ひねくれ者の嘘(露伴)


キミが好きだ。
美しいモノを美しいと言い、綺麗なモノを見つけることが、得意なキミが好きだ。
けれどまだ、それを口に出来た事はない。







「露伴先生、見て!!」

すっかり紅葉し終えた紅葉や銀杏が、はらはらと舞い落ちる。露伴は大きな公園の片隅にあるベンチに腰を下ろして、舞い散る葉を見上げてつられる様に回りながら「綺麗」と笑う名前を見ていた。
黄色や赤・茶色のコントラストの世界で、ジーンズ生地のワンピースを着た名前が肌寒いのか頬を赤くして笑うさまは美しく、茶色のロングブーツがカサカサと踏みしめる音も耳に心地よい。


「秋の漫画のイメージ、沸きそう?」

クルッと振り返った名前がそう笑い、露伴は手に持っていたスケッチブックを慌てて開いた。絵に描く事を忘れていた。次の作品のイメージを固めるために一緒に公園に行って欲しいと、そういう体裁で名前を誘ったというのに。
慌てて鉛筆でのスケッチをはじめ、微笑みながら近づく名前に「出来た」と告げた。
中身は見せるつもりもなく、名前が覗く前に閉じる。用が済んだのだから帰ろうと提案するつもりで立ち上がった。


「終わったんですか?」


敬語で話しかけられる事が気に食わなくて露伴がジトリと視線を送ると、名前は慌てた様子で「終わったの?」と言い換える。今はまだ微妙な距離感だから言葉遣いを迷うのは分かるが、仕事相手なわけでもない相手に敬語を使われながらプライベートを過ごす趣味は露伴にはない。


「あぁ」

「もう帰るよね?」


シュンと眉を下げた名前が上目遣いに覗き込む。こういう時はたいてい何か言いたい事があるのだ。
寂しげな物言いに露伴はドキンとなった心臓を押さえた。


「何か頼みたい事があるならはっきり言えば良いだろう?見え見えなんだよ」

「あ、あの・・・邪魔でなければ、もう少し散歩しませ・・・したいなぁ・・・なんて」


その意外なお願い内容に、露伴少し動揺しながら「仕方ないな」と答えた。なんて素直じゃないんだろうと、自分自身少し情けなくなる。


名前は露伴を先生と呼んでいるが出版社の関係者ではなく、隣に住んでいる老人の孫だった。とは言え最近知り合ったというわけでもなく、かつて漫画家を志して東京に行くまで暮らしていた露伴の実家に程近い場所に住んでいて、幼い頃から互いに面識はあった。すれ違えば挨拶するていどだが。
露伴が東京からこの杜王町に戻り、今の家を買って生活するようになった折に買い物帰りの名前と再会したのは今年の、まだ残暑厳しい時期だった。ちょうど、露伴が作品に役立つ良いアイディアを考えながら散歩していた時のことだ。


『あ・・・』


咄嗟に声に出てしまったことに慌てたように口を塞ぐ名前を見て、露伴は自分の作品のファンだと思った。しかし、どこかで見た気もして記憶を辿り、思い出したのだ。まだ学生だった時分にはにかみながら挨拶をしてきていた名前の事を。


『あぁっ!?』

彼女よりもずっと遅れて素っ頓狂な声をあげ、気まずくなって声をかけた。『久しぶりだな』そう言った露伴に、名前はあの頃となんら変わらないはにかんだ笑顔で『覚えててもらえるなんて思いませんでした』と言った。
確かに、同級生ならともかく、年下の近所の異性なんて滅多に覚えてないだろう。
ただ、名前は・・・。いつも照れくさそうに、緊張しながら挨拶していたから印象に残っていた。親に「近所の人にはきちんと挨拶をしなさい」と教えられ、それを律儀に護っているといった風に見えていた。
きっと素直な良い子なのだろうと、勝手にそう思っていた。



「…あながち、間違いではなかったな」

「え?」

並んで歩いていた名前が目を丸くして覗き込むのを、露伴は「なんでもない」と制して前に向き直った。
落ち葉を絨毯のように敷き詰めた遊歩道は秋の色に染められ、地面を踏みしめるたびにカサカサと落ち葉が鳴る。ふわりと香る落ち葉の匂いがなんとも秋らしく、空は高く青く晴れ渡っていた。
こんな中を二人で歩いていると、まるで恋人のようだと錯覚してしまう。名前も緊張するのか、こういう時はいつも露伴の方を向かずに喋る。


「先生?」

「キミの先生になった記憶はない」

「露伴先生」

「それはギリギリセーフのラインだと言っているだろう」

「だって、今はとても有名な漫画家の先生でしょう?」


何が嬉しいのか、自慢げにフフフと笑う名前に、露伴はフンと鼻で笑った。
他の人ならゴメン被るが、名前に自分の活躍を我が事のように喜ばれるのは悪い気がしない。



「寒いねー。もうすぐ冬だね」


そう言って両手を合わせる名前の手を、グイッと引っ張って握り締めた。驚く名前に露伴は「うるさい」と言い放って、やっぱり素直になんかなれない自分に溜息をついた。
その後日。




「先生、何か絵柄が少し変わりましたね」


カフェ・ドゥ・マゴでの打ち合わせ中、担当に突然そんな事を言われ、何の前触れもない自覚すらない指摘に露伴は少したじろいだ。


「…そうか?」

「えぇ、ほら・・・女の子が特に、なんだか可愛らしくなりました」


急に入って昨日仕上げたイラストの仕事と、少し前に仕上げて保管していた漫画を並べられ、見比べてみて初めて気付いた。
露伴はかなり筆が早い。自他共に認める事実だ。カラーのイラストだって、何時間と経たずに仕上げる事が出来る。
イラストの仕上がりも安定しているつもりではいたが、確かに担当の言うとおり若干の変化をきたしていた。女性の表情が、明らかに柔らかくなっていた。しかもこの短期間で。


