キミがいるならここが天国(下) (アバッキオ)
「最悪だわ…」
ゲホッと重たい咳を繰り返し、ベッドのシーツをかき寄せた。
白いシーツに顔を埋め、小さな物音に顔を上げるとレオーネが私を覗き込んでいた。
グレーのショートヘアーの子猫。
毛色がアバッキオに似ていて、どうしても飼いたくなった。
怯えていたわりに、餌を出してやるとすぐに懐いたお調子者。
「アバッキオも、それくらい簡単だったら良かったのに」
初めて見た瞬間から好きだと思った。
少し荒っぽい立ち振る舞いも、太陽の光を受けて光る髪も、声も。出来れば彼の全てが欲しいと思った。
人生初の、一目ぼれだった。
「あーぁ…駄目なのかな」
クワァと欠伸をしたレオーネは、立ち上がって伸びをすると耳をピクリと動かした。
そう言えばそろそろお腹が空いたのかもしれない。
丁度レオーネを拾ったその日から体調を崩し、もう一週間も買出しに行けてない。
レオーネに食べさせられる物がまだあったか考えながら体を起こすと、ぐらりと脳みそが揺れた。
ーヤバイ…
酷すぎる眩暈になす術もなく、私はその場に倒れた。
「ニャー…」
「うるせーなぁ、餌ならさっきやっただろうが」
静かだったはずの部屋に声が響いている気がして、私は重い目蓋を持ち上げた。
かすむ視界にレオーネが楽しげに鳴いている。
跳ねるレオーネから皿を護るように持ち上げている人の姿に、私は慌てて体を起こした。
「アバッキオ!?…っ」
先ほどの眩暈と同じように世界がグワングワンと揺れ、私はベッドに突っ伏した。
「バカ、何やってんだ。このマヌケ」
「酷い…」
この声、悪態。確かに間違いなくアバッキオだ。
頭を押えて目を開くと、ベッドの上に大きな影が落ちていた。
「熱は少しは下がったか?」
そう言って伸びた手が髪に触れる。
前髪を掻き分けて額に触れる手の気持ちよさに、私は目を閉じた。
アバッキオが優しいなんて、何て幸せな夢なんだ。
「夢でまで貴方に会えるなんて、私は天国にでも来てしまったのかしら」
「よくそんなこと言えるな。恥ずかしくねーのかよ」
「少し悪いその言葉達も、アバッキオが使えば賛美歌に等しいわ」
「頭湧いてっから熱なんか出すんだろう」
べしっと額を叩かれて、私は再び目を開けた。
じんと痛む額をさすりながら見上げると、アバッキオが眉を寄せていた。
「しっかりしろ」
「夢じゃない…?」
「天国でもねーよ。一週間も休みやがって。お陰でナランチャと組まされてるオレの身にもなってくれ」
やれやれとイスに腰掛けたアバッキオは、何かに気付いたように私を振り返って「そういや、鍵くらいかけろよ。女だろうが」と玄関を指差した。
そう言えばレオーネを抱えたまま入って鍵をかけ忘れた気がする。
「どうしてここに…?」
「部屋の外から、尋常じゃねー猫の鳴き声が聞こえてな。ドアが開いたから入ってみれば、テメーが床で寝てたんだ」
「寝てたんじゃなくて「倒れてたんだろう?」
私の言葉を遮ったアバッキオが、小さな声で「分かってる」と呟く。
その声が掠れているような気がして、私は言葉を発することも身じろぐことも出来なかった。
「柄にもなく、めっちゃ心配しちまった。心臓が止まるかと思ったぜ」
「ごめんなさい」
「うなされながらオレの名前を呼ぶのだけは止めてくれ。オレがお前を殺そうとしたみてーじゃあねーか」
無意識の行動を咎めるその言葉に、今度は違う意味で眩暈がした。
うなされながらアバッキオを呼んでたなんて、恥ずかしすぎる。
意識的に愛の言葉を紡ぐのと、意識のない状態で想い人を求めるのでは感じが違う。
顔が火照るのを感じながら手で押えた。
恥ずかしい。
「そんなにオレが好きか?」
「…好き」
「何がそんなに良いんだよ」
「顔も声も髪も好き。口は悪いのに優しいところも…全部」
顔を手で覆ったままそう告げると、いつもなら聞こえる舌打ちが、今日は聞こえなかった。
不思議に想っていると、大きな手に手首を掴まれる。
何?
問う暇なんかなかった。
状況を飲み込めない私に、アバッキオは零距離だった。
だから、そう…つまり。
私にアバッキオが触れていた。
軽く閉じた目を縁取る髪と同じ色の睫毛すら触れそうな距離。
風邪を引いて荒れていた私の唇に、アバッキオの柔らかな唇が触れていた。
スローモーションのように見えた。
チュッとリップ音を立てて、ゆっくりと離れる顔。
勿体つけるように開かれる相貌。
焦らすように合わされた視線。
その全てを、私は瞬きすら出来ずに見ていた。
「…なんだよ」
「…ぇ…」
「あんなに耳障りだったお前の声が、無くなると存外寂しかったんでな」
「…へ?」
「オレも頭沸いてるんだろうな」
「な……」
「分かれよ」
「な、に?」
「さっさと病気治して出て来いって言ってんだよ!!!」
「う…は、はい!」
突然声を荒げるアバッキオに、敬礼までする勢いで返事を返すのが精一杯だった。
今なにが起こったのか考えようとしても、脳みそが沸騰したように揺れて考えられない。
心臓だって今にも爆発しそうだし、手も震えてる。
ガタンと音をたてて立ち上がったアバッキオがくるりと踵を返すのを見ながら、「帰らないで」と懇願することも忘れていた。
背中を向けたまま立ち止まったアバッキオはゆっくりと振り返った。
ギュッと眉を寄せて眉間に深い皺を刻んでいた。
怒らしてしまったのかも知れない。
謝るべきか喉を詰まらせていると、ベッドに押し付けるような勢いで肩を掴まれ、声をあげる間もなく唇が押し付けられていた。
驚きで固まる私の唇を、アバッキオのそれが柔らかく食む。
呼吸を呑み込むようにぴったりと塞ぎ、音をさせて離れる。
「元気になったら、テメーの好きなもん食わしてやる。水分とってさっさと寝ろ」
何が起きたかなんて分かってる。
どたどたと出て行ったアバッキオが大きな音をたててドアを閉めるのを聞きながら、私はベッドに倒れた。
恐らく熱は上がったに違いない。
そっと唇を指でなぞって、時間も気にせず、堪えきれない感情をそのままに悲鳴をあげた。
あぁ、もう。
狂おしすぎる。
次の出勤時になんと声をかけるべきか悩みながら、朝まで奇声を上げていた。
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ありがとうございました。
まさかのヒロインがイタリアーノばりの口説き文句。
楽しかったです。
しかし、ジョルノがボスの、ブチャラティ達生存ルート設定。
書く暇がなかったけど、オッケーですかね???←
読んでくれてありがとうございました!!!
あなた、天使ですね!?
空
(12/21)
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