遺言(後編)(3部花京院・死ネタ注意)


「あんたが名前か?」

下校中の通学路に、花京院以上に大きな男の子が立っていた。
長らんにつけた鎖と、くわえられた煙草が彼を不良だと物語っている。


「そう言うアナタは誰?」

「空条承太郎…。花京院に頼まれて、アンタに手紙を持ってきた」


ぶっきらぼうに手紙を突き出され、名前はそれを恐る恐る受け取った。
手渡された手紙は、花京院が好んで使っていた薄いグリーンの便箋。
名前はすぐに、花京院の身に何かあったことを悟った。


「…じゃあな。確かに渡したぜ」

「待って!…読むまで…待ってくれない?」


嫌な予感を感じていた。
何も知らされてないまま、突然の転校してしまった花京院とは全く連絡が取れなくなっていた。
ようやく取れた連絡が他人から手渡された手紙だなんて、良い予感がするはずもない。

「やれやれ」と零して背中を壁に預ける承太郎を見て、一つ深呼吸をして手紙を開いた。










『名前へ。』


『キミがこれを読んでいるということは、僕はもうこの世に居ないのだろう。』








(・・・え?)



視界が暗くなったような気がした。
どうしようもない恐怖が込み上げ、名前の中に渦巻く。
目の前が真っ暗になって、地面がぐらぐらと揺らぐ。



「おい、大丈夫か?」


承太郎の手が背中にあることに気付いて、名前は自分が倒れそうになったのだと初めて気付いた。


「大丈夫…ありがとう」


近くの階段に腰掛けて、震える手で続きを読むために手紙を開く。
少しだけ離れて座ってくれた承太郎を見て、昔の花京院を思い出した。


名前と花京院は幼馴染だった。

おてんばだった名前に対し、花京院はおとなしく思慮深い少年だった。
いつも引っ込み思案な花京院を、名前はいつも引っ張って歩いていた。
それがいつの間にかしっかり成長していて、自分を守ってくれるようになっていたときは、悔しさと嬉しさで複雑な心境でもあった。
付き合うようになる前も、今日の承太郎のようにほんの少し離れていつも一緒にいてくれた。


真面目な花京院らしい、硬い字が続く。



『手紙を持ってきてくれたのは、空条承太郎。生涯で初めて出来た本当の仲間だ。
いつもムッツリ黙ってて、“やれやれだぜ”って言うのが口癖な、高校生らしからぬ男だよ』



チラリと横目で承太郎を盗み見ると、火のついたタバコを手に持ったままぼんやりしているようだった。
名前の視線に気付いたのか承太郎が振り向きかけたので、慌てて目を逸らした。



『本当はちゃんと日本に帰って、僕の身に起きた事を名前に、自分の口で説明したかったんだ。だから、それが出来ないことが残念だ。』



サラサラと肌を撫ぜる風は心地よいのに、背中が寒くてしょうがない。
風でめくれた手紙を直して、名前は続きを読む。



『名前、実は僕には不思議な力がある。多分、キミもその片鱗くらいは見た事があったように思う。スタンドっていうらしい。
だから僕はいつも、勝手に人との間に距離を感じていた。キミとの間にも…。
ごめんね。
僕はバカだから、勝手に“僕は一人だ”とも感じていた。』



本当にバカだ。
文句を言ってやりたいのに、それすらさせてくれないなんて。
一発殴って、「一人なんかじゃないでしょう?」ってキスしたいのに。
どんなに願っても手の届かないところにいってしまった。




『僕はエジプトで一人の男に出会った。DIOという、恐ろしい男だ。
格好悪いから言いたくないんだけど、僕は一度、恐怖からDIOに服従した。
DIOの命令で日本に帰り、彼に従って承太郎を襲ったんだ。
でも、そんな僕を救ったのは、僕が襲った承太郎自身。
恐怖で目が眩んでいた僕は、承太郎のおかげで目を覚ましたんだ。

目を覚ました僕は恐怖に打ち勝ってDIOを倒すため、承太郎と彼の祖父・ジョセフさん。その友人アヴドゥルとまたエジプトに来た。
途中で仲間になったポルナレフとイギー(イギーは犬のスタンド使いなんだ)と共に、DIOを目指して旅をしている。

