当たり前(ギアッチョ)


「また何かあったのかよ?」

鉛のように重たい瞼を持ち上げると、ギアッチョが私を覗き込んでいた。抱えていたソファーで顔を隠したが、もう絶対に見られてしまっただろう。
泣き腫らしてみっともなくなった顔を・・・。


「いい加減、男を見る目がなさすぎるんじゃあねーの?」


そんなこと分かってる。
暗殺チームにいるくせに、私はいつも軽い男に捕まって泣きを見る。その理由も分かってる。私が、本当に好きな人と付き合わないから悪いのだ。
軽く声をかけてきて、歯の浮くような甘い言葉ばかり紡ぐような男と付き合うからいけないのだ。


「ほら、冷たいもんでも飲んでシャキッとしろよ」


額に冷たいものが当てられ、私は不貞寝していたソファーから重い体を起こした。
少しだけ横にズレて腰かけると、私に冷たい缶ジュースを手渡したギアッチョは私の隣にドカッと座って自分の分の缶コーヒーを開けた。


「メローネに何か聞いたの?」

「んー・・・まぁ・・・名前が振られたみたいだって話なら・・・」


そうだと思った。
運悪く、振られた場面に居合わせたのだから、メローネはその事を知っているし、彼の口が堅くはないことは百も承知だ。


「遊びならプロシュートだって相手はたくさん居るんだろうし、メローネの奴は言うまでもないし・・・でも、テメーは向いてないんじゃあねーか?」

「そうだねー・・・」


いつだって本気になってしまう私は、間違いなく遊びで人と付き合うことには向いてない。分かっていても、誰かと付き合っていたくなる。
本当は、もっと別の人と付き合いたいのだけど、言えずに居る。
何もかもが格好悪すぎて言えずに居る。
手のひらの中で、僅かに温もったオレンジジュースが甘酸っぱくて、優しい甘さが胸を締め付けるような気がした。











『なぁ、名前』

『ん?』

プロシュートが夕方の共同リビングに居るのは珍しいことだ。この時間帯は、休日であればいつもデートの支度を部屋で整えて出て行く頃合だから。
読んでいた小説から視線を上げると、今日は出かけるつもりがないのか、プロシュートがカプチーノを飲みながら横目で私を伺っていた。


『おまえさぁ、本当は好きな男いるんだろう』

心臓がドクンと跳ねた。
体がびくりと震え、何でもない顔を必死に取り繕う。


『・・・・・・どうしてそう思うの?』

『俺に隠し事できると思うなよ。第一、名前・・・オメーが隠し事には世界一向いてねーからだよ』


プロシュートにはばれてしまった。
でも、本人にはばれるわけにはいかない。
暗殺チームに配属されて以来、ずっと好きで好きで堪らないけれど、ばれる訳にはいかない。


―ギアッチョには、ばれる訳にはいかない。



幸いギアッチョはあまり鋭いタイプではないから、私の気持ちは知られていないと思う。彼の交友関係に女性はほとんど居らず、良好な関係ではないらしい。
メローネが教えてくれたけれど、それは彼の性格に問題があるようだ。まぁ、理解出来ないわけではない。


「名前」

「へ?」

ぼんやりしていた意識が、ギアッチョに呼ばれて一瞬で戻る。
ハッと気がつくと、ギアッチョが眉を寄せて怪訝な顔をしていた。どうやら何度も呼ばれていたらしい。
缶コーヒーをグイッと飲み干し、ギアッチョは小さく溜息をついた。


「まぁ、言いたくねーんなら良いんだがよ。あんま一人で思いつめなくて良いと思うぜ?折角九人も居るチームに配属されたんだしな」


ぼんやりしていて話の前後が分からないため、ギアッチョがなんについての話をしているのかが分からない。
目をパチパチと瞬かせていると、その事を察したギアッチョが「だから・・・」と顔をしかめる。やばい、機嫌を損ねたようだ。


「お前が何かの悩みを誤魔化すために男と付き合っているように見える、つってんだよ」

「そ・・・それは」

「違うんなら良いんだがよぉ、プロシュートの奴も“名前も存外フツーの女だよなぁ”とか、いきなり意味わかんねーこと言うし・・・。
女がらみで俺の勘が当たることはあんまりねーから、違うなら気にしなくて良いんだ」


