お互い様(露伴)
雨がしとしとと降っていた。
新年だと言うのに、気持ちの落ち込むような鬱陶しさを伴って降る雨を、露伴はぼんやり見つめてため息をついた。
世間は今は正月休みで、学生の多くはつまらない特番に飽き飽きしながらチャンネルを回す。机の上の宿題が進むはずもなく放置され、連休の終わりが近づくにつれてどんどん重くのし掛かるのだ。
「早くやれって、あんなに言っただろう?」
露伴がそう愚痴ると、隣で机代わりのコタツにかじりついていた名前が「うー…」と唸った。
どうやら論文で苦戦しているらしい。
「全く分からない!興味がないことに1600文字以上も語ることなんかないよ!」
「適当にでっち上げれば良いだろう?上手く世の中を渡るには嘘も方便だ」
そうは言っても、何も浮かばないのだ。
無から有は生み出せない。嘘をつくにも課題になっているモノへのイメージがなければいけない。
「愛って何!?」
「僕はたまにキミを本気で殴りたくなるよ」
「ヒドい!!」
「どっちがだよ」
「え??」
本気で首を傾げるあたりが忌々しい。
恋人を隣で待たせておいて、挙げ句の果てに「愛とは何か」のイメージすら湧かないらしい。
ならば名前にとって、自分は愛を与え会える関係になれてはいないのだろうか。意識していなくとも、つまりはそういう程度の認識なのだ。
「これは僕が悪いのか?キミの頭が悪いのか?」
「ムッ、私の頭は普通だよ!そりゃあ露伴先生よりは頭悪いと思うけどっ…」
「先生は止めてくれよ。僕は今プライベートな時間を過ごしているんだ」
口をへの字に曲げた露伴はどう見てもかなり機嫌が悪い。怒っているわけではなくても、完全に臍を曲げている。
「露伴、ごめんなさい」
「何に謝ってるんだ?」
「気分を悪くさせちゃったこと」
曖昧な解答だ。
何のおかげでこんなにも不貞腐れた気持ちにさせられているのかは、きっと分かっていないに違いない。
それなのに、真っ直ぐと大きな瞳で見つめられて、露伴はため息をつかざるを得なかった。
「あー…っくそ」と髪をがりがりかき混ぜて、眉を情けなく下げている名前の頭をグリグリ乱暴に撫で回した。
「馬鹿は僕だなっ…くそっ」
「露伴は天才だよ」
「キミにそんな事言われたくない」
こんなに待たされて臍を曲げさせられながら、それでも見ていたら抱きしめてキスをしたくなる。
完全にネジなどとっくに飛ばして無くした馬鹿だ。名前に関して特化した馬鹿だ。
「キミは今年も僕を振り回すんだな」
「嫌…?」
だから不安そうにするな。
心の中で盛大に文句をこぼして、露伴は名前を見ていた目をぷいと逸らした。
「嫌だったら別れてる」
耳まで赤くして精一杯素直になる露伴に、名前は湧き上がる気持ちを堪えきれずに飛びついた。
「大好き!」
「分かった分かった!分かったから思い切り飛びつくな!」
床でぶつけた頭をさすって名前を自分から引き剥がし、笑う名前の頬を撫でた。
みた目通りさらさらして、吸いつくような柔肌を何度も撫で、ぷっくらとした唇にそっと口づける。
「出来るものなら、僕を楽しませ続けてみろ」
フッと挑発的に笑い、露伴は目を細めた。
雨が降っていた外はいつの間にか虹が架かり、蒼い空に小さく千切れた雲が流れる。
せっかく止んだなら、後回しにしていた買い出しにでも行きたいが…。
「露伴、もう一回」
つんつんと服の裾を引き、名前は赤い頬で俯き加減にそうねだる。
どくんと跳ねる心臓を押さえ、買い物はもう少し後にしようと心に決めた。
「分かったわ!露伴!!」
「何だよ、静かにしてくれないか」
ウトウト微睡みかけていたのに、鉛筆を握り締めた名前の張り上げた声に叩き起こされた。
不愉快さを隠しもせずに眉を顰める露伴に、名前は満面の笑みで真っ白なままの原稿用紙を突き出す。
確か、例の愛について書かなければいけないという原稿用紙だ。
「露伴に対しての気持ちを書けばいいのね!?」
これには言葉に詰まった。
露伴の答えを待たずにさらさらと何かを書き始めた真剣な顔の名前を眺め、露伴は一つアクビをして横になった。
コタツに肩まで潜って天井を見つめ、真剣すぎて露伴の声を聞いていないだろう名前に小さな声で「違うと思う」と呟く。
しかしやっぱり聞こえていないらしく、名前はガリガリと音を立てて何かを書いている。
「僕は言ったからな」
「んー…待ってー、後で聞く」
其れではきっと遅いが。
自分への名前の気持ちが文章になるのだ。それ以上口答えするはずがない。
何も答えず目を閉じて、自分に向けて綴られているのであろう文章を想った。
馬鹿はお互い様。
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何故新年早々の一発目に露伴??
と自分でも思いますが、出来上がってしまったのだから仕方ない(笑)
今年もよろしくお願いします。
空
(3/3)
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