫でてくれる。
照れた時にいつもそうするホルマジオのその手が好きだ。
兄が居たらこんな感じかもといつも思う。


「チッ…」

唇を尖らせてそっぽ向くギアッチョの、少し赤い頬が好き。
真っ直ぐ笑い返してくれるメローネの、純粋に優しい目が好き。
困ったように頬を掻いて、返す言葉を探すイルーゾォの、その実直さが好き。
慈しむような目で私を見守る、ソルベとジェラートの暖かな空気が好き。
口をへの字にしてタバコに火をつけるプロシュートの照れ隠しと、その後ギュッと抱き寄せてくれる腕が好き。
「オレも嬉しいよ」って、素直に言葉で返してくれるペッシの素直さが好き。


「オレ達こそ、お前に出逢えて感謝してるよ」

そう言って抱きしめて、そっとキスしてくれるリゾットの少し低めの温度が好き。
きらきら輝くような綺麗な空気と気持ちが、息をする度に身体にひろがって満たしていく。
素晴らしい新年が迎えられそうな気分だ。


「お、そろそろ夜明けだ!」

イルーゾォの声に振り返れば、街が夜の闇からゆっくりと息を吹き返すように色付き始めていた。
赤いレンガ造りの街並みは少しずつその色を取り戻し、闇に染まっていた街はその歴史を鮮やかに呼び覚ます。
薄くかかっていた霧に、漏れる朝日がキラキラと輝き始めた。


「キレイ…」

うっとりと声をこぼし、ため息をつく。
寒さも忘れて景色に魅入る私に、今年最初の日の出はゆっくりとその姿を現す。
じらすように顔を出し、見えたと思ったらみるみるうちにその全容を露わにする。


「おぉ、案外早いな」

思わず呟くギアッチョに、私は笑って頷いた。
日が昇り、明るくなったと同時に、街は活動を始める。
一人、また一人と家を出くる。
寒そうにコートを掻き会わせながら路地へと入っていく人や、ランニングを始める人。
活気づいていく様子を見ながら、誰も何も言わなかった。



ーミシッ…

私達の沈黙を破ったのは、そんな音だった。
瞬間、全員が顔を見合わせ、今までとは違う沈黙が広がる。


ーミシッミシミシッ…バキッ!!


リゾットが私を抱き寄せるのと、その酷い音が響くのは多分ほぼ同時だった。


「ゲホッ…くっそ!降りろよメローネ!」

埃で前が見えないが、この声はソルベだ。


「信じらんねー…新年そうそう屋根抜けて落ちるか?フツー…」

それを言われると、今年一年が思いやられる気もする。
突然の出来事と衝撃に心臓が早鐘を打ち、動揺で頭が正常に回らない。
辺りを見渡して全員の無事を確認していると、私の下から声が聞こえた。

「大丈夫か?」

「うわぁ!!リゾット!!!!」


慌てて飛び降りると、リゾットは心外だと眉を寄せる。

「そんな悲鳴あげることはないだろう?」

「いや、ビックリして…ごめん」


怪我をせずに済んだのはリゾットのおかげだというのに…。
申し訳なくなって頭を下げる私に、リゾットはなお優しい。


「下を向くな。大したことじゃない」

「うん…本当にごめ「おい、お前その顔どうしたんだよ!!」

ブハッと噴出したホルマジオにつられて私に視線が集まると、みんながいっせいに噴出した。
失礼な。


「どこでそんな汚れたんだ…ククッ…ヒゲが生えてるぞ」

「えぇ!?」


どこから取り出したのか、イルーゾォが差し出してくれた鏡を覗くと、立派な紳士ヒゲの生えた私が見えた。

「ブフッ!!!…り、立派なヒゲが!!!」

「おいおい、そこは恥ずかしがれよな!」


笑い転げる私に、更に笑いが起きる。
笑いの中心にいるのはいい気分。
みんなが笑ってるだけで、気分はディ・モールトベネよ。


「仕方ないやつだ」


そういって私の顔をリゾットが拭ってくれる。
子ども扱いされているみたいなのに、そんな瞬間も少し好き。


「はー、笑ったら落ちたこととかどーでもよくなったわ」


やれやれと埃を払うプロシュートに、ソルベとジェラートも笑って頷く。
どうやら暗い顔をしている人は居ないようだ。


「なんかさ…


このメンバーなら何があってもやってける気がするんだよねー」


「どうしたメローネ!?お前がそんないいこと言う日がくるなんてよう!!煩悩だけで構成されてると思っていたのに!!!」

「なんだよー、失礼だぜプロシュート」


へらっと軽く笑って誤魔化すメローネは、少し照れくさそうだ。
プロシュートも茶化しながら、まあオレもそう思うとちゃっかり便乗していた。


「まあ、何かあってもこの姫が笑わせてくれるしな!!」

「う…そこ引っ張り出すなんてずるいわ、ギアッチョ」


再び笑いが起きて、「さ、さっさととんずらしようぜ」とジェラートに促されるまま扉を開いた。

薄暗い室内に馴れていた目に、朝の日差しが容赦なく突き刺さる。
すっかり昇りきった太陽は、埃まみれになった私たちを照らして包んでいた。


「さて、予定がないやつはウチで飯でも食べていかないか?冷蔵庫がパンパンになってたんだ。二人分の飯じゃないんだろう?」

「やっぱり気付いた?」

「当然、うまいただ飯なら食いに行くに決まってるだろう?」


ホルマジオが笑って、みんなが口々に「当然!!」と笑うのを、私は幸せな気持ちで見ていた。
太陽の光の中を、みんなで笑いながら歩く。
メローネが言った通り、悲しい事があっても、みんなが居れば大丈夫。そんな確信をしながら、家までの道をみんなで歩いた。















ー後日。


「リゾット、ちょっといいか?」

ブチャラティーに呼び止められ、リゾットは仕事の書類を抱えたまま振り返った。

「先日、とある教会の屋根がぶっ壊れていてな。元日の出来事だった」

「そりゃ災難だったな」

「…オレはみんながブルッちまう特技を持っているんだが?」

「………」

「修理費用はキミたちのチームに持ってもらうからな」


くるりと踵をかえす、世界一美しいおかっぱ頭を見ながら、リゾットは一人静かにチームの入れ替えを検討するのだった。





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