気にしなくて良いと念を押したギアッチョは、ポツリと「あんまり一人で思いつめんなよ」と呟いて私の髪をクシャっと撫でた。
乱暴な言葉で、些細な事をとことんまでこだわる癇癪持ちのギアッチョは、仲間にはいつもこうして優しい。
温かい手がゆっくりと髪を撫でてスルリと頬を滑り落ちるように離れ、立ち上がったギアッチョはそのままソファーを離れる。
手が離れたところが寒い。

それはほとんど無意識だった。


「・・・どうした?」

驚いたように振り替えるギアッチョの袖口を握り締めて引き止めていた。
喉がゴクリと鳴って、顔が熱い。
泣き腫らした視界はまだ少しいつもより狭く、弱ったままの気持ちにギアッチョの優しさが滲みて視界が涙でぼやける。



「・・・笑わない?」

「・・・?何をだよ」

相変わらず女心の読めない発言が、いかにもギアッチョらしくて。
滲んだ視界を拭いもせず、思わず笑うと「笑わねぇよ」と不機嫌な声が返ってきた。


「私ね、幸せになりたいの」


暗殺の任務を顔色一つ変えずに出来るようになったくせに、私は幸せになりたいなんて甘っちょろい夢を捨てられない。
こんな気持ちをカミングアウト出来るはずもなく、私が暗殺者だと知らない男にすがりつくように甘える。そうしていつも思い知る。

私は幸せになんかなれない。・・・普通の幸せなんか手に入れられない。――と。


馬鹿みたいだ。
人を不幸にしか出来ないくせに、私は幸せを渇望している。
ギアッチョが好きだと言えないまま、彼との幸福を夢に描く。


「はぁ??馬鹿か、お前」


分かっていたはずのギアッチョの言葉が突き刺さる。
なんて答えれば良いか分からない私の視界が更に滲んで決壊が崩壊してポタリと頬を伝い落ちた。


「本当に馬鹿だな。名前、お前「分かってる!!分かってるんだけどね」


これ以上ギアッチョの顔を見ていられなくなって、俯いて顔を両手で覆った。
「ゴメンね」と謝ると、ギアッチョは盛大な溜息を返した。


「分かってねーな。“幸せになりたい”だぁ??

当たり前だろうが!!!」











「え?」


耳を疑った。
瞠目して顔を上げた先で、ギアッチョが私を疑うような目で見ていた。
からかうわけでも面白がるわけでもなく、私が変な事を言っているのだと言わんばかりに眉を寄せて顔をしかめていた。


「当たり前だって言ってんだよ。幸せになりたくねー奴なんか居るのかよ??」

「だって・・・私は暗殺者だし・・・」

「暗殺者は幸せになったら駄目なんて決まりは裏社会にも存在してねーよ」


あんまりにもギアッチョが何でもないように言い退けるから、私はガツンと頭を殴られたような気持ちになった。
心の中にズンと沈みこんでいた鉛が消えてなくなり、体が軽くなったように感じる。




「・・・私、ギアッチョが好きなの」




きっと、今なら空も飛べる気がした。
自分でも信じられないほど楽観的な気持ちになっていて、何でも出来るような気がした瞬間、封じていた夢が口を突いて出た。
止まらないと思った涙の最後の一粒が頬を伝って顎からポタリとソファーに落ちて弾ける。
静かすぎて時が止まったように感じられる世界の中で、ギアッチョが耳まで真っ赤にして固まっていた。

どんなに苦しい世界でも、きっと私達は幸せを作っていける、そんな気がした。

















「・・・そういうのは、男が女に言うもんだぞ」

「じゃあギアッチョが言ってよ」

「うっ・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・す・・・」

「・・・す?」

「飯、食いに行こうぜ」

「・・・なんで」

「デートだよっ!好きなもん同士がデートに行くのは当たり前だろうが!!」

「・・・フフッ、やっぱり好きよ、ギアッチョ」





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という、ギアッチョは裏社会に居ても信じられないくらい純粋に生きているような妄想を抱いております。どうも、空ですwww
仲間も好きだし、恋愛も幸せな生活も、自分の職業になんの引け目もなく当たり前に求めていたらいいと、そう思いました。
皆さんが求めるギアッチョ像はどうなのだろう・・・?
ありがとうございました!!!!





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