幼き日の思い出話


 翔路は、ある動画を見るのが好きだった。彼女の家にはパソコンがないので、みたいときは、友達である緑谷の家にお邪魔して彼と、葵の三人で見る。
 彼女らの好きな動画とは――No.1ヒーローの男「オールマイト」のデビュー動画であった。彼は轟々と燃え立つ炎を背に、笑顔で、何人もの一般人を救出していくのだ。その姿に、憧れた。

「ねえ、翔路ちゃん」

 動画を見終わって、ふと緑谷が尋ねる。「なにー?」と翔路が間延びした声で答えると、彼はくしゃっと顔を歪めて呟いた。

「"無個性"でも、ヒーローになれるかな……?」

 葵は息をのむ。賢い彼女は、無個性でヒーローになる事の無謀さをよく理解していたのだ。だから葵は何も言えなかった。苦しそうにして尋ねる緑谷に掛ける言葉が見つからない。

「わたしはなれると思うよ」
「えっ……」

 ぼけっとした顔で翔路は言う。葵は驚き、緑谷は期待に満ちた目で彼女を見た。

「ほんとに?」
「うん。だっていずっちはすっごいもん」

 翔路の拙い語彙力では、何が凄いのか全く要領を得ないのだが、彼女は断言する。

「強い奴に立ち向かっていくからカッコいいよね」

 翔路は、リピートされる動画を見つめながら言う。

「カッコいいから、ヒーローになれるんだ」

 キラキラした目で動画を見つめたまま語る翔路の言葉に、緑谷は、ごちゃっとしていたものが、パズルのピースのように、頭の中でつながった。
 翔路が言う強い奴。そしてその身近にいるのが爆豪という少年だ。そんな彼に、立ち向かったのが、緑谷。彼女にとってそれが凄いということだ。

「わたしもカッコいいヒーローになりたい。ね、葵」
「うん」
「だからいずっちもいっしょに目指そーよ」
「……うん!」

 困っている人を笑って助けられるカッコいいヒーローになりたい。三人はそう夢見た。


 * * *


 回覧板を爆豪さん家に届けておくれ。そう祖母にお使いを頼まれた双子は、仲良く手を繋いで爆豪の家へと向かう。ぶっちゃけ幼馴染の荒くれ者「爆豪勝己」が怖いが、二人いれば大丈夫と謎の無敵精神を持って出かけた。
 インターフォンが高く、二人の身長では全く届かないものの、そこは大丈夫なのである。なんたって彼女たちは念動力の個性を持つ。インターフォンを離れた位置から押すなんてお茶の子さいさいなのだった。
 ピンポーン、と高い音が爆豪家に響く。

「"かいらんばん"届けにきましたー!」

 二人揃って声を上げて言う。すると、かちゃっと扉が開いた。

「まあまあ可愛らしい配達員さんたちだこと」
「おばさんこんにちはー」
「はい、こんにちは」
「これ」
「"かいらんばん"です」

 揃って言ったり、交互に言ったり忙しないが、双子の彼女たちにとってはいつものこと。流石ご近所さんという事もあり、そういうこともちゃんと分かっているからか、「相変わらず息ピッタリねぇ」と二人の低い頭を撫でた後に、女性――爆豪の母親である――は回覧板を受け取った。

「そうだ、二人とも上がっていきなさいな。ちょうど美味しいクッキーを焼いたのよ」
「クッキー」

 二人はそろってじゅるっと涎をすすった。お菓子は大好きである。しかしここは爆豪家。二人の苦手とする「かっちゃん」もいるわけだ。余り顔は会わせたくないが、目の前にいる優しい女性の笑顔を無碍には出来ない。

「クッキー」
「たべたいです」
「ええどうぞ。さっ、上がって上がって――あ、勝己が煩いかもしれないけど気にしないでね」
「は、はぁ〜い」

 やっぱ煩いんだ。そう苦笑しながら二人は爆豪の家にお邪魔することになった。
 爆豪母に連れられて、リビングにやってくる。見覚えのある爆発頭を発見した。

「なんでお前らがウチにいるんだよ!」

 さっそく突っかかってきた。分かりやすい奴である。しかし、そんな彼の頭に拳骨が入った。彼の母の物だった。とっても痛そうだ。

(母ちゃんつぇえ……)

 双子は揃ってそう思った。彼女たちは両親の顔を見た事がないので、母親とはこういうものなのだろうかと爆豪親子を見て思う。
 子供三人は爆豪母に席につかされる。双子は揃って隣同士だったが、爆豪は翔路の向かい側に座る事になり、彼は目を吊り上げて翔路を睨んでいた。非常に凶悪である。ただし、やはり母親が近くにいるからか、いつもよりは大人しかった。いつもよりは。

「てめぇら何でいるんだよ」
「"かいらんばん"届けにきたら」
「おばさんがクッキーくれるって」
「だから」
「おじゃました」
「交互にいうな、うぜぇ」

 爆豪少年は「ケッ」とふて腐れると、肩ひじをテーブルにつくと二人から顔をそらした。三人は、爆豪母がやって来るまでお互いに無言を貫いたのだった。
 お菓子をご馳走になったのち、そろそろ二人も帰らなければ祖母が心配すると考えてお暇する事に。「ごちそうさまでした」と言いながら席を立つ。

「おばさん」
「ほんとうに」
「ありがとうございました」

 交互に言って、最後に揃って言いながら頭を下げる。「いいのよぉ、またいらっしゃい」と爆豪母は二人に言い、爆豪少年は「もうくんな」と言ってゴチンとまた拳骨を落とされていた。

