キミに贈る花(二部 カーズ)


暗い、街頭の灯り一つない道に、靴の音が響いた。
カツカツと硬質な音を響かせゆらりと影の中から現れた男は、すっぽりと頭を布で覆い隠していた。


「……なんだ?」

遠くから聞こえる音に気づき、男は歩みを止めた。
ほんの僅か、耳を澄まさなければ聞こえないほど微かに聞こえたのは、弱々しい赤子の声。
辺りを見渡すと、小さな紙袋が落ちていた。


「捨て子か…」

哀れなものだ。
放っておけば、もう直ぐ力尽きて死ぬだろう。
恐らくそれは単なる気紛れだった。
頭巾を被ったその男は、紙袋からその弱った赤子を取り出し、抱きかかえて暗闇に紛れた。

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「カーズ、そんなもの持ってどこに行くんだ?」

街から離れた、とある山の中。
グラスとフルーツを手に、カーズと呼ばれた頭巾の男は声の方を振り返った。


「エシディシか…、ただの散歩だ。着いてくるなよ?」


エシディシと呼ばれた銀髪の、褐色の肌をした男は、カーズが木々の間に消えていくのを頬杖をついて眺めていた。
散歩にしては奇妙な物を持って出かけるものだ。
追求する事に問題はないが、特に触れないことにした。無限に続くと思えるような時間の中で、相手に干渉しないことも増えていた。

彼らは人と同じ成りをしているが、人間とは全く異なる生き物であった。
太陽の光に当たることが出来ないが、人間の何倍…何万倍もの時を生きることが出来た。
高い戦闘能力を持ちながら、唯一の弱点である太陽のおかけで闇の中での生活を余儀なくされている。
故に、「ただの散歩だ」と言い切ったカーズも、月の光に照らされた山の道無き道を歩いていた。


「ふぇ…」

弱々しい子どもの声が響き、カーズは声の方へと方向を転換した。

「また勝手に柵を出て転んだのか」

「うぁ、むー」

紙袋に入れて捨てられていた子どもは、もう齢三つを数えていた。
よたよたと歩くものの、なかなか喋るようにはならない。


「今度は肉でも食わせてみるか」

「うー、うぶ」

言葉にならない“喃語”を発する名前を抱きかかえ、持ってきたフルーツの半分をジュースにして与えた。
少しこぼしながらそれを飲み干した子どもは、切り分けられたら残りの半分をぐじゅぐじゅと汁をこぼしながら口に運ぶ。


「人間など面倒なものだ。口からしか物を摂取出来ず、か弱い」

「まー、ぷぅ」

果汁でべたべたの手で、子どもはカーズの頬をペタペタと叩いた。
それに眉を寄せたカーズは、はぁとため息をついて抱え上げると、また夜道を歩いて川に行き、その手と顔を洗わせる。


「まー」

「頭の悪い生き物だな。“カーズ”だ、言ってみろ」

「うー」


全然違う。


「カーズ、だ」

「かー」

「さっきよりはいい感じだな」

ぐりぐりと頭を撫でると、子どもはぷくぷくの頬で幸せそうに笑う。
伸びてきた髪を編んだ紐で結い上げ、石を口に入れようとする子どもから石を取り上げて川に投げ込んだ。


「腹が減っているのか?人間もそこそこの量を食べるのだな。待っていろ」

サンタナやワムウは既に、猟は自分でこなすようになった。
人のために猟をするのは久しぶりだ。
火をおこし、適当に身を解して口にやると、子どもは嬉しそうに頬張った。


「そうだ、呼びにくいから名をやろう。……、そうだな。名前と言うのはどうだ?」

「うー」

夢中で魚を頬張る子どもは、その日から名前と名付けられた。

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「カージュ」

「もう九つにもなろうと言うのに、言葉の遅い奴だ。今度サンタナが昔使っていた本でも与えてみるか」

喋る以外のことなら、普通に暮らす人間には負けない。
カーズが作っていた柵ももう必要ないし、狩りも出来る。
細く引き締まった身体は、山を駆ける事も出来るし木登りもお手のものだ。


「こえ…」

開かれた小さな手の中に、小さな白い花。
月光に照らされて青白く浮かぶ花を、カーズは戸惑いつつ受け取った。

「きえい」

「?…綺麗、か?」

「うん、きれい」


手の中の花をしばらく黙って見つめ、カーズは編んだ紐で結い上げた名前の髪にその花を挿した。
赤子だった名前も、少しずつ成長し、大きくなっていく。
少し前にカーズが与えた服も、既に少し窮屈そうに見える。