「あ、もしかして好きな女の人でも出来ましたか?」

「くだらない冗談を言うために僕の貴重な時間を使うつもりじゃあないだろうな?」


露伴の辛辣な物言いとキツイ一睨みで肩を跳ねさせた担当は、慌てて原稿を寄せ集めると「し、失礼します。次はまた一週間後に」と頭を下げて脱兎の如く走り去った。
その背中を見送りながら露伴はカプチーノをグイと飲み干し、立ち上がろうとすると背後から声をかけられた。


「さっきの担当さん、なんか逃げるように帰っていったね。先生は厳しいからなぁ」

顔を見なくてもその声が名前だと分かる。
「盗み見か?いい度胸だ」と言い捨てて振り返ると、名前の肩越しに仗助と億泰が席に着こうとしているのが見えた。別に疚しい事をしているわけではないが、名前に自分にとって不利な事を吹き込まれるのは非常に不愉快だ。彼らに名前の存在を知られないようにするのが無難だ。
「ちょっと散歩しようぜ」と手を引いて、戸惑う名前をよそにそそくさとその場を立ち去った。


「ろっ…露伴、先生?」

「さっきの担当なんだが」


名前の息が少し上がっていることに気付いて、露伴は少し歩調を緩めて振り返った。
話の続きを促すように目を瞬かせながらジッと見つめてくる名前に、迷いながら話を続ける。


「・・・作品に・・・もっと色気を入れてくれなんて言うんだぜ?」

「色気?」

「そう、最近は少年誌のマンガにもラブシーンがいるんだってさ」

嘘八百を並べてまくし立てながら、露伴は次第に自分の鼓動が早まるのを感じた。
緊張が伝わらないことを祈り、戸惑う名前に信じて貰えそうな言葉を瞬時に選ぶ。


「経験がないわけじゃあないが、僕は作品には徹底的にリアリティを追求したいんだ。そういうタイプなのは、もう分かってるだろう?」

ここでようやくどんな会話になっているか気付いたらしい名前が、ジワリと頬を朱に染めた。困ったような泣き出しそうな顔でさえ、今はただ露伴の心臓の音を早めるだけ。
カフェを出る時から取ったままだった名前の手を握る指に僅かに力を込め、「協力してくれないか?」と告げた。


「ぇ・・・?」

「僕の役に立ちたいって、前に言ってくれただろう?
まさに今、ちょっと困ってるんだ。頼むから協力してくれよ。あくまで、リアリティを追求した作品のためだが」


卑怯だと罵られても文句を言うことは出来ない。ただ、ひねくれた人間の精一杯の前進だと主張しておく。
「な?」と宥めるように言って名前の頬に触れる。柔らかな頬にそっと手を添えて名前の腰を引き寄せ、慌てた名前が胸をやんわり押し返すのを強引に抱き寄せた。


「こ、困るよ!!」

耳まで真っ赤にした名前が、半ば叫ぶようにそう言い、全力をもってして露伴を押し返した。嫌われているとは思わなかった分動揺を隠せない。胸が痛むところを見ると、どうやら傷ついたらしい。
顔を覆うように腕を上げた名前が、「ごめんなさい」と涙声で言うのを聞いて益々惨めな気持ちになる。


「私、露伴に協力出来ない・・・。だって、・・・私」

「・・・まぁ……確かに好きな相手としかしないよな…」

「違…私……」


何を言っているのか理解できず、露伴が眉をよせて見ると、名前は涙目で俯いてしまった。
何度も口を開いては閉じ、決意したように顔を上げた名前はジッと露伴の顔を見上げる。





「私、露伴が好き・・・作品のために、なんて…出来ない」





何を言われたのか瞬時に判断できず、さらには何を言えば良いかも分からず、瞠目したまま露伴が呆けていると「ごめんなさい」と名前が震える声で繰り返す。


「ごめん…っわ!?」


グイと身体を引っ張られたと思ったら、次の瞬間には睫毛の触れるような距離に露伴の顔があった。抱きしめられ、キスされていると気付いたのはその露伴がゆっくり離れた時だった。
そっと閉じられていた睫毛がゆっくり開かれ、透き通った深緑の双眸と視線が絡まる。


「露は・・・」

「同じなら、問題ないんだろう?」


川の底を流れる清流のように、穏やかに静かな調子でそう言った露伴は、混乱したまま視線を泳がせる名前をギュッと抱きしめた。
ドクンドクンと伝わる心音がどちらのものかは分からない。ただ心地よい体温に名前も露伴の胸に身体を預け、どちらともなくもう一度そっと触れるだけのキスをした。
怒ったような表情の露伴が、震える唇で「好きだ」と紡ぐのを、名前は滲んだ視界から見たのだった。


(ひねくれ者の嘘)







ーーーーーーーーーーーーーー
記念すべき第四部初小説(逆ハー除く)は露伴先生でした☆
仗助とミキタカも書いてたんですが、急に思いついたのでwwwミキタカなんかもう九割できてるんだけどなぁ・・・。
ひねくれ露伴先生なら、女の子を振り回しながらときめかせてくれる気がします。←夢見てます。
読んでくださり、ありがとうございました!!!





(2/3)
[back book next]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -