難儀な姫(リゾット)


「名前」

突然背後から呼びかけられ、名前はビクリと肩を跳ねさせた。
驚かれたことに驚くリゾットを振り返り、名前がキッと睨みつける。


「リーダー!!気配殺して近づかないで!!」

「ん?あ…あぁ、すまん」


無意識にやっていることは分かっている。ただ、分かってはいても心臓に悪い。
リゾットの低く心地良い声が。
密かに求めて止まない声が急に自分の名を呼ぶのは。
本当に、心臓に悪い。

名前は平静を装ってリゾットと言葉を交わし、リゾットが部屋から出ると同時にキッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一気に煽った。



「名前、俺にも注いでくれよ」

「うるさい、自分で注ぎなさいよ」


ソファーに腰掛けたままホルマジオが「ケチくせぇなぁ」とこぼすのを尻目に、名前は新しいグラスに並々とミネラルウォーターを注いで「はい」と差し出した。
何だかんだ言って世話を焼くのは名前の性分だ。


「グラッツェ!やっぱお前は優しいところもあるよな」

「おだてないで」


照れくささを悪態をつくことで一蹴して、名前はテレビのチャンネルを変える。どうやら面白い番組はやってないらしい。


「名前〜、俺にも優しくして?」

わざと気配を消して近づき、突然ぐるっと背後から延びた腕が名前を抱え込むが、名前はそれを振り返りもせずにメローネだと理解した。


「死ね」

「今日もツンデレ絶好調じゃないか」

「そんなんじゃないよ!」


全力で否定する辺り、名前自身も自分がツンデレだと理解しているのだ。素直になれないのは、彼女自身の最大の問題点だった。


「名前が本気で口説けば、リゾットくらい簡単に落とせるのに」

「メローネにそんなこと言われたら、リゾットだって気の毒だわ。それに、別にそんなんじゃないって言ってるじゃないこのド低脳万年発情男」

「ムキになるなよ、メローネが調子に乗る。それに、名前…あんまり拗らせると良くねぇ事になるぞ?」


ホルマジオに窘められた名前は黙り込み、そのままの勢いで頭を抱えた。ツンデレというものは、正確に言葉を選べばスイッチの切り替えも容易い。
ホルマジオは特に名前のスイッチを心得ていた。


「メローネ、ごめん」

「メローネに謝る必要はない!」

「なーんだよっ!!俺の傷ついた心を癒してもらおうと思ったのに」


唇を尖らせるメローネを上目遣いに伺い、名前は口をもごもごと動かした。先ほどの威勢は消え失せ、借りてきた猫のように恐縮している。


「傷ついたの?」

「そりゃあ「メローネ!!」


ヘラリとだらしない顔をして頷くメローネを蹴飛ばし、ホルマジオは名前の頭を乱暴にかき混ぜた。
2人の視線は蹴り飛ばされたメローネから互いに映り、名前を見下ろすホルマジオの視線は子どもを咎める親…あるいは妹を窘める兄のようだった。
名前は素直ではないが、ホルマジオは雑なのが問題だ。


「名前、難儀な奴だ。リゾットにこそ素直になるべきだろうが」


ごもっともだ。
ホルマジオの言うことが、尤も過ぎて返す言葉もない。
それでも膨れっ面のまま黙り込む名前に、ホルマジオは「しょうがねぇなぁ」と口癖のように呟き、彼女の前に膝をつく。
目線をあわせて、まるで子どもでも相手にするように名前に語りかける。


「何がそんなに意地張らしてんだ、名前?」

「………………だって」

「ん?」

「私、リゾットに相応しくないんだもん…」


ぐっと涙を堪えるあたり、彼女なりに色々思い悩んだに違いない。
一体どうしてそう考え到ったのか問いかければ、名前は唇をへの字に曲げたまま消えそうな声で呟いた。


「私みたいな子どもを、相手したりしないわ」


それが年齢的な話ではなく、内面的な話だとすぐに分かった。
彼女がイタリアの女性らしくなく内向的な性格をしていることには、彼女の生い立ちが関係しているわけで彼女にばかり否があるわけではない。
とは言え、名前自身が自分の内面を冷静に分析して子どもだと判断しているのだ。しかもそれが強ち間違いでもないときた。
行動も発言も、とても暗殺者のそれではない。落ち着きのなさはメローネの次くらいだろうか…。


「まぁ…リゾットはちょっと老け込んでるからな」


目の前に居る名前にすら辛うじて聞き取れるような小声で呟き、ホルマジオは勢いよく立ち上がって頭をガリガリかき混ぜた。


「じゃあ、リゾットにも同じ事言えるなぁ。リゾットみたいな精神的おっさんが、名前を好きになるなんて許されないな」

「え、…」


どこから反論するべきか。
急に声を荒げるホルマジオをきょとんと瞠目した双眸で見上げ、名前は視線をさまよわせた。



「テメェ、名前が気になるんならさっさとハッキリさせろよこの石頭」



ーん??


ホルマジオが自分に言っているんじゃないと分かった名前は部屋に視線をさまよわせる。
床に倒れたままリラックスムードで肘をついたメローネはニヤニヤと質の悪い笑みを浮かべているし、珍しく人の少ない共同リビングは三人を除いて誰もいない。
名前が眉を寄せて再びホルマジオを見上げた瞬間、ギイと音を立ててドアが開いた。



「そう言うな。気にするのは当たり前だろう」


細い銀髪が節立った指の動きにあわせてユラユラ揺れる。
リゾットは眉を寄せてホルマジオを見ていた視線を、スイと名前へ向けて僅かに目を細めた。
それだけでボッと音を立てて耳まで熱くなる。
黒目がちな双眸を縁取る長い睫、透き通るような白い肌。
まるで全てを見透かしてしまいそうな瞳に捕らわれて息もままならない。


「名前」


返事をしようとして、喉がヒュッと音を立てる。
走ってこの場を逃れたいのに、リゾットの視線がそれを許してくれない。


「名前、…おいで」


ほんの少しだけ言葉を探して、リゾットは僅かに手を開いてそう言った。
それを見ていたホルマジオとメローネは笑いを堪えて互いの口を塞いでいたが、名前は今にもこぼれ落ちんばかりに見開いた両目で、リゾットが僅かに笑うのを見た。


「…それは…」


揺れる名前の瞳に、もうリゾットの柔らかな表情は映らない。トンという優しい振動と共に温かな体温に包まれ、名前は気づくとリゾットの腕の中にいた。


「特別だと言うことだ。俺みたいな…年上でも良ければ、だがな」


囁かれた言葉にドクンと鼓動が高鳴る。
毎日のように思い悩んでは高くなっていた壁をヒラリと越えるリゾットの言葉は、名前の迷いも何もかもを払拭するには十分だった。


「大好き」


睫をうっすら濡らして笑う名前に、リゾットはそっと口づけを落とした。







「俺達が居るの忘れないでね」

「ホルマジオ黙ってろよ!こっからが良いところだろ!!」

「名前、場所を変えるか」
「えっ!?」


「あぁぁん!!リーダァァァア!!!」

「しょうがねぇ奴だなぁ…メローネ」


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