「女であるお前の方が似合う。付けておけば良かろう」

カーズの言葉に、名前は嬉しそうに微笑んだ。
突然走り出し、川に映した自分を見て頬を染める。
いつの間にか女らしく育っていく名前を、カーズは複雑な心境で眺めた。



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「カーズ」


ガサリと音を立てて現れたカーズを見て、名前は笑みを浮かべた。
たたっと駆け寄る名前は、既に17歳だった。


「カーズ、ちょうどさっき狩った熊を切り分けた所だ。食べる?」


買い与えた本のおかげで、名前は大分口が達者になった。
教えていない敬語はまだ使えないが、なかなかに頭も良く、会話に不自由しない。
酷く世間ずれしているであろう事を除けば、どこに行っても暮らしてけるだろう。


「私は先刻食べたばかりだ。お前が食べろ」

「そうか」

カーズが腰かけた場所に近い場所に火を起こし、名前は食事の支度を手際よくしていく。
木の実をすりつぶして川の水で湯を沸かし、削って作った木の皿にスープを注いで焼いた肉を別の皿に乗せた。
カーズが与えたナイフや、調味料も上手く使えるようになっていた。


「名前、山を降りて、人間と暮らすか?」

「嫌だ。ここで暮らす。カーズと一緒がいい」


ちらりとカーズを一瞥し、食事に取りかかる名前は「その話しはしたくない」と言わんばかりにそっぽ向いた。


「名前」

「…何?」

「お前は綺麗になった。人間の女にも、お前ほど強く美しい女はそうそう居ないだろう」


カーズの言葉に頬を染めた名前は、照れくさそうに俯く。
いつからか伸ばし続けた髪をカーズと同じようにサラサラと風になびかせる名前は、女性らしさを身につけて柔らかな空気を纏っている。


「カーズには、かなわない。カーズはずっと綺麗だから」

「私は歳をとらない。そういう存在なのだ」

「分かってる」

肉を頬張る姿は、どこか幼い時のままだ。
社会に帰すならば、食事作法くらい教えなければならないだろう。


「カーズ、今日は一緒にいれるの?」

「…あぁ」

「やった!」

名前は両手を叩いて喜び、飛び上がってカーズに抱き付いた。
大概の時間を一人で過ごす名前には、カーズと共に過ごす時間は掛け替えのない物だった。


「カーズ、今日は私の特別な場所に行こう!」

「なんだ?それは」


「秘密」と笑い、名前は急いで食事を済ませ、カーズの手を引いて山を駆け上がる。


「急がずとも良かろう」

「朝が来ちゃうもん!」

楽しげに笑う名前に、カーズは抗議を止めてついて走った。
程なく頂上に着き、カーズと名前は開けた場所に座った。


「木がないな」

「邪魔だったから、切った」

「豪快な奴だ」

フフッと笑う名前は、カーズの隣でゴロンと横たわって空を見上げた。


「ほら、カーズも!!」

汚れるのが嫌だったのだが、渋々隣に横になって空を見上げた。
視界を遮るものなど何もなく、目前に広がるのは息も止まりそうなほど無限に広がる星空。
筆舌にし難いその光景に、カーズは息を呑んで瞠目した。


「綺麗でしょ?」

「そうだな」

満天の星空に、まるで世界に自分達だけが存在しているようにすら感じられる。
世界の喧騒から、星空の天蓋で遮断されているような…。
隣に寝転ぶ名前の息遣いすら聞こえる静けさの中で、しかしその距離を嫌悪しなかった。
ふと触れた手に振り向くと、名前が照れくさそうにはにかむ。
そんな姿を、カーズは目を細めて見ていた。


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「名前」

カーズの呼びかけに、返事は返ってこない。
今日のカーズは一人で星を見ていた。


「オレの罪も知らず、お前はいつも私に真っ直ぐだった」


それに心が痛むこともあった。
己の罪を突きつけられているの様な気さえすることも。
それ故に、名前と向き合うのを避けたこともあった。
それでも名前は、カーズを慕い続けた。
何度も街に行けと言われても、頑として頷かない名前は、本当の親にそうするようにカーズを慕い、一人の女としてカーズを愛していた。



「名前…………。オレはソコには…あの世には行けない。お前に会うことはつまり、もう無いと言うことだ」


一筋の星が流れ落ちる。
あれからもう百年近くが経過したのに、名前と見た星とカーズは、今もあまり変わらない。
星空の天蓋に、一人。



「私はもう行く…。この地を離れ、あちこち巡る。もう。ここには来ない」


カーズは立ち上がり、一度だけ振り返って歩き出した。
彼が横になっていた場所の隣で、小さな白い花が夜風に揺れていた。
彼の日に名前がキレイといった小さな白い花。
その中に名前が笑って立っているような気がした。





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ありがとうございます!!
カーズ様が花や子犬を大切にしている姿を見て、カッとなって書きました。
気まぐれで人間を拾ったり護ったりしてたら美味しいなと( ´艸`)
カーズ様、実は良い人説を推します(*゚▽゚)ノ





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