師弟愛(5部プロシュート)


「どきなさい!!!」

「いーや、絶対退くものか!!!」


鏡の前に座ったプロシュートは、腕を組んでため息をついた。
やんややんやと喧しい背後を振り返る気にもなれず無視を決め込んでいたが、さすがにそろそろ限界だ。


「ペッシのセンスじゃ、兄貴の魅力が半減してしまうのよ!!」

「そんな事ない!しかも兄貴の魅力はちょっとやそっとじゃ失われねーよ!!」

「そんな事分かってるわ!今のは言葉のアヤよ!いい事?ペッシ。私が兄貴の髪を結い上げた時のみんなの反応を見れば分かるでしょ?
兄貴の魅力を最大限引き出せるのは私を置いて他に居ないの。ペッシじゃ力不足なのよ!」

「ち…違う!兄貴の事を本当に尊敬してるのはオレなんだ!名前とは違って、マジに兄貴を尊敬している!!
だから、兄貴の良さをマジに引き出せるのはオレなんだ!」

「な、何よ…!私だって純粋に兄貴の事……そ、尊敬してるんだから!」


「はいはい、そこまでにしてくれ。もう自分でやっちまったからな」


息巻いていた二人は、振り返ったプロシュートのいつも通りきっちり結われた髪を見てがっくりと肩を落とした。


「…今日こそ兄貴の髪をオレがやるって決めてたのに」

「ペッシぃ、お前らが20分もオレを待たせるからだろう?なぁ、ペッシ」

「私なんて、兄貴の魅力を引き立てる為に花を買ってきたのに」

「あ!?テメーまさか、オレの頭に花咲かせようってか!?名前、お前の頭は花咲いてんのか?馬鹿なのか!?」

「馬鹿じゃない!アートよ!」

「やっぱりバカだ。オレはアートじゃなくて暗殺者だ」


プロシュートはため息をついて眉を寄せた。
いくら慕ってくれているとは言え、毎日これだとさすがのプロシュートも神経がすり減る。


「おはよープロシュート。今日も賑やかだったね」

「笑うなメローネ。人の身にもなってみろ」


他人事だとカラカラ笑うメローネを睨んで、プロシュートは部屋を出た。
やかましい二人を連れて、プロシュートは街を歩く。


「兄貴の荷物は私が持つわ!!」

「名前、いくらオレでも女に自分の荷物持たせるほど落ちぶれちゃ居ねーよ」

「ペッシ、持っといてくれ」

「分かったよ、兄貴」


ペッシから奪おうとした荷物はプロシュートがペッシに返し、名前は唇を尖らせた。
いつだって対等でいたいのに、何かと“女だから”と手伝わせて貰えない。
ペッシにフフンと得意気に笑われたのがムカついて、ペッシのすねに蹴りを入れてやった。


「いつまでむくれてんだ。ほら、これなら持たせてやるからよ」

「え、わわっ」


ポンと投げられた物を掴み損ないそうになり、名前は慌ててそれをかき寄せた。


ーカサッ…

「……花?」

抱き寄せた荷物は確かに花束。
色とりどりの花がキレイにまとめられ、良い香りがする。

「オレがお前に、正しい花の使い方を教えてやる。持っとけ」


本当に…。
だから好きにならずにはいられない。
名前は聞こえないようにそう呟いた。
いつだって面倒見が良く、何の役にも立てないでいる自分にすら優しい。
ただ願わくば…、それが自分にだけ向けられていたらいいのに。


「プロシュート」

ふと聞こえた女の声に振り返ると、自分よりずっと花が似合いそうな女が立っていた。
つまり、そう。美人だった。


(あの人…プロシュートの彼女だ)

以前、プロシュートと一緒に居るのを見たことがある。
美男美女で、とても太刀打ち出来ないと思わされた。
秘めた淡い恋心に蓋をしたのも、プロシュートの隣に並ぶ自信がなかったから。


「どうして連絡くれないの?」

(え??)

どうやら漂っているのは甘い空気ではなく、不穏なものらしい。


「言っただろ?別れるって」

「そんな…あの男と寝たことならきちんと謝ったじゃない!
だいたい、アナタがなにもしてこないから!」


おいおい、修羅場かよ。
名前は隣のペッシに視線を送る。
同じように固まっていると思いきや、ペッシは冷静な様子でそれを見ている。
すぐにピンときた。
ペッシは二人の事を知っていたのだと。
疎外感。
ペッシは知っていて、自分は知らない。
同じ弟分なのに扱いが大きく違えば少しは凹む。
それが性別を言い訳にされるとますます凹む。
自分ではどうしようもないもの。



「いいか?オレはお前のその、自分の容姿を武器に色んな男に手を出すところが大嫌いなんだ。
人をブランドみたいに扱いやがって。
まぁ…今回はオレも悪いところあったから、それ以上は言わねーけどな」


フンと歩き出すプロシュートの後ろを、ペッシと一緒に追いかける。
女は追いかけて来なかった。
みっともない姿は晒したくないらしい。


「兄貴も…悪かったの?」

さっさと歩くプロシュートを、花を抱えて追いかける。
荷物の多いペッシより早く追いつく事が出来たので、こっそり声をかけてみた。
何が悪かったのだろう。


「まぁな…好きじゃなかったのに付き合った」

「どうして?」

「相手もオレを好きだったわけじゃなかったし…」

確かに、プロシュートに振られたあの人はすぐに違う男と付き合うだろう。
プロシュートの言葉に反論もせず、追いかけても来ないのがその証拠だ。
見た目は良いのに、なんだかもったいない。
まぁそれは美女じゃない自覚のある自分だからこその考えかも知れないが。



「メローネにそそのかされたんだよな…」

予想もしなかった言葉に、名前は思わず目を丸くした。
プロシュートがメローネを手込めにすることならあっても、メローネの言葉にプロシュートが踊らされるなんて見たことない。


「メローネに何て言われたの?」

「それは…「兄貴、オレは別に良いと思うんだ…オレは少し寂しいけど。兄貴が幸せなら良いんだ」


追いついたペッシの言葉に、プロシュートがグッと息を呑むのが分かった。


「兄貴、オレこれ持って先に帰ってるから」

走っていくペッシを見送るプロシュートを、名前はドキドキしながら見上げた。
初めて見る何とも言えない表情のプロシュートに、初めての感情が湧き上がる。


「メローネにな…好きな女の気をひくなら他の女と付き合えって言われたんだよ。
よく考えてみりゃ、そんなダセェことして…マジに格好悪いよな」


名前は何と答えれば良いか分からずに黙り込んだ。
後悔するような事をしてしまう所までプロシュートが入れ込むような女って、一体どんな女なのか想像も出来ない。
想像すら出来ない女に嫉妬するなんて、最早笑うしかない。


「ペッシにまで背中押させるなんて…兄貴なんて呼ばれる価値ねぇな」

「そ、そんなこと言わないでよ!私とペッシは、本当に兄貴を…ムグッ!」


急に口を抑えられ、その続きは言えなかった。


(尊敬してるんだよ。)

それは本心だ。
恋心に蓋をしても、その気持ちはちゃんと名前の真ん中にある。


「名前、オレはお前に兄貴と呼ばれたくねーんだ」

「……どうして…?」

「好きだからだ」




好き?

何を言われたのか理解できず、ただ目を瞬かせる。
時間が止まったかのように固まる名前に、プロシュートは一つため息をついて続ける。


「どうも弟分にはもう見れねぇんだ。名前、好きだ」

「ど…」

「ど?」



「どうして?」

「はぁ?」


どうしてそんな事を言うの?
さっきの女の顔が脳裏に蘇る。
手も足も長くて女の自分でも見とれるほど綺麗だった。
それに比べれば、自分のどこを見てプロシュートが好いてくれているのか理解できない。


「どうして…」


ようやく恋心を封じ込めることが出来ると思ったのに…。
自信のなさと嬉しさと不安がない交ぜになり、名前の目には見る見る内に涙があふれてゆく。
目いっぱいの涙を湛えて黙り込む名前の頬に、プロシュートの手が触れる。
細く綺麗な手が、微かに震えているような気がした。


「お前、自分の価値知らねぇんだな」

「へ?」

「お前が思ってるより、お前はいい女だよ」


グイと指で涙を拭われ、クリアになった視界に映るプロシュートはわずかに頬を染めていた。


「マジで、好きだよ。こんな風にすぐ感情を表に出しちまうところとか。
暗殺者には向いてねーとつくづく思うけど。
笑ってりゃその辺の女よりずっと美人だぜ?」

「嘘、美人なんかじゃないよ!」

「オレの目がおかしいってのか?」

「…それは……でも」

「まぁそりゃどうでもいいんだ。で?」

眉を寄せたプロシュートの顔がグイと近づく。
思わず息を止めてしまった名前は、自分が告白されていた事を思い出して赤くなった。


「あ…私も好き……兄貴「兄貴?」

「…………プ、プロシュートのことが…好き」


目をギュウと閉じてようやくそう告げた名前の頬に柔らかな何かが触れる。
慌てて目を開く名前を見たプロシュートは柔らかく微笑んでいた。










「名前に告白したらしいな」

「リゾット…
まぁな、ずっと好きだったんだ。今更師弟愛なんかじゃ収まんねーな」

「そうか、じゃあ教育係は変更だな。ホルマジオにしよう。私情を挟まれては敵わん」

「テメっ!!…リゾットぉぉおおおお!!!!!!」


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