半分の…(シーザー)
金髪が夜の闇に輝く姿を、今でも私は忘れられない。
夜露に濡れたように輝く姿に息を飲み、その荒々しさに恐怖した。
それでも、私に触れる手は優しく、私は泣きそうになるのを堪えるのが精一杯だった。
『誰も助けになんか来ない…だけど、お前がここでくたばるのは悔しい。…負けるな』
空腹で身体を横たえていた私に、彼は食料を差し出してそう言った。
この世の中は、親の居ない私のような子供が生きていくには厳しく、孤児院はさらに最低だった。
『行かないで』
『そうはいかない。俺と居たら、もっと酷いことになる』
一人が心細くて伸ばした手に、彼が残した唯一の手がかり。
それを御守り代わりに胸に抱き、絶望と空腹の人生を死に物狂いで生きてきた。
「…私も歳食ったから、彼も大人になっただろうし、見つけられるか分からないわね…」
「ばーか。歳食ったなんて言うんじゃない。まだまだ十代の子供のくせに」
酒を片手にフンと鼻をならすのは、私を店の手伝いに雇ってくれたヨハンさん。
パン屋をしていて、私に店番と雑用をさせてくれる。
とても気のいいお父さんのような人で、おかげさまでマトモな人間のまま生きてこれた。
裏社会で売りさばかれなくて済んだのは、ヨハンさんのおかげだ。
軽いアル中だが、彼の焼くパンはとても美味しい。
ーカランカラン…
店のドアの開く音が響き、私はカウンターに向き直った。
「いらっしゃいませ」
ニッコリと出来るだけ愛想良く笑う。
これもここで働き始めてから覚えた技だ。これでイタリアーノなら二つは多く商品を買ってくれる。
「おぉ!?なんて可愛い子ちゃんなんだ!!」
黒髪をピョンピョンと跳ねさせた、長いマフラーの男がトングを片手に笑……不思議なマスクをしているから分かりにくいが、多分笑っている。
「ジョジョ、先生を待たせてるんだ、早くしろ!!」
乱暴にドアを開いた客が飛び込んできて、長いマフラーの男にそう騒ぎ立てる。
「静かに入って!」と文句を言い掛けて、私は自分の目を疑った。
爽やかな風を感じさせるようなブルーの瞳と、黄金に揺れる稲穂のようなサラサラの金髪。
雰囲気も外見も変わっているが、私に『負けるな』と言った彼に似ている気がした。
「マンマミーア……」
ポカンとしていたに違いない。
思わずそう呟いた私に、ギャンギャンと騒ぐ二人の視線がパッと映った。
「…あぁ、恐がらせてしまったかい?バンビーナ…大丈夫、可愛らしい君に危害を加えるような事はしない」
とんだ気障男に成長したらしい。立派なイタリアーノとも言えるが、私の記憶の彼からは考えられない台詞だ。
いや、いっそ別人な可能性も浮上した。
「あん?シーザーちゃん、もしかしてこの子、シーザーちゃんの事知ってるんじゃないの?」
「うん?そうなのか?」
「シーザーちゃんに遊ばれて怨んでるのかも」
それは私とシーザー、どちらにも失礼だ。
むっとする私に、シーザーちゃんと呼ばれた気障男は爽やかな表情を僅かにひきつらせて「このバカの事は気にしないでくれ」とフォローする。
先にマフラーの男に文句を言わないで私のフォローをする辺りがとても女慣れしていると思った。
「で、俺のこと知ってるのかい?」
「人違いだったわ、ごめんなさい。私が探してる人はもっと真面目な人よ」
口説き文句が来ないよう、こういうイタリアーノはバッサリ切り捨てなくては。
ヨハンさんの教え通りにそうすると、シーザーは「手厳しいな」と笑った。
くそぉ…少しは傷つけよ。
「俺はこの辺りに顔が広い。コイツがキミを侮辱してしまったお詫びに、キミの人捜しを手伝わせて貰えないか?」
それがシーザーがこの店に通い始めたキッカケだった。
私の見せた彼の手がかりを見るや否や黙り込んでそそくさと帰って行った癖に、未だに彼の情報は掴めないと言う。
「元気なら良いの。でも、お礼を言いたくて」
「…きっと見つけるよ」
シーザーはそう言ってパンを買っていく。
『ジョジョが気に入ったらしくてな』と言う割に、マフラーの彼、ジョジョはあれから店には現れない。
「名前は、ここの店の主人が親なのか?」
「雇って貰ってるだけよ。前は住ませて貰ってたけど、今はお給料で自分の部屋を借りたの」
「へぇ…偉いんだな」
まるで妹の成長を見るように眩しげに笑って、シーザーは私の話を聞く。
それが楽しくもあり、寂しくもあった。
私は、シーザーの妹になんかなれないし、なりたくもない。
記憶のあの人が現れようが、現れなかろうが…シーザーがあの人だろうが別人だろうが…。
妹でなく、一人の女として見られたい。
次第にそう考えるようになった。
ーカランカラン…
「いらっしゃいませ」
