幼き日の思い出話


 翔路が爆豪に虐められるからだろうか。彼女と葵は男の子からよくからかわれた。それに伴い、女の子達からも言われるようになった。

「なあ、なんでお前らん家、親いねーの?」
「どうして翔路ちゃん達って両親の顔知らないの?」
「捨てられたんだって、俺の親父が言ってた」
「でき損ないなんだって、おばあちゃんが言ってたよ」
「翔路ちゃん頭悪いもんね」
「二人とも、足遅いもんね」
「親がいないから暗いんだ」

 ヒソヒソ、ヒソヒソ、ザワザワ、ザワザワ――好き勝手に言いふらし、評価し、広めていく。所詮他人事だと無遠慮に、無粋なことをずけずけと言い、傷つけていく。
 自覚のない悪意は、もっともタチの悪いものだ。それでも、負けず嫌いな翔路は葵を守るため、自分を守るため、必死になって言い返した。
 しかし、ある日――

「なあ、どうしてあの子らを引き離す? 子供に必要なのは親の愛だよ……はあ? 家計が?…………子供の命とお金、どっちが大事だと思ってるんだいこの馬鹿娘!」

 祖母が声を荒くしてまで電話の相手に怒鳴る声を聞き、自分達は親に必要とされていない事を、思い知る。
 他人から何を言われても「違う」と否定できた。けれども、身内に言われてしまえば、仮定は現実になる。翔路は目の前が真っ暗になった。

 翔路は家にいるのがいやになり、外に遊びにいくと妹の葵に言い残して、家を飛び出した。がむしゃらに走ってやって来たのは近くの公園だった。


 * * *


 ボロボロ、ボロボロ、涙が止まらない。

「やーいやーい! 親無し口無し意気地無し〜」

 ずっと抵抗し続けてきた翔路が、ついにからかわれて泣いたのが余程楽しかったのだろうか。悪ガキ達は公園でやんややんやと騒ぎ出す。
 パタパタと、地面を濡らす大粒の涙を見つめながら、翔路は言い返す文句が浮かばない頭でひたすら「くやしい」と憤る。公園に来なければよかったとも後悔した。
 いつも一緒の双子の妹も、友達の緑谷もいない。一人ぼっちだった。

(誰か……)

 ぎゅっと翔路は拳を握る。

(誰か、助けて……)

 洪水のように止まらない涙を流す両目を強く瞑る。その時だ。

「テメェらなにしてんだよ」

 ぶっきらぼうな声が聞こえてきた。しかも、虫の居所が悪いとハッキリ分かるような声だ。どうしてこんな時に、と思うと同時に、思わぬ人物の訪問に涙が一度止まる。

「あっ! カツキじゃん。なあなあ見ろよコイツめっちゃ泣いてんぜぇ」
「っ……」

 ぎりっと奥歯を噛み締める。
 恐る恐る顔をあげて見ると、何を考えているのかよみとれない、怒っているのかも分からないような表情の爆豪がいた。
 初めてみる彼の表情に、ごくっと息をのんだ翔路。その拍子に、目の縁にたまっていた涙がポロリと零れた。

「ざけんじゃねぇ……」
「……えっ?」

 ギロッと爆豪が鋭い目を向けたのは――泣いている翔路ではなく周囲の男子たちだった。

「おれのキョカなく勝手にコイツを泣かせてんじゃねぇぞカスども!」
(えっ……)

 ――えぇえええ〜〜!?
 意外な爆豪の怒りの矛先に翔路だけでなくその場にいる全員が吃驚する。しかも、彼の憤りは相当のものだったようで、両手からボンボンと大きな爆破を引き起こしていた。それに怯えた男の子たちは茫然とする翔路を置いてとっとと逃げてしまった。

「おいトロ」
「ヒェッ……」

 年のわりにはドスのきいた声だったので思わず飛び上がる翔路。怒りを向ける相手を失った彼の、次の矛先は、未だにボロボロ泣いている彼女へと向けられた。

「テメェもだ! おれ以外のヤローなんかに泣かされやがってッ……ふざけんなよ! ほかのやつには簡単に泣かされるてんじゃねーよ! お前を泣かしていいのはおれだ! おれだけだ! いいな!?」
「な、は……?」

 翔路は今度こそ、完全に涙が止まった。そして何を言われたのか分かっているのに理解できなかった。しかし、言わねばならないことだけはわかっていた。

「――いい……わけ、ないじゃないか!」

 服の袖で強引に涙を脱ぐって、ギッと爆豪を睨みあげる。

「なにそれ、なにそれ!? 意味わかんない! そもそもかっちゃんに泣かされるとか、ぜったいイヤッ! 死んでも泣くもんか!」
「だったら他のヤローにも泣かされんじゃねーぞクソボケがぁ……おれは自分のモンに手ぇ出されんのがキライなんだからな」
「いつ、私がかっちゃんの持ち物になったのさ!」
「ナマエかいただろーが!」
「もうないし!」
「じゃあまたかく!」
「やめて!」

 腕とお腹と足のことを言っているのだろう。しかし、あれは水性ペンだったので、お風呂に入って擦れば簡単に落ちた。すでに彼女の身体からは爆豪の名前は消えている。

「それに、これはわたしの身体だもん! わたしのだもん!」
「おれのモノはおれのモノ、お前のモノはおれのモノだろ」
(ジャイアンが、ここにいる……!)

 会話をしている途中でもう訳が分からなくなったのか、翔路は混乱していた。そんな彼女に、爆豪はぼそっと言った。

「お前の家のジジョーなんざ知ったこっちゃねーんだよ」

 翔路は、爆豪の呟きにハッとなり、彼を凝視した。爆豪は先程まで、いつも見る狂暴な顔つきであったのに、今は、なぜか、冷静な、顔だった。

「捨てられたんなら見返せばいいだろ」

 爆豪が、真っ直ぐに翔路を見る。

「いっつもおれには食ってかかるクセに……なんでそうしねーんだよ」

 どく、どく、と翔路のなかで何かが鼓動する。

「お前の、"個性"だろ」

 パッキン、と翔路の中で砕けるのは、弱気になっていた自分だった。そのことに気づいた瞬間、また、彼女の両目からはらはらと熱いものが溢れて頬を伝う。

「かっ、ちゃん……」

 震える喉で目の前の男の子を呼んだ。

「あ〜? ンだ……よ……?」

 何も返さない翔路に飽きてどこか別のところへ視線を投げていた爆豪は、呼ばれて嫌々再び彼女を見る。しかし、彼女の表情を見て、固まった。

「ありが、とうっ……!」

 太陽光の光を受けて、ポロポロと流れる涙はまるで宝石のようにきらきらする。そんな泣き顔で、彼女は笑った。フニャッと力が抜けるような、そんな笑い方だった。

「おっ、おお……」

 お礼を言われたのは初めてだというような反応をする爆豪。珍しく狼狽えていた。

「へへっ、へへへ……」

 余程嬉しかったのか、泣き笑いする。溢れる涙を裾で拭いながらへらへらととにかく笑った。いつまでもそれを続ける彼女に、いやけがさしたのか、爆豪は「いつまでも泣いてんなようぜぇ!」と吠えた。

「さっさと帰るぞクソボケ。お前んとこのババアとクリソツとデクがうっせぇ」
「うん!」
「元気よく答えんな!」
「へへへっ、うんっ」
「あぁああッ、だっからうぜぇって!」

 かたや怒り、かたや笑う。奇妙な二人の雰囲気は、彼らが念堂家の前に来るまで続いた。


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