ジョルノ・バースデー




「ん…」

朝、隣で眠る恋人より先に目を覚ました私は、睫毛の触れそうな距離で眠る愛しい人の寝顔に見入っていた。
カーテンの隙間から射し込む朝の光にふわふわの金髪が輝き、整った顔は寝顔すら美しい。
隣に並ぶのが躊躇われるくらいだ。

ギャングのボスという座について以来、彼はどんどん大人の男としての魅力や風格を身につけていく。それが少し、寂しい。


「遠くに行っちゃうみたい」

「貴女を置いて行ったりしませんよ」


ポツリと溢した独り言に返事が返ってきて、心臓が跳ねる。
そっと閉じられていた目がゆっくり開かれ、透き通るような瞳に吸い込まれるように息を止めてしまった。


「全く、貴女という人は」

形の綺麗な唇がチュッと頬に触れ、緊張で噛み締めていた私の唇に細い指が触れる。

「どこかに行ってしまいそうなのは、貴女の方です」

今度こそ唇が触れ合い、ぱっちり開かれた視線が私を捉える。
どこかに行けるわけがないのに。


「おはようございます」

「誕生日おめでとう、ジョルノ」

「……知ってたんですか?」


ジョルノが目を丸くするのを見て、やっぱり「泊まらせて」ってお願いして良かったと思った。
知らないフリをして驚かせたかったから。


「知ってたよ。ブチャラティに聞いてもらったの」

「そう言えば、誕生日を聞かれました」

「驚いた?」

「えぇ、でも納得も出来ました」


ジョルノの腕に抱き寄せられ、くすぐったくなるようなキスが目や頬、額に落ちる。
私が笑って逃れようとすると、背中に回された腕に力が込められていつの間にかジョルノに見下ろされる形になっていた。
腕の中に閉じ込められた私の髪をジョルノの指がサラサラとなぞり、早鐘を打つ私の心臓を見透かしたようにジョルノの口が弧を描く。


「可愛い人ですね。ボクを祝うために泊まりたいと言うなんて」

「だ…だって、一番に言いたかったんだもん」

「フフ…だから可愛いんですよ。ちょっと油断し過ぎな気もしますがね」


触れるだけの優しいキスにフワフワしていると、徐々にそれは深さを増す。
うっとりとしていられたのはつかの間。酸欠になった頭でぼぅっとしながら、必死にジョルノの胸を押し返す。


「ん…っ、ジョルノ…」


ようやく離れた唇に、ジョルノの息が熱い。

まずい。

まさかこんな流れになるなんて思わなかった。
苦しいほど高鳴る心臓に、思わず固く目を閉じた。


その瞬間…。



―ピンポーン…

来客を告げる音が鳴り響き、目を開くとジョルノの険しい顔があった。


「誰ですか…こんなタイミングで」

チッと舌を打つジョルノは、無視を決め込むことにしたらしい。
首筋に顔を埋めたかと思うと、そこにチクリと痛みが走る。


―ピンポーン…


客も諦めるようすはない。もう一度鳴った音を、ジョルノも頑なに聞こえないふりをする。

するりと太ももを撫でる手に、私はビクリと身体を強ばらせた。


「や、ジョルノ…」
―バキッ!!


「え?」

何かが壊れたような音が響き、私とジョルノは目を丸くした。
ジョルノに組み敷かれたまま固まり、ゆっくりドアの方を振り返る。
さっきまでとは違う意味でバクバクと跳ねる心臓に、ヒヤリとしたものが触れるような恐怖を感じる。

ジョルノがゴールドエクスペリエンスを出現させ、険しい表情でドアを睨んだ。



「なんだ、居るではないか」

「ゴールドエクスペリエ……は?」


いつの間に現れたのだろう。
私の上に居るジョルノより、さらに上から覗き込む金髪の男が口の端をつり上げる。
攻撃を仕掛けようとしたジョルノは、その男を見て拳を止めた代わりに何とも間抜けな声を溢した。
彼がそんなに動揺するなんて珍しい。

ニマニマと笑みを浮かべる男は、優雅な動きで私を覗き込む。
逞しくしなやかな躯のラインを、惜し気もなくさらした服。
ジョルノと良く似た綺麗な金髪と、恐ろしいほどに整った顔。
髪と似た黄色い服と、飾られたハートのモチーフ。



「パードレ…」

「で…DIO様」

見間違うはずもない。
DIOが優雅な笑みを湛えてベッドの脇に立っていた。


「どうして…今は太陽も登っていますよ!?」

「うむ、こればかりは克服出来ぬからな。父は生きた心地がしなかったぞ」


一体どうしてここまでたどり着いたのか。
部屋に入られた事に気づけなかった理由、"DIOだから"で説明がつく。
だが、そのDIOだからこそこの時間に現れた事が不思議なのだ。


