春の日差し(アバッキオ)


静かな落ち着いたジャズが流れる。時折カチャンと響く食器の音が心地よく、皆が声を潜めて楽しげに腰を下ろして息を付く。
日常の喧騒を離れ、束の間の休息には最適な場所だ。


「こんばんは、ブチャラティ。いつも此処に来てくれなくても良いのよ?」

「やあ、名前。別にキミに気を使ってこの店を使っているわけじゃあないんだ、ここが気に入っているんだから、気にすることはない」

「あら、嬉しい事言ってくれるのね」


クスリと笑う彼女は、この店のオーナーで、アバッキオの彼女だ。サラリと長い黒髪がこの店の雰囲気にとてもよく似合う。
賑やかなバールの多いこの国で、この店は異色だと言って良いほどに落ち着いている。腹に低く響くコントラバスの音が心地よい。


「今日はアバッキオは?」

「さぁ、そろそろ来る頃じゃないかしら」

手際良く作られたジントニックはライムの香りがとても良く、つい先ほど摘んだピザの濃い香りを爽やかに消し去ってくれる。
カランと氷を指で弾いてもう一口含むと、ドアベルの鳴る音がしてアバッキオが姿を現した。


「いらっしゃい」

「あぁ。ん、ブチャラティ来てたのか」

「あぁ、先に頂いてた。遅かったな」

「ナランチャが少し手間取ってな」


ため息を付きながら隣に腰掛けたアバッキオに、サッと名前がツマミとワインを出した。


「ん?ヴァン・ショーか」

「えぇ、何だか少し疲れてるみたいだから」


鋭い観察眼だ。
確かに少し遅く店を訪れたアバッキオだが、遅いかどうかは疲れの度合いをつかいす使いづらい。それも、アバッキオ直属の上司ならまだしも、アバッキオが任務内容を名前に漏らすとも考えにくい。それだけ危ない仕事なのだから。
にも関わらず、一言交わしただけでそれを見抜くのだから感心せざるを得ない。
だからこの店は人気なのだろう。










「え?」


ジョルノはブチャラティの言葉に僅かに目を見開いた。驚かせるような事は言った覚えがないブチャラティも「ん?」と目を瞬かせる。
ブチャラティは、先日見た名前とアバッキオの話しをしていた。


「ブチャラティ、本気でそう言ってるんですか?」

「何か…間違っていたか?」


ジョルノはジッとその透き通った青い瞳でブチャラティを見つめ、彼が至って真面目に首を傾げているのだと認めて頭を抱えた。


「ブチャラティ、…貴方、名前の店で注文するより早くドリンクを出されたことありますか?」

「いや、ないな」

「それはそうです。あの店が人気なのは、名前のバーテンダーとしての腕が良いからです。決してよく気が利くからではありません」


そのハッキリとした物言いも失礼なのだが、名前が確かにとても良く気が利く様子は特に見受けられない。親切かつ丁寧な、気持ちの良い接客ではあるが、他の店と飛び抜けた事ではない。


「あ…」

ブチャラティに続けて何かを言おうと口を開いたジョルノが何かを見つけて声を発し、ブチャラティはつられて彼の視線を追う。
昼下がりのリストランテから見える街並みは太陽の光をいっぱいに浴びて輝き、花や街路樹もその恩恵に授かろうと目一杯腕を伸ばす。
行き交う人々は誰もが穏やかな笑みを浮かべて楽しげに言葉を交わし、その中で春の柔らかな日差しのようにゆったりとした空気を纏う二人がいた。
ジョルノとブチャラティが良く知った二人。名前とアバッキオだ。
紙袋を抱えているところをみると、何かの買い出しの帰りなのだろう。
思わずうっとりとため息をついてしまいそうな和やかな温かい空気の中で、名前は穏やかな笑みを湛え、アバッキオも物腰柔らかく笑みを返す。


「アバッキオはあんな顔もするんだな」


ブチャラティが瞬きも忘れて二人を見る様を伺い、ジョルノはクスリと笑った。


「名前は空気を作るのが上手いんですよ。特に、アバッキオの事はよく見てるみたいですね」

「あぁ…なるほど」

「よく見て、よく理解しているから、素早くフォローにも回れるというワケです」


「なるほどな…」


ブチャラティは何度も頷き、アバッキオと名前が笑いながら人波に消えていくのを見送った。


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