幼き日の思い出話


「なあトロ、しってるか? じぶんのモノにはナマエかいとくんだぜ!」
「え? うん……――ん?」

 園内の部屋、自由時間にて。
 翔路が葵と共に積み木のおもちゃで遊んでいると、唐突に爆豪が近づいてきて言った。彼の手には水性ペンが握られている。そして爆豪は太いペンをその小さな両手で握り、キャップを取ると、キラキラとした勝気な笑顔で翔路に近寄って来る。
 翔路は物凄く嫌な予感がした。葵に急いで逃げるようコッソリ言うと自分は彼に向かい合ったままじりじりとその場から後退する。
 爆豪は葵は目に入っていないのか、先生でも見分ける事の出来ない双子に対して確実に翔路を狙ってきていた。

「あのさかっちゃん、なにするの?」
「きまってんだろ。なまえかく」
「こ、この積み木はかっちゃんのじゃないよ?」
「積み木じゃねーよバカか」
「えっ……」

 片方の腕を掴まれ、ぐいっと引っ張られる。園児服の裾をまくられたと思えば、なんと爆豪、翔路の晒された肌の上にペンを滑らせるではないか。

「なにするのさ! かっちゃん!」
「うごくんじゃねー! バクハすんぞ!」
「ヒッ」
「えーっと、うでにかくだろー」

 爆破されては困るので、当然翔路は固まる。爆豪は容赦なく彼女の腕にペンの先を押し付け、自分の名前を大きく書き込んだ。自分から見て右の腕には「ばくごう」、左には「かつき」と歪な線で描く。

「うーん」
「ヒドイよかっちゃん……」

 爆豪はいまいち何か足りなそうな顔をしていた。自分の名前が書かれている翔路の両腕を見下ろしながら、思案をしていた。
 ぐず、と翔路の目が湿り気を帯びる。けれど彼女も負けず嫌いだ。歯を食いしばって泣くのを我慢する。そんな彼女を追い詰めるかのように爆豪は無邪気な顔で「分かった!」と叫ぶと彼女を押しこくる。構えもなにもしてなかった彼女は当然床に尻もちをついた。

「いたい!」

 びたん、と痛そうな音がした。痛がる翔路を無視して、爆豪は彼女の前に屈みこむと距離を取ろうと暴れる翔路の足の片方を抑え込む。邪魔だとばかりに膝を開かせてその間に自分の身体をねじ込んだ爆豪は、これまた得意げな顔――舌なめずり――をして、翔路の服を下からまくり、そこから出て来た彼女の腹の上に今度はペンを滑らせる。勿論書くのは己の「ばくごう かつき」という名前だ。

「はらにもかく!」
「やめろバカぁあ!」
「うるせぇ、さわぐな!」

 もはや恐喝である。末怖ろしい男だ。

「あ、あと……あしにもかくか」
「なんでだよぉ!」

 流石に女の子相手だからだろうか、スカートを下ろすことはしなかったが、まくって腕と同様に左右それぞれの太ももに自分の名前をかいた。

「これでよし!」
「なんもよくないぃい!」
「うわ、おまえオールマイトのパンツはいてんのかよ。なんかビミョーな絵だな」
「うるさぁぁい!」
「おーおー、なけなけ、よぉーくなけやトロちゃん」
「う、ぇえ……ぜんぜぇ〜!」

 ぼろくそに泣き始めた翔路を見て満足したのか、はたまた彼女のほぼ全身に自分の名前を書き終える事が出来たからか、ニヤリと笑って、先生の元へと駆け出す彼女の背中を見送った。それを見ていた周囲は「カツキこえぇー」と戦慄したそうな。


 * * *


「かっちゃんなんかキライだッ」

 家に帰った翔路はプンスコと爆豪に腹をたてながら、大好きな甘いスイーツを堪能することなくバクバクと口に運んでいた。所謂、やけ食いというものだ。

「葵っ、明日からもうかっちゃんとはゼッコーしよう。その方がかっちゃんもわたしも気楽だよ」
「う、うん……」
「バクゴー君だね、葵」
「そ、そうだね」

 葵は思った。果たしてそんな事をして逆に大丈夫なのだろうかと。単純な翔路よりも些か聡い葵は不安に思った。

 そうして、翌日――
 いつものように、仲良く園にやってきた双子。彼女たちはまたいつものように二人で遊んでいた。緑谷はおそらく、爆豪に連れ回されていることだろう。平和だ、と思いながら翔路はお絵かきに勤しんでいた。すると、そんな彼女たちのもとへやって来る不穏な影が一つ。爆豪である。