「ジョルノ、カーテンをしっかりひいてくれ」

なるほど、射し込む日光を避けるように立っているDIOは日光を克服出来たわけではないらしい。

ジョルノがカーテンをひいて太陽の光を遮ると、DIOはジョルノにハグとキスをした。
待ちわびていたようにジョルノを抱き締めたDIOは、私が居ることなどお構い無しに息子の成長を確かめる。


「ジョルノ、誕生日を祝いに来たぞ」

「パードレ…」

DIOがこんな時間に正に命懸けで自分の誕生日を祝いに来てくれた事に、ジョルノは感動を隠せない。


「テレンスがケーキも買ってくる」

ジョルノより楽しそうである。
私を忘れないで欲しい。



「パードレパードレ!!あの…」

DIOが現れると、ジョルノは「大人の男」の影を潜めて「DIOの息子」になる。
それを見ているのはなかなか楽しくて、嫌いではない。


「どうした?」

「あの…凄く嬉しいんですが…今は彼女と過ごしたかったんですが」

「ぬぅ?」


チラリと片眉を上げて私を見たDIOは、面白くなさそうに唇を尖らせる。
それ、娘をとられそうな父がする反応ですよDIO様。

「ジョルノ、良いじゃない。皆でお祝いしたいわ」

「でも、貴女が先でしたし…」
「うぬ…仕方ない。皆で祝うか」

おい、私を追い出す算段だったな。
ジョルノの言葉で、自分の不利を察したDIOは私の提案に渋々乗って頷く。

「でも…」

「私も、テレンスさんのケーキ食べたいし」

「……ハァ、仕方ないですね」


頷いたジョルノに笑って、私は朝食の支度に取りかかる事にした。

「簡単に…卵焼きくらいで良い?」

「おぃ、卵は片面焼きにしてくれよ?」

あ、DIO様も召し上がるんですね。
太陽を思わせる目玉焼きが、夜の帝王に何とも不釣り合いな気がする。


「キッチン借りるね」

「あ、ボクも手伝います。物の場所分からないでしょうから」

「グラッツェ」


暇そうに椅子に腰かけたDIOを残して、キッチンに二人で立った。
手早く料理をする私の腰に腕を回したジョルノは、少し所在なさげに肩に頭を乗せる。


「すみません…」

「良いパードレで、ジョルノが羨ましい。凄く幸せだね」

これは心からの感想だ。
命懸けで朝来なくとも、夜来ることだって出来る。それを無理して来るのは、きっと愛故だ。しかも、見目麗しい。


「ありがとうございます」

本気で羨ましそうにする私に、ジョルノはようやく嬉しそうに笑みを浮かべた。
そうやって、ずっと笑って居ればいいのに。
私はジョルノに笑い返して、卵焼きをお皿につぎわけた。
サラダとスープと、それから卵焼きにトマトソースのニョッキ。
そんなものがDIOの口に合うのか、甚だ疑問だがジョルノが嬉しそうなので気にしない事にする。

三人…テレンスが来れば四人だが、皆でジョルノの誕生日をお祝いするのも悪くない。
こっそり準備したバースデープレゼントをいつ渡すか悩みながら、二人でDIOの待つダイニングへと料理を運んだ。












「で、どうやって来たんですか?」

自分を気にかけるジョルノに、DIOはまんざらでもない笑みを浮かべる。


「逆転の発想をしろ、ジョルノ。朝来たのではない…夜から居たのだ」


わぁーお。
思わず取り落としかけたフォークを掴み直して、私は何食わぬ表情を取り繕う。
ジョルノは眉を寄せて固まっていた。


「夜の内に日光対策をしてだな…おい、ジョルノどこに」

ガタンと立ち上がったジョルノは慌てた様子で玄関へと向かう。
困惑したようすでそれを見ていた私とDIOは、ジョルノの叫び声を座ったまま聞いた。


「パードレ!!何ですかこれは!?」


見ればドアの向こうには何やら箱のような物が、入り口を塞ぐようにピッタリと取り付けられている。


あれは………。


「棺桶だ」

ですね。


「どうしてこんな……まさかここで寝てたんですか!?」

「立って寝るのは金輪際ごめんだな」


それ、面白い図ですね。是非見たかった。

呆れて物も言えずに傍観していると、ジョルノの背中がわなわなとふるえだす。

「パードレ!!!!」


春の花咲く穏やかな空に、ジョルノの怒号がどこまでも響いた。







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