SAKURAドロップス(3部 花京院)


※シリアス






ずっと好きだった人にフラれた事があった。
彼とは長い付き合いだったけれど、関係とは所詮あっさりと壊れてしまう事を改めて認識させられたと思う。昨日の昨日までは普通の恋人だった、それが次の日になってすぐに無くなってしまうだなんて、一体誰が予測出来ようか。

そもそもよく考えてみれば、彼とは恋人らしい付き合い方というものはしていなかったかもしれない。
登下校は共にしていたものの、休日のデートだなんて一度もした事がなかった。
休日のデートと称して挙げれば、金曜日に彼が帰宅した後の机上に残っていた、恐らく忘れ物であろう筆箱を翌日の土曜日を利用して家まで届けた時、連れられるまま彼の部屋でゲームを一緒にした位だろうか。果たしてそれをデートと呼べるかと問われれば、答えはきっとNOに違いないが。
その位恋人という実感は沸かないものだった。


同じクラスメイトでありながらそれまで会話らしい会話をした事がなかった彼と、何故恋仲になったのかなんて今になってもよく分からない。
ただ言えるのは、彼と私は少なくとも似たような部分があったと思う。
先ず一つ、お互いぺらぺらと舌の回る人間では無かった。
二つ目は、友達とは何なのか。とても学生が考えるとは思えないような深刻な問題に、私達は直面していた。
特に苛めに遭っていた訳ではない。グループの中からはみにされていた訳でもない。話の合うクラスメイトが居なかった訳でもない。
でも奇妙な事に、彼と私はそんな真っ黒に淀み歪んだ感懐から歩みを揃えたのは間違いなかった。


「友達って、何なのかな」
何となくぽつりと零した私の独り言を、まさかの花京院は耳にしてしまったらしい。今週の教室掃除の担当になっていた彼は箒を持ったまま相変わらず表情の読めない顔で私を見下ろした。
その時はまさか彼に聞き取られるだなんてこれっぽちも思ってもいなかったので、私は慌てて知らん顔をした事を覚えている。
変な女だと思われただろうか。
今まで出来るだけ世間の波風を立たせず生きてきた私は、明日から「妙な事を言う変な女」と教室中で噂になっているのを勝手に想像して、嫌な汗がつつ、と背筋を伝った。

「僕も、思うよ」

笑う訳でもなく、彼はそれだけ言って再び箒を動かし始めた。自分から言っておいてなんだが、呆気に取られた。
勝手な想像ではあるが、彼は世渡り上手だと思っていた。友達もどちらかと言えば多い方だと。そんな彼が私の言葉に共感したのだから、驚きは隠せなかった。
しかし、今思えば、その世渡り上手が彼を一層苦しめていたのかもしれない。器用であればあるほど、その友達という意味がどこまで通ずるものか、分からなくなっていたのだろうか。


結局、あの奇妙な会話があって暫らくの間、彼と会話を交わすことはやはり無かった。
変わった事と言えば、すれ違い様に挨拶をするようになった程度だろうか。
そんな私と彼の関係が変わる、その日の事。
同じグループの友達が私の陰口を叩いていたのをたまたま耳にしてしまった。特に怒らせる事をした訳では無いというのに。訳も分からずその様子をこっそり覗き見ながら耳を傾けていた。
聞けば、なんかむかつくんだよね、と軽い口調で言って退けた。
最早、意味が分からない、とはこの事だろう。
地獄のどん底に落とされた私のテンションは、無意識の内に立ち入り禁止内の屋上へと足を運ばせた。

初めに言っておくが、別に飛び降り、とかそんな事は一切考えていなかった。
ただ一人になれる場所を探した結果、そこへたどり着かせた。

風が頬を撫ぜる。止めどなく流れる冷たい雫をまき散らしながら。
友達、とは一体何なのか。また分からなくなった。そして無性に花京院に会いたくなった。会ってどうする訳でもないけれど、情けない事に縋れる場所がその時はただ欲しかった。
そんな弱弱しくなってしまった私をどこからか見ていたかのように、何故か花京院が重たい扉の開く音と共に現れた。
しかしそんな彼も、ここに私が居た事は予想外だったらしい。一瞬だけ瞳を大きく開いて私を見た後、いつの間にかいつもの彼の表情に戻り、私の隣へ立った。

やっぱり彼は一言も言葉を発しない。静かに私の言葉を待つようだった。
それでも私は何も話す事は出来なかった。嗚咽が邪魔をして、言葉を出す事は最早無理だった。
その代り、彼の袖口をぎゅっと握った。それが今の精一杯だったと思う。
「名前」
初めて私の名前を呼んだ彼は、一間置いて突拍子もなく、私の涙を一瞬で止めさせる魔法の言葉を放つのだった。


「僕ら、付き合おうか。」





彼との出会いと別れはあっさりとやってきて、あっさりと去っていった。
本当の所の彼の闇は触れる事も、知る事も出来ないままだった。

しかし、去り際の彼は自分から別れを切り出したというのに、まるで今から捨てられる子犬のような顔をして、「さようなら、名前」と一言置いて去っていったのだ。

がたん、ごとん。
電車の揺れに身を任せながら、外の景色をぼうっと眺めていた。
彼に会いに行くのはいつぶりだろう。
一通の手紙を右手に握りしめ、その手紙に記されている場所へ向かった。