「おいトロ」

 びくっと翔路は肩を震わせる。昨日の今日だ。また彼が何かを仕掛けてくると思って体が反射的におびえてしまっているのだろう。そろり、と彼女は爆豪を振り返る。

「今日も今日とてボケっとしたカオしてんなァ"没個性"」

 翔路はむっとした。彼女の表情が気に入らなかったのか、爆豪も不機嫌な顔になる。

「あ? なにガンとばしてんだゴラ。あいさつくらいできねーのかよ能無しが」
「……おはよう、"爆豪"くん」

 テンション低く翔路は挨拶をした。すると、吊り上がっていた目が一時下がる爆豪。ぽかんとした顔になっている。
 翔路は固まっている爆豪を、「いまのうちか?」と思いながら、お絵かき道具をかき集めて「じゃ」とその場を葵と共に去った。やってやったと達成感を滲ます翔路とは裏腹に、葵は物凄く真っ青な顔になっていた。

「カツキぃー、手下の双子は連れてこれたのかー?」

 茫然としている爆豪のもとに、彼についてくる悪ガキの二人が現れた。指が伸びる個性の少年と、翼があって飛ぶ事の出来る個性を持つ少年の二人だ。

「どしたのカツキ?」

 珍しく棒立ちな彼に、取り巻きの二人は問う。
 爆豪は暫く固まっていた。しかし、秒が経つにつれてわなわなと肩を震わせ、拳を握りしめた彼はぐわっと目をむいて叫んだ。

「なにクソナメた呼び方してんだトロォぶっ殺すぞッッ!!」

 己の個性、「爆破」を引き起こし怒りの度合いを知らしめた爆豪は、つぎにダッと俊足で翔路のもとへと突進し、彼女の肩を掴んで引き、胸倉を抉るように鷲掴んで詰め寄った。

「テメェ、おれをおちょくってんのか? ああッ!?」
「べっ別にそんなつもりは……」
「じゃあなんださっきの呼び方はァ!?」
「だ、だって……」
「トロのくせにくちごたえか?」
「ごっ、ごめんなさい」
「ケッ」

 ぺいっと胸倉を解放された翔路。解放された彼女はよろよろと後退する。

「で」
「え?」
「なんて呼ぶんだよ、おれのこと」
「え、ええっと……"かっちゃん"、デス……」

 がたぶると体を震わせながら恐る恐る答えると、「はなっからそうしとけやボケナス」と爆豪は言い残し、ぐるんと踵を返して去って行った。一体何をしにやって来たのかいまいち要領を得ない翔路はポカンとした顔で去ってゆく爆豪を見送った。

「えっと、翔路」
「葵……」
「だ、大丈夫?」
「……ケガは、ないよ」
「う、うん」

 ずぅううん、と翔路は落ち込んだ。

(なんかすごく負けた気分……)

 翔路は大きくため息をついた。
 結局、爆豪が怖いので彼女は「かっちゃん」呼びを変えることはしないのだった。


 * * *


 こんにちは、わたし葵ともうします。双子の妹のほうです。
 きょうは、わたしたちの家に"バクゴー"君が来てます。もちろん、いずく君もきてます。わたしたちは家が近いのでよくそれぞれのお家に遊びにいくのです。
 きょうは、四人でいっしょにお絵かきをしてます。壁みたいに大きな紙に、クレヨンでそれぞれ好きなものをかいてます。

「あ、いずっちのオールマイトだ!」
「うん」
「じょうずだねぇ」
「えへへ」

 わたしのお姉ちゃんである翔路は、みんなからバカとか言われてるけど、べつにそんなにバカじゃないとおもう。家族びーきかもしれないけど。翔路はただ、おぼえるのに時間がかかるだけ。おぼえたら、ゼッタイわすれないし、ちゃんとかんがえて動けるもん。そりゃ、近くにいる"バクゴー"君やいずく君に比べたらバカかもしれないけど。
 それに、とってもやさしいんだ。今もいずく君とこんなにフワフワしたあったかい空気で――

「うっせぇさわぐな」

 ぼき、とクレヨンをおった"バクゴー"君。無意識なのかそうじゃないのか、"バクゴー"君は翔路といずく君が仲良くしているとすごくフキゲンになる。
 イライラしてる"バクゴー"君に近づくのなんてバカしかいないけど、翔路はふつうに近づく――あ、バカだからか。

