伝えそびれていた言葉(アバッキオ)


(アバッキオ)らしく出来ねーのか?」

顔をしかめるアバッキオを見て、名前は渋々足を閉じた。
男でも女でも、人体力学的に足を開いて座るのは実に楽チンなのだが、やっぱり慎ましさは微塵もなくなる。
チラッと隣のアバッキオを伺って、その綺麗な横顔に思わずため息がこぼれる。


「人の顔見て辛気臭いため息つくなよ…」

「だってアバッキオ、美人なんだもん」


もう一つため息をつくと、隣でバサバサと新聞を折り畳む音がして「バカにしてんのか?」と不機嫌な声。
どうやら“美人”は彼にとってほめ言葉ではないらしい。
女が聞いたら歯をギリギリならしたくなる、贅沢な文句だ。


「誉めてるに決まってるでしょう?」

「女じゃねぇんだ。嬉しくねぇよ」


やっぱり贅沢だ。


「コーヒー飲むか?」

「気も利くし…」

「いらないんだな?」

「要ります、下さい!ごめんなさいっ!!」


「やれやれ」と立ち上がったアバッキオの背中は実に男らしいのに、なびく髪もスラリと長い足も羨ましいほどバランスが良くて美しい。
言葉遣いや行動は男らしいのに、細かいところに気がついたりと隙がない。


「彼女失格ね…」


ポツリと呟けば、ジワッと胸の内にシミが広がる。
ぐるりと蜷局を巻く大蛇のように私を狙い、胸とのどが苦しい。
好きで好きで大好きで、やっとの事で想いを伝えて彼女のポジションをゲットしたのに、手に入れた瞬間にはもう恐かった。


「私じゃ…駄目なのかな…」

「じゃあ止めるか?」


鼓膜を揺らした彼の言葉が、頭の中をぐわんぐわんと反響して世界が揺らいだ気がした。
声を出すこともままならないまま振り返ると、コーヒーの入ったカップを二つ持ったアバッキオが名前を静かな目で見ていた。


「名前」

ゆっくりと近づいて、ローテーブルにカップを置く音が無機質に響く。
カツンと鳴った音に肩が跳ねる。
心臓が跳ねる。
息が苦しい。



「名前、俺と付き合うのが苦しいならもう終わりにしよう」


薄い、ラベンダー色の瞳。
透き通るようなその瞳に私の影が映り込む。
切れ長のすっとした目に私が映る。
それだけで幸せだと、感じていたはずなのに。



「名前…」

あっと言う間に堤防が決壊し、滲んだ世界でアバッキオが私を呼ぶ。
その声が好き。
さらさらの長い髪が好き。
ふんわり香る、海のような香水の香りが好き。


「好きなの……」


あぁ、情けない。
ボロボロ頬を伝う涙も、堪えきれずにあげる声も、まるで子供。
大人なアバッキオなら絶対に晒さない姿。
呆れるに決まってる。
フッとアバッキオの影が消えて、そこから居なくなったのだと分かる。
嗚咽も堪えられず、恐らくメイクなど意味をなさなくなったであろうことを悟った。



「アバッキオ…っ、く…ふぅ…」

「バカ、ほら目ぇ擦るなよ」


フワリと柔らかなものが頬を拭い、それがタオルだと分かるより早く抱きしめられていた。
いつもの海の香りの香水と、僅かに香るコーヒーの匂い。
心地よい体温が重なって涙を拭うと、アバッキオのキスがまぶたに落ちて再び目を閉じた。


「名前…」

「ん、あ…アバッキオ、くすぐったい」


顔中にキスの雨が降り、睫の触れる距離で囁かれる自分の名前。


「名前、好きだ」











「え…?」








アバッキオの、真っ赤になってるところなんか見たことがない。
きつく抱きしめられて一瞬しか見えなかったけれど、その瞬間に見えたアバッキオは確かに頬を朱に染めていた。


「ど…な、…アバッキオ…急にどうしたの?」

「俺が名前を不安にさせてたんだな…悪かった。俺はてっきり…イメージと現実が違ってて嫌になったのかと…」

「どうして…?」


分からない。
アバッキオは本当にイメージ通りだった。
大人びてて、時々子供のようで、いつも力強く私を護って導いてくれる。
いつだってイメージ通りだった。
ゆっくりと名前を抱きしめる手を離したアバッキオは、バツが悪そうに頬を掻いて目を細め、「だってほら…結構口やかましいだろ?」と呟いた。


「ううん、大好き」

「…」

「私こそ女らしくないし、アバッキオに似合わないでしょう?」

「そりゃ誰が決めるんだ?俺の彼女は俺が決めたんだ。文句は言わせねぇ」


あぁ、貴方はいつだってこんなにも私を強くしてくれる。



「好き」

「………俺も好きだよ」





「ちゃんと言えなくて悪かったな…」と小さく謝るアバッキオが近づき、名前は返事の代わりに目を閉じた。




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アバッキオショートでした(・∀・)
色々な女の人と付き合わせてみたいとコメントがあったので書いてみたんですが、なーんか前に書いたヒロインとの差別化が出来てないような…????
アバッキオをべた褒めするヒロインちゃんにしてみました(*´∀`)
色々…との事でしたが、他キャラとの兼ね合いを見ながらまた書きたいと思います(*゚▽゚)ノ
ありがとうございました☆





(14/21)
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