「名前、いつものパンを頼む」
外から飛び込んできたシーザーは、雨に降られてびしょ濡れだった。
突然の夕立に降られたらしい。
「シーザーびしょ濡れじゃない!!ちょっと待ってて!!」
慌てて裏に飛び込み、ヨハンさんの奥さんに頼んでバスタオルを借りた。
店内を濡らさないように入り口に立っているシーザーに駆け寄り、借りてきたフカフカのタオルを差し出す。
「風邪ひいちゃうわ」
差し出したタオルを受け取って、シーザーはまた眩しげに目を細めて笑った。
「グラッツェ」と笑って髪を拭くシーザーに温めたミルクを出し、ついでに自分の分も淹れて座る。
店は夕立のせいで客足も遠のき、私とシーザー以外に誰もいない。
「気が利くな。本当にすまない」
「お得意様だから、サービスよ」
照れ臭くてプイとそっぽ向くと、シーザーはククッと喉を鳴らした。
「素直じゃないなぁ、名前は」
知ってる。
放っといて欲しい。
ジワッと頬が熱くなったのを感じたが、ホットミルクのせいにしておく。
「名前は俺の妹にそっくりだった」
「シーザーみたいなお兄ちゃんなんか欲しくない」
「相変わらず手厳しいな」
なによ、もっと怒れば良いのに。
ホットミルクの甘味が、消えた気がした。
神様が居るならあんまりだ。
記憶の彼には会えず、あれ以来初めて芽生えた恋心も妹呼ばわり。
好きになれると思ってたのに酷すぎる。
「お…おい、名前?」
「え?」
シーザーが慌てたように私を呼び、初めて涙がこぼれていることに気づいた。
慌てて止めようと試みるが、一度決壊した涙腺が上手く閉めれない。
「名前、大丈夫か?」
「た、大丈夫っ」
「だが…名前、泣くな…」
「…………て」
欲が出た。
温かい手が優しく頬を撫でるから、妹みたいな扱いはもう嫌になっていて、どうしようもなくなっていた。
「やめて!…嫌だよ」
「え?」
「……妹なんて言わないで、シーザー」
馬鹿みたいだ。
私はいつも縋るように懇願することしか出来ない。
相手を困らせてしまうと頭の隅では分かっているのに、シーザーに妹呼ばわりされることに耐えられなかった。
それこそ、記憶の彼の事を忘れてしまうほど。
「シーザー、好きなの」
「名前」
フワッと優しい、石鹸の香りに包まれた気がした。
涙で滲む視界にシーザーの金髪が揺れる。
抱きしめられた事に気づいて、さらに涙が溢れた。
「悪かった。名前、泣かないでくれ」
「ぅっ…く、ご…めんなさ…」
「どうして名前が謝るんだ?悪かったのは俺だ」
優しくあやすようにそう繰り返し、シーザーのキスが額と髪に落とされる。
泣き止んで顔を上げると、シーザーは決まりが悪そうに身体を離した。
「名前、俺はお前に嘘をついている…」
「…うん?」
シーザーはゴソッとパンツのポケットから、小さなコインのような物を取り出した。
小さな金属製のそれは、コインというには不完全で、ペンチかニッパーで切られたように半分だけ。
それを時間をかけて見つめた私は、エプロンのポケットから記憶の彼が渡してくれた御守り代わりのそれを出した。
半円の、金属製のコイン。
「名前が探してるのは俺だ。本当は分かっていたんだが…」
「言いたくなかった?」
思えば身形をきちんとしている今、貧民街に暮らしていた記憶など無くしたいに決まってる。
そんな事も考え付かなくて、シーザーに女として見られたいなんてチャンチャラおかしい。
「違う。恩を売ったつもりがなかったから…それ抜きで名前と話したかったんだ」
「…それ…」
「名前、君のような純粋な人に俺なんかか近づいて良いのか躊躇われるが、どうか近づくことを許してくれ。近づいて触れても、どうか消えないでくれ」
気障な口説き文句をまくし立てるシーザーに、私は一つだけ頷いて返した。
耳まで赤くなってるシーザーなんて、とても貴重に違いない。そう心の中で呟いて、笑って口づけるシーザーの温かさを感じながら、私はゆっくり目を閉じた。
「好きだよ、名前」
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ありがとうございますヽ(^0^)ノ
5部を除くとアンケ上位だったので、初シーザー。
イタリアーノの口説き文句を並べる彼を書くのは楽しいですwww
天使扱い、スゴいと思います。イタリアーノすごい。
よく見れば、シーザーは「妹に似ていた」と過去形で話してるんですが、こういう時って聞き逃すもんなんですよねー。
え、そうですよね??
アンケ投票、ありがとうございました(●´ω`●)
空
(4/4)
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