梅雨の時期も重なり、空気はすっかり湿っている。
生憎天気も悪く、今にも降り出しそうな黒い雲が空一面を覆って、本当不気味だ。
念のため傘を駅で購入し、手紙を頼りにジグザグした道を進んでいく。
街から少しだけ離れた所に、花京院は居た。私はスカートの裾が汚れないように手で押さえながら、しゃがみ込んで彼と視線を合わせた。

「お久しぶり。って言っても、まだ1年くらいしか経ってないけど。」

黙りこむ彼に話しかける。久々の再会だというのに、無言だなんてあんまりではないか。
私はそれから暫らく話しかけた。相変わらず花京院は黙ったままだった。私、こんなに喋る女だったかな、と自虐的に振る舞ってみたが、彼はまだ俯いている。

「あんまりだよ、黙って行っちゃうなんて。
旅行に行ってたんだって?聞いたよ、空条君って人から。」

花京院のポケットに、切手と宛名まで書いて用意してあった送っていない手紙が折りたたんで入っていたのを、空条君がたまたま発見したらしい。
それを見た彼が、私の住所宛に花京院の居場所を気を利かせて教えてくれたのだ。その肝心な私へ送っていない手紙は届かなかったが。


「勝手に逝っちゃうなんて。」


ぽつりと呟いた言葉に彼が顔を上げたような気がした。
花京院典明、と彫られた石が喋る訳はないけど、私には彼の姿がそこに見えて仕方がなかった。
だからこうもして墓石相手に喋っているのだ。
花京院本人の前でも、こんなに話した事は無かったのに。


会ったらどれだけ文句を言ってやろうかと企んでいたのに、もう彼がここには居ないんだと嫌でも認識したら、もう何を言う気にもなれなかった。

「好きだったよ、花京院の事」


初めて言ったそれは効果はあっただろうか。
分からないけれど、黒い雲間から一筋の光が差し込んできたのは、きっと彼が笑ったからかな、と勝手に想像した。
もう行かなきゃ。じゃあね、馬鹿花京院。そう呟いて墓石を優しく撫でた後重たい腰を上げて振り返れば、後ろに花を持った大きな男の人が立っていた。

帽子を被ったその人は、「あんたは、」と口を開いたが、すぐに理解したようで口を閉ざし、軽く頭を下げた。

「空条さん、ですか?」

ああ、と簡単に返事をした男は、被っていた帽子を目深くかぶり直した。
取り敢えず彼は持っていた花を花瓶にさし、線香を立て、両手を合わせた。そういえば、私はそれらしい事をしていない。
「線香、ほらよ。」

一連を黙って見ていた私は、差し出された線香と彼の顔を交互に見ると、空条君は顔を顰め、半ば強制的に線香を渡した。


受け取ってしまったからにはきちんとしなければ、

こうしていると、本当に死んでしまった事を痛感する。じんわりと涙の膜が視界を覆いはじめた時、空条君がポケットからくしゃくしゃに折れた手紙を差し出してきた。

間違いない、花京院の字だ。


手紙の内容は大まかに言えば、旅先のエジプトで起きている事だった。
はっきり言って、よくわからない内容だったが(スタンドがなんたらかんたらとか)取り敢えず苦しい旅を通じ、始めての仲間と呼べる人が出来た、という文章だった。

僕は友達を見つけた。やっとの事だ。
決して楽な事ではないが、君にも早く、そういう人が現れる事を祈っている。

それと、もう一つ。ちゃんと言えてなかった。
僕は君の事が好きだ。勝手だが、突然別れを告げた事を許して欲しい。
僕は本当の友達の意味が分からないと思っていた。でも、君もそうだった。
それを知った時、身勝手な話だけど僕は一人じゃないんだと思えた。それは君が少しでもその閉ざしていたものを僕に見せてくれたからだ。

あの時の君には感謝している。本当に、ありがとう。

それと、この手紙は僕が生きて帰ったら、君に見せる前に捨てようと思う。きちんと君の前で言わなきゃならないから、手紙なんて必要ないからね。
だけど、君がこれを読んだという事は、恐らく僕はもう、ダメだったという事だろう。

その時は、承太郎がこれを届けてくれると思う。彼は出来る男だからね。恐らくこれの存在には気付くだろう。

見た目はこんなだけど、中身は良い奴だから、もしかしたら敢えてこの手紙を渡さないかもしれないな。

本当に良い奴だから。
彼になら君を取られても良いと思えるよ。


何て勝手な事を言ってくれるのだろうか。私は、花京院、貴方じゃなきゃ意味がないのに。




ま、とは言っても君の事だからすぐに打ち解ける訳には行かないだろうけど。




そこまで読んで、傍らで煙草を吸う空条君の顔を伺った。整った顔ではあるが、見た目が恐すぎる。当面は無理だろうな、そんな事を考えた。


そしたら、近くで花京院の笑う声が聞こえたような気がした。












あとがき

長々と暗い文章が続きました。
かなり疲れた。お借りしたのは宇多田さんのSAKURAドロップスです。
過去の恋にさよならを告げて、新しい恋に一歩勇気を出すヒロインを描こうと思ったのですが、なかなか難しい。
もっと修行しなきゃ。
結局の所、承太郎とくっつくように脳内では考えていたのですが、またまたいつもの敢え無く断念、です。

本当、駄文でした。スミマセン


伊真


(11/11)
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