キミがいるならここが天国(上) (アバッキオ)


最近、しつこく言い寄られている。
今までにもこんな事は時々あった。突然知らない女が告白してきたり、街で見合い写真を老婦人から押しつけられることも何度かあった。
そう言うのはブチャラティにでも渡してくれってんだ。
とは言え、自分の立場は理解しているし、自分が女を幸せに出来るタイプの人間じゃあないことも理解している。
だからいつだってハッキリキッパリ断っているのに、全く引いてくれないのは今回が初めてだった。


「お願い、アバッキオ!!」

「お前なら他にもらい手はごまんと居るだろう?」

「アバッキオが良いのよ!!」


本当に何度言っても決して負けないのだ。
最近はもう断る文句も思いつかなくなって、彼女の告白をBGMに街を歩いている。
イタリアーノも驚くほどの殺し文句を並べ立てる彼女を引き連れ、今日もうっすら雲のかかった柔らかい光の中を歩く。
レンガを敷き詰めた街の雑踏に紛れて響くのは、自分の足音と名前の告白。


「アバッキオ、ちっとも振り返ってくれない貴方もとても素敵だわ。まるで気高い孤高の獣。
あぁ…だけど貴方が微笑んでくれるだけで私は天にも昇れるのに」

「なるほど、それじゃあ余計に微笑むわけにはいかねぇな。テメーに逝かれると仕事が滞る」

「貴方が私を必要とするなら、私は地球の裏側にでも貴方を助けに行くわ!」

「その必要はねーよ。オレは地球の裏側に行く予定はない」


全く、性別さえ男ならば立派なイタリアーノなのに、まさか自分がこんな歯も浮くような言葉を羅列され続ける日が来るとは夢にも思わなかった。
彼女を邪険にしたいわけでもなければ追い払いたいわけでもない。名前はとても働き者だし、真面目で気が利く。
ついでに名前と始終一緒にいるオレを見て、他の女が寄り付きもしなくなる程度には見た目も良い。
顔は小さいし、肌は透き通るように白い。
ふんわりサーモンピンクに染まった頬と、ふっくらした唇は子どものようにぷるんとしている。
すれ違う男達は必ず名前を振り返る。色素の薄い髪をフワフワとなびかせる彼女に見惚れ、隣にいるオレを見て諦める。
ギャングと言うのは、そうゆう職種なのだ。
本来ならば、関わりたくもなくなるような、そうゆう職種なのだ。


「お前なぁ。オレより良い男ははいて捨てるほど居るぞ?ブチャラティとかどうだ?」

「アバッキオがブチャラティに惚れこんでいるのは分かるけど、それ以上に私はアバッキオに惚れてるのよ」


重症だな…。
どうしようもない。
きっぱりと言い切る名前を横目に、抱えていたバッグを肩にかけ直して路地へと入り込む。
予定していた店回りは終わったし、今日は近道をしてさっさとアジトに戻って、夕飯の買出しに行きたかった。


(確か、冷蔵庫の中は空だったか…。トマト…あとチーズも買っときたいな…)


頭の中で今日の買い物の算段をつけている間も、名前はしっかり後ろを歩いてついてくる。
「アバッキオ」と名前を呼んでは、返事もしていないのにまた口説き文句を並べてオレの顔色を伺う。一瞥すらもしないオレを確認しては、何度でも口を開いて甘事を繰り返す。
仲間じゃなけりゃ、完全に殴っていただろうと思えるしつこさだ。と言うか、よくそんなに思いつくもんだと関心すらしたくなる。



「アバッキオ!!」

「チッ…いい加減にしねーと…」

「見て、怪我してるのかな」


道端にしゃがみ込んだ名前は、足元をジッと見下ろしていた。
何事かとその視線を辿ってみると、小さな猫が名前を見上げて体をブルブルと震わせている。
よく見れば足に傷があるのが見えた。


「拾って良い?」

「……テメーが飼うんなら好きにしろ」


グレーのショートヘアーのネコを嬉しそうに抱き上げるのを見ながら、ため息をついた。安堵のため息とでも言えば良いのだろうか。
彼女の意識が他に向いていれば、素直に名前を可愛らしいと認める事が出来るのに。
生粋のイタリアーノのように口説かれたんじゃあ気も休まらない。
それと、呆れもあった。
ギャングでありながら甘さを捨てきれない彼女は、本来ならばこんな職には向いていないんじゃあないかと思う。


「早くしろ」

「待って、名前を…そうだわ!!!!今日からキミはレオーネよ!!」

「テメー…マジにぶっ飛ばされたいのか?」


ニッコリ笑って何も答えない名前に、もう全てを諦めて小さく舌打ちをした。
本当、どっかイカレてんじゃねーのか?













「あ?休み???」

「はい、ですから今日の仕事はナランチャと行ってください」

「だってさ」


翌日。いつも通りアジトに顔を出すと、名前が風邪をひいてしまったのだとジョルノに聞かされた。
いつも仕事はきっちりこなす名前にしては珍しいことだ。
時間や日時をしっかりと護るのは名前だけだとブチャラティーがぼやいていた事だってあるくらいなのに。


「仕方ねーな、行くぞ」

「なんだよ、仕方なくなのかよ」

ぶつぶつと文句をたれるナランチャを引き連れて町を歩く。
乾いたレンガを叩く靴の音が二つ分反響し、見知った顔のおせっかいババァどもが「名前ちゃんは?」と遠巻きに尋ねてきた。
どうしてオレが知っていると思っているんだ。


「風邪だってよ」

「あら、名前ちゃんに会えないと朝がきた気がしないわね」

「そーかよ。じゃあ今日は寝坊するこったな」


適当にあしらってやり過ごし、その日の仕事を終えたのはいつもより一時間程度遅い、日没の時間帯だった。
ナランチャが「名前って本当に人気なんだなー」と呟くのを聞きながら、アジトへの道を急ぐ。



「あら、アバッキオ」

「なんだババァ、まだ起きてたのか?」

「失礼ね、貴方もイタリア人なら口説いてみせなさいよ」


それこそ失礼な。
女とみれば誰彼構わず口説くのがイタリアーノだと思っているなら、認識は改めて欲しいものだ。



「それより、名前ちゃんにお見舞いを持っていってくれない?」

「は?」

「なによ、貴方…名前ちゃんの恋人でしょう?」


初耳だ。


「あら、違うの?名前ちゃんといる時の貴方は楽しそうに見えたから、てっきり付き合っているんだと思ってたわ?」


瞬きすら忘れて硬直していると、ナランチャが笑ってお見舞いの品を受け取っていた。
腹でも減っているに違いない。


「バーチャン、それはまだ秘密だったのに」

「あら、そうなの?」


ウフフと笑って帰って行く老婦人を見送って、オレはナランチャに背中を押されながら歩き始めた。


「楽しそう??オレが…????」


全く意味が分からない。
ナランチャは名前へのお見舞いの品をつまんで、「うまい!!」と声をあげた。


(11/21)
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