ずいぶん賑やかで、戦っている時以外は楽しくて仕方ないくらいだ。』



余程楽しんでしまっていたのだろう、『不謹慎かも』といいながら楽しかったエピソードなどが語られている。



『名前にこの話をしたいと思ったとき、この手紙を書こうと思った。本当は自分で話したかったのに…。
この話をして、承太郎を紹介して、三人で笑いたかった。』


きっとこの辺りで花京院の中に湧き上がる何かがあったのだろう。僅かに震える字が悲しい。



『旅の道中で、僕達は何度も危険を潜り抜けてきた。
けれど、DIOはきっと、もっと強力な力で僕達を捻じ伏せてくるだろう。
僕達も命がけってわけさ。

そうなると、名前に何の説明も出来ずに来てしまった事が心残りだった。
だから筆をしたためている。』






ポタリと音をたてて、手紙に丸くしみが出来た。
続けてポタリと音をたて、隣でぼんやりしていた承太郎が小さくため息をついてハンカチを差し出した。
こうなることなどお見通しだったのだろう。
素直に受け取って涙を拭き、花京院の手紙に視線を戻した。


『名前、僕のいない世界で、今度はキミはどんな男の恋人になるんだろうな。
考えただけで腹が立ってしょうがない。』


(安心して花京院・・・貴方以外にこんなに好きになることなんてないわ)



『でも、そんな事を書くと、キミは生涯を独身で過ごしそうだ。
いつだって名前は僕の事を支えて、守ってくれたから。

…けど、僕はキミに幸せになって欲しい。
ずっと笑っていて欲しい。』

だから、仕方ないから、キミが誰と付き合っても文句なんか言わないよ。
キミを泣かさない男ならね。…ムカつくけど。』



許すと言ったり、ムカつくと言ったり、花京院の勝手な主張はまるで娘を嫁にやる父親のようにはっきりしないまま続く。
何度も消した後が残っているのが、彼の心情を表しているようでおかしい。
一部だけくたくたになった手紙をなぞって、手紙をめくった。


『名前…。


どうか泣かないで。

キミに会えて、僕は本当の愛を知った。

承太郎達にあえて、本当の仲間を得た。



短い生涯の中で、僕は本当に幸せだった。

名前、僕は……………………』










しばらく沈黙していた名前は、手紙を元のように折りたたむと、バックの中に大切そうにしまい込み、立ち上がって承太郎を振り返った。


「…もういいのか?」

「うん。承太郎・・・さん。花京院を助けてくれて、ありがとう」


名前の言葉に面食らった承太郎は目を見開くと、帽子を深く被り直して「別に」と呟いた。


「助けられたのは俺のほうだ。アイツの命がけのメッセージがなかったら、きっと俺も、俺のじじぃもお陀仏だったからな」

「それでも、花京院は…」








それから承太郎は、名前と二言三言喋った後、また花京院の話でも聞かせてやる等と当てのない約束をして別れた。
『引き止めてごめんなさい。貴方に会えて良かったわ』と笑った名前を思い出しながら、承太郎はフゥと紫煙を吐き出した。
短くなったタバコを地面に落として踏み潰し、ポケットに手を突っ込むとカサリと音がした。


いつの間にか荷物に紛れ込まされていた花京院の、承太郎に宛てられた手紙。
何度も読むのを止めてやろうかと思わされるほど、名前の魅力と花京院の恋心について書かれていた。



『花京院は、幸せだったのよ』

名前はそう言って笑っていた。
そうだとも、花京院は幸せだった。
名前という、生涯たった一人の愛すべき人に出会えて、本当に幸せだと感じていたのだ。
『ついでに、ついに仲間と呼べる人間に出会えたしね』と付け加えてはあったが…。(ついでかよと思ったことは言うまでもない)



反対のポケットに違和感を感じて手を突っ込むと、いつの間に入れられていたのか、女の文字で“花京院典明様”と宛名が書かれた手紙が入っていた。
便箋も何もなかったからだろう。
メモ用紙に書かれた手紙を見て、承太郎は眉を寄せて舌打ちをした。


「チッ、損な役回りだ」


名前から花京院に宛てたそれを乱暴にポケットに戻して、いつか花京院を殴ってやろうと心に誓った。

















『花京院典明様


貴方の言う“次の人生”があるなら、そのプロポーズ、謹んでお受けいたします。

名前より』


(10/11)
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