バレンタインですよ(非日常戦闘体勢 番外編)


何処のスーパーに行っても売り場の一番目立つ所には赤の目立つコーナーが広範囲を占めている。
そう所謂、世間ではバレンタインデーというやつだ。
カゴに沢山のチョコレートやらラッピングやら、女の子たちがかなり力入れているのが目に見えてはっきりと分かる。恐らく失敗した時の事も考えての量であろう。

そんなこんなで名前も目の前の商品たちと睨めっこをしていた。そもそも作ろうとしている事自体が奇跡である。
元々料理は嫌いではない。しかしお菓子作りとなればまた別なのだ。
レシピに載っている細々とした量を一つ一つ丁寧に計量していく。きちんとしなければお菓子作りは上手くいかない事が多かった。過去の経験からすると。
その過程でいつも挫折しそうになる。おまけにお菓子作りは何せ洗い物が多く出る。それも気に入らない一つであった。

はあ、と商品を片手に溜息が漏れる。
いや、でも、と付き合いだしたばかりの彼を思い出す。折角付き合ったのだから、これくらいは頑張ってもいいのじゃないか、と萎えた気を奮い立たせる。
でももしかすると空条君は甘いものが嫌いかもしれないな。その辺はチェック不足だった。

しかも、彼の事だからもっと可愛い人達から持て余すほどのチョコレートを貰うに違いない。それも何だか悔しいが、まあ仕方ない。想いを伝える権利くらいは、皆にあると思うから。

それでも、きちんと彼が彼女居るから、と断ってくれる事を密かに祈りながら。












「で、僕には?」


流石いつもながらあっぱれな素直っぷりである。花京院君は、その笑顔を張り付けながら右手を当たり前のように差し出してきた。
勿論僕の分もあるんでしょ?あるでしょ?さあ、出しなよ。僕の分、無いとは言わせないよ。無言の笑顔だが、おおよそ言いたいことはひしひしと伝わってきてますよ、花京院様。
まあ隠す必要もないので、「はい、友チョコね」とピンク色の包装紙に包んだ小さな箱のチョコレートを渡す。因みにリボンは彼の大好物のチェリー模様にしてみた。

「わざわざ友チョコだって言われながら渡されたのもなんか癪だけど、素直に受け取っておくよ」

ひらひらと箱を振りながら去っていく花京院君の後姿を見送りながら、え、わざわざそれだけの為に私の所へ寄ったの?とちょっと笑いがこみあげてきたのは秘密だ。
彼なら割と沢山のチョコレートは貰えそうだと思うのに。
空条君程ではないだろうが、恐らく花京院君もモテると思う。あくまでも私の予想だけれど。

さて、用意していた友チョコは皆に渡した。(とは言っても仲の良い友達だけだから、大した数ではなかったけど)
あとは今日来るか来ないか分からない空条君に渡すだけ。
未だ空席の空条君の席を横目に見た。





「じゃーね、名前」
「あ、うん。ばいばい。」

いよいよ来なかったか。空条君め。
下校のチャイムが鳴った。彼はやはり来なかった。サボってばっかりのくせに、どうして赤点一つ取らないのだろう。一度痛い目に遭ってしまえばいいのに。
内心悪態を吐きながら、机の中の教材を引き出して整え、鞄に入れようとフタを開けた時、空条君に渡す筈だったチョコが床へと転がり落ちた。

あ、と小さく呟いて、落ちたチョコを拾い上げた。
昨晩、これでも頑張ったんだけどな。自分なりに綺麗にラッピングした箱を眺めながら、柄にもなく少し落ち込む。
まあ仕方ないか、と諦めてその箱を鞄の一番上の方に突っ込み、夕焼けの光の差す教室を後にした。



学校の門を出て少し歩いた所にある長い階段を下りている途中、よく見知った影が向こう側に見えた。
まさかとは思ったが、空条君だ。
あの長身に学ラン、帽子は間違えるはずない。しかし学生服を着てどこをほっつき歩いていたのだろうか。よく補導されずに済んだものだ。いや、確かに顔だけでは彼は煙草一つ買うのに年齢確認もされないだろうが。

帽子を目深く被った彼は、ゆっくりこちらへ近づいて来る。
一瞬私と目が合ったが、気まずそうにすぐ深緑の瞳は逸らされてしまった。


「チョコだけ貰いに来たの?」

意地悪く言う私に顔を顰めた空条君は、野郎、と一蹴した。
軽いデコピンも一緒にお見舞いされた。

とは言え、空条君の軽いデコピンは普通に痛いもの。少し赤くなった額を擦りながら、上目で空条君を確認してみれば、相変わらずの仏頂面のまま、くるりと背を向けて歩き出してしまった。

「さっさと帰るぞ」

だとしたら、送りに来てくれたのだろうか。
いずれにせよ、沈んでいた気持ちはいつの間にか霧が晴れたように明るくなった。私ってほんと、単純だとこういう時につくづく思い知らされる。

でも、そんな私も嫌いじゃないな、と自惚れすら今は気持ち良かった。







「へえ、で。結局名前のチョコが他の男に取られるのが嫌だったから承太郎がわざわざ来てくれたんだね。」

「そういうことなの!?」

「…」

「他の女の子のチョコレートも貰わず、名前だけ貰うにはこの方法しか無かったんだよ、ね、承太郎」

「…花京院、てめえはもう黙ってろ」

うっとおしいぜ、と苛立ちながらそっぽ向いた承太郎の持つ煙草の灰が長くなってぽとりと床に落ちたのは、いつもポーカーフェイスな彼の僅かな動揺だったのか、知るのは本人しかいない。






/伊真


(8/11)
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