遺言(前編)(3部花京院・死ネタ注意)
ぽたりと滴る冷たい水が、体温を急激に奪っていく。
もう指先の感覚もなくなってきた。
(僕はここで死ぬのか……。)
真っ赤に染まった制服が、流れる水で洗い流されていく。
目下に広がる街をてらす街灯が、まるで宝石を散りばめた様に見えた。
ー…すごーい!!!
(え……?)
『綺麗!』
柵から身を乗り出すようにして、名前は目を輝かせていた。
『ねぇ花京院、見てる?』
『見ているよ。危ないからあんまり身を乗り出すなよ』
『子ども扱いしないでよ』
花京院は、クルッと振り返って頬を膨らます名前の頬に触れて、そっと額にキスをした。
ぎこちなくて、手は少し震えている。
『恋人扱いのつもりだったんだけど…?』
突然のキスに目を見張っていた名前は、真っ赤な顔で笑った。
色んな感情をすぐに表情に出すところは、多分二人ともよく似ていた。
『花京院、真っ赤!』
『うるさいな、馴れてないんだから仕方ないだろう?』
同じくらい真っ赤になった二人は、顔を見合わせて笑った。
どこから見ても、平和なカップルだったに違いない。
ひとしきり笑って、二人で並んでキラキラ輝く街を眺めた。
車が多い通りは、まるで光る川のようだったのを覚えている。
『でも私ね、街の灯りより、星が好きよ』
『じゃあ今度は、星の綺麗なところに行こうか』
『本当?やった!約束よ?』
本当に嬉しそうに喜ぶ名前は、ぎゅっと胸に飛び込んで笑う。
それが可愛くて大好きだった。
緊張して僅かに震える手で抱きしめ返すと、名前は嬉しそうに笑ってくれて、そっとキスをしたのをはっきり覚えている。
(約束…果たせなかった)
最後のエメラルドスプラッシュで残したメッセージに、ジョースターさんは気づいてくれただろうか。
何とか時計を止めることは出来たけれど。
(DIOに勝って……また名前の所に帰りたかった………。)
旅の道中、何度となく名前を思い出しては、承太郎を紹介する時を思い描いていた。
「友達だよ」って紹介したら、きっと名前は驚いて、けれどきっと誰よりも彼を歓迎してくれただろう。
「ごめんね…名前」
自分の死を知って、目に涙をいっぱい湛えて泣く名前が浮かぶ。
花京院の頬に、熱いモノが伝った。
「ごめんよ…」
『もう!!何度も謝らないで!』
パシンと叩かれたように名前の声が耳に響いた。
花京院が名前に対して何かを謝罪する以上謝るとかならす必ず名前はそう言っていた。
『一回で聞こえてる!』
『ごめん』
『また!!良いわ。もう許すから、これ以上謝らないでよ?』
そう言って拗ねるように口をへの字に曲げる名前には、「ごめん」は御法度だ。
一度だけまた「ごめん」と言ってしまって、めちゃくちゃ怒られたことがある。
『いい?こうゆう時はこう言って?』
(あぁ、そうだったね…)
「…ありがとう」
『良いことした気分ね』
溶けていく意識の中で、名前が笑って許してくれたような気がした。
ー…優しい人。
もっと抱きしめてキスをして、もっとキミに気持ちを伝えれば良かった。
死ぬんだと感じた時の悲しみは、もう消えてしまった。
僕は、キミに出逢えた。
愛を知って、本当の優しさを知った。
友が出来て、本当の仲間を得た。
短い人生だったけれど……………。
ボクは……………。
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(9/11)
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