「さよーならー」

 双子は手を振って、また仲良くお互いの手を握り、爆豪邸を後にした。

「アンタねぇ、もうちょっとあの子たちに優しくしなさいよ。ただでさえ大変なのに」
「なにが大変なんだよ」

 殴られてヒリヒリする頭を撫でながら悪態をつく爆豪少年。そんな彼に、爆豪母はため息をついた。

「小さい頃からご両親から引き離されて、大変なの。可哀想に、きっと寂しい筈よ。なのに二人ともあんなに毎日笑顔で、いい子に育って……」
「知るか、おれにはかんけーねー」

 周りを殆ど見ない爆豪少年にとって、幼馴染であれど、家庭の事情なんて知ったことではないのであった。
 しかし、そんな周りを見てない爆豪少年が、ほんのちょっとだけ彼女たちを意識するようになる、ちょっとした事件が起こる。それは、ある日の、幼稚園の遠足の日の出来事だった。


 * * *


「それじゃあみんな、危ないから仲のいい人と手を繋いでいきましょう」

 幼稚園の先生は笑顔でそういった。そして、園児たちも次々と手をつなぐ相手を見つけてペアを作る。しかし、そんな中誰とも手を繋がない子供がいた。
 爆豪だった。彼は園児にしては怖い顔をしてポケットに手を突っ込み、不機嫌そうにして立っていた。

「勝己くん、ほら、誰かと手を繋いで」
「いらねー」
「え?」

 先生のいう事にも一切耳を貸さず、自分は手を繋がないと駄々をこねる。先生が「危ないから」と言っても、自分は「他のモブ共と違うから平気だ」といって聞かなかった。
 正直なところ、周りの子供たちは、爆豪の個性が怖かったのだ。彼の手のひらは爆発する。だから、万が一個性が発動して自分の手が爆破されたらと思うと怖かったのだ。だから誰も、爆豪といつもつるんでる腰巾着たちも手をつなぎたがらなかった。そんな少年少女たちの思いを、賢い爆豪はよくわかっていた。
 先生は困った。このままでは出発できない。予定を遅らせる訳にはいかないが、子供たちの安全を最優先する方が大事だ。誰か一緒に繋いでくれる人はいないかと子供たちに声をかけるものの、誰も名乗りを上げようとしなかた。

(ビビッてんじゃねーよモブども)

 ぎり、と爆豪は歯ぎしりした。

「……」

 双子の妹と手を繋いでいた翔路は、横でワタワタしている緑谷を見る。

「ボクがいくにしてもきっといやがって手をはじいちゃうだろうし、でもやっぱりかっちゃんカワイソウだよね一人で歩くのは迷子の原因になるかもしれないしやっぱりここはぼ――」

 ブツブツ言っている。そんな彼の手と、葵の手を持ってきて、翔路は二人の手を重ねた。

「……え?」

 緑谷と葵は揃ってもらした。

「二人で手つないでて」
「翔路?」
「え、翔路ちゃん」

 翔路は二人の手を繋がせた後、同級生たちを押しのけて、ずんずんと前へと行く。そして、馴染みある弾けたような頭髪を見つけて、ポケットに突っ込まれたままの手を引っ張り出すように彼の手を引いた。びくっと反応して振り返る彼の驚いた表情を見ずに、空いている手のひらに、自分の手のひらを重ね、握り、そして見せつけるように掲げた。

「せんせー、つなぎましたー」
「あら、ええっとー」
「翔路です」
「そうお姉ちゃんの方ね、ありがとう」

 明らかにほっとしたような顔をしている先生。

「なっ、おいクソボケ! てめぇおれを助けようとか思ってんのか!? 一人で平気なんだ、おれを見下してんじゃねーぞ!」
「一人であまってたんだもん」

 目をつり上げて至近距離で迫ってくる爆豪に、翔路はビビりながらもそれっぽい言い訳をした。しかし、賢い爆豪にそんな陳腐な返答で誤魔化されるわけもなく、火に油を注ぐ結果となる。

「いっちょ前にウソをつくな! つーかかってに人の手ぇにぎってんじゃねえ殺すぞゴラッ」

 爆発である。怒りマックスである。しかし、隣で手を繋いでいた彼女も、気持ちや耳が限界だった。

「あああもう、かっちゃん声大きすぎ! って言うかヒーローになりたかったらこのクソボケを守ってみせろよごらぁ!」
「おっ、あ? ああ!?」

 売り言葉に買い言葉である。正直彼の態度が物凄く怖いが、握ってしまったものはしょうがない。目的地に着くまで意地でも手を放すものかと翔路は手の力を強めた。まさかそんか切り返しをされるとは思わなかった爆豪は、一度威嚇するように吠えたが、言葉の意味を理解すると握られた手をひねりつぶすかのように強く握り返した。

「ジョートーだ、おれについて来いやこのボケ顔アホ女!」
「なんか増えてるし……」

 先導する先生について行く爆豪は、グイグイと翔路の手を引っ張る。運動は余り得意でない翔路は半ばよろけながら彼に引っ張られてついていく。

「ねえ、かっちゃん、すごい手ぇいたいからもう少し力弱くしてよ」
「いやだね。めんどくせえ」
「ちょっとだけだってば」
「――チッ……これくらいか」
「うーん、あとちょっと?」
「っとにめんどくせえな……――これくらいか」
「あ、うん。それぐらい」

 暫くして、楽しくなったのか、翔路は歌を歌い出した。お子様アニメの主題歌である。しかし、歌詞は合っているのだが、音程がへなちょこで、余りにも外れているからか、爆豪が「こンのドヘタクソが!」と思いっきり文句をたれていた。
 二人のこんな会話を後ろで聞いていた先生は――

(可愛い……これだから幼稚園の先生はやめらんないな)

 ――と思っていたとか。


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