「かっちゃんはなにかいた?」
「あ?……おれは――」
「おおぉ」

 みせるみせないの前に、"バクゴー"君の手の中の絵をみる翔路。ある意味そんな、ええっと捨て身(?)みたいなことできる翔路をソンケーするよ。

「かっこいいね。じぶんかいたの?」
「よく分かったな」
「だってここバクハツしてる」
「だれがバクハツあたまだコラァッ!?」
「え、むじかくってやつ? ブフッ」

 たのむよ翔路、それ以上"バクゴー"君のいかりをあおるのはやめてださい。ふきだすヒマがあるならそこからにげて。すごいから。"バクゴー"君の目がものすごくつり上がってるから――って、わたしといずく君がアタフタしてる間に"バクゴー"君がぶちぎれた。

「おれを、みくだしてんじゃ、ねぇええ――ッ!」
「うぐっ」

 手から何回かバクハツをおこす"バクゴー"君。そんでもって翔路に詰め寄っておでこをガッツンとぶつけてきた。いたそう。

「いたい!」

 ――ですよね。
 わたしはおもわず自分のおでこをなでた。双子だからかな、翔路の感じたいたみがわたしも時々かんじることがあるんだ。

「かっちゃんもうやめたげようよッ!」
「あ、いずく君……」

 いずく君は自分が"無個性"だからか、人一倍よわいモノいじめがきらいだった。だから困ってる人がいるとすぐ助けにいく。いまもそうだ。でも、きょうは、いずく君、ちょうし悪かったみたい。

「あわっ!?」

 つん、と足をなにかにひっかけて、つんのめり、そのままいがみ合う二人につっこんでいってしまった。ぶつりてきに。
 どんっ、といずく君が翔路の背中をおす。おされた翔路は前のめりになって"バクゴー"君のほうにたおれる。
 わたしは見てられなくて、両手で自分の顔をおおった。

 ――ガッチン!!

 ものすごくイヤな、いたそうな、かたい音がした。
 びくびくしながら指のすきまから様子を見てみる。
 目の前には、昨日おばあちゃんがテレビで見てた昼ドラとかいう番組の、あいしあう"おとこ"と"おんな"がするようなことがおこっていた。
 しりもちをつく"バクゴー"君。そんな"バクゴー"君にのりかかる翔路。ふたりのくちがごっつんこしていた。あ、これしってる「ちゅー」ってやつだ。
 ちなみにいずく君は真っ青な顔でガタガタふるえてるよ!

「歯がいたいぃい!」

 さいしょに叫んだのは翔路だった。身体をおこして、口を手でおおって、ぼろぼろ泣いてる。すっごくいたかったみたいだ。

「てつぼうの味がずるぅ〜〜」
「ち、血がっ、血がでてるよ翔路ちゃんッ!」

 歯茎から血が出てる。ちゅーするときに歯がぶつかったのかな?
 たしかに"バクゴー"君の歯はものすごくつよそう。
 一方、"バクゴー"君はどうしたのかな。わたしはまだしずかな"バクゴー"君を見る。
 "バクゴー"君はぼけっとした顔でまだ尻もちと両ひじを床についてた。けど、すぐになにかを言おうと口をパクパクさせる。しだいに顔がりんごみたいに赤くなって、そんでもって急に立ち上がった。

「なにすんだトロ!」
「しらないよー、いたいよー」
「ごっごめ、ぼくのせいだ」
「デク、テメェ、よくもやってくれたじゃねーかこのカスが!」
「ごごごごご、ごめっ、ごめんなさい!」

 ひっしに、いずく君は"バクゴー"君に頭をさげてる。それでもまだ怒ってる"バクゴー"君。いずく君がいじめられ始めたからか、翔路が自己回復して"バクゴー"君といずく君の間にわってはいった。

「いずっちをイジメんな!」
「どけトロ! じゃますんなッ」
「ヤダ!」
「どけ!」
「やだ!」
「っざけんなクソボケ!」

 間にはいったのはいいけど、"バクゴー"君がこわいからか、ずっとうつむいてテイコーする翔路。けど顔をあげればわかる。"バクゴー"君はただの照れかくしで叫んでる。だってものすごく顔まっかっかだもん。さっきのちゅーのせいかも。
 "バクゴー"君が翔路のほっぺをつまんで引き伸ばす。いたそう。でも翔路も負けじと"バクゴー"君の手のひらの皮をつまんでつねる。あいかわらずだ。わたしにはまねできない。

(……うーん)

 "バクゴー"君が翔路をいじめはじめると、長い。すごく長い。だからわたしが翔路にほっとかれる。あんまり嬉しくない。でも、"バクゴー"君がこわいからなにもできない。

(だから"バクゴー"君はイヤなんだ)

 わたしの家族、とらないで。


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