幼き日の思い出話


 気が付いたときには、双子の女の子の傍には両親がいなかった。二歳の時である。その代りに、母方の祖父母が彼女たちを可愛がっていた。
 彼女たちは双子で、個性も同じだった。
 姉は行動力のある女の子で、妹は消極的だがよく物を考える女の子だった。
 姉の名は念堂翔路。妹は念堂葵である。
 彼女達は毎日、玄関へと仲良く立って両親の迎えをひたすらに待った。そんな彼女達に、祖母は言う。

「いい子にしてればきっと迎えに来るじゃろう。だからお前達はお勉強とお遊びを沢山しなさい」

 双子、特に姉の方はとっても単純だった。だから「わかったー」といって彼女は直ぐに玄関に立って待つのを止め、絵本を読むようになった。妹は少し姉よりも賢く、祖母の表情を見て、両親がもう迎えに来ないことを察してしまっていた。しかし彼女には姉がいたので、寂しさも直ぐに薄れて、ずっと姉と一緒に生きて行こうと早々に決めた。
 一人っ子であったならば、彼女達にはとても辛い現実だった。しかし、彼女達はお互いに支えて分かりあえる存在がいたので、不幸だと思い詰めることはしなかった。
 そんな、悲しくも、ほんの少しの幸福があった彼女達の近くには、とても派手で強い個性を持つ子と、逆になんの個性も持たない所謂「無個性」な子がいた。

「イッタ!」

 妹と仲良くおもちゃで遊んでいたら、そのおもちゃを寄越せと言われ、反抗したら突き飛ばされる。翔路は眉間に皺を寄せ、突き飛ばした少年を睨んだ。

「痛いんだけど」
「そいつを大人しく渡さねーからだろ」
「だって、まだ使うもん」
「没個性が、俺にはむかうのか?」
「個性は関係ないじゃん!」

 少年は爆豪勝己という。近所でも有名なガキ大将である。因みに家が近かったが、乱暴者な彼を苦手だと思った双子が引っ越しの挨拶の時以外関わらないようにしていたため、殆ど交流がなかった――爆豪が個性を発現させるまでは。
 実は生まれた時から既に個性が分かっていた双子は、近所ではよく知られる念動力の個性の持ち主だった。周りの子よりも随分早く、そして割と汎用性の高い個性を持っていたため、ソコソコ注目度は高かった。双子だという事、そして彼女たちは殆ど意識していないが、まだ記憶もハッキリしていない年頃に引っ越してきた事も、注目される原因だろう。そして、そんな彼女たちに、ガキ大将はみずから良く絡んできた。まるで自分の発現した個性を見せつけるように。
 彼の取り巻きもまた、彼にならってそれぞれご自慢の個性を彼女達に披露し、格の違いを見せつけてきた。

「や、やめてよぉ、意地悪だよぉ」

 オロオロと泣きそうになりながら翔路の背後で言うのは、妹の葵だ。彼女は爆豪が怖かった。
 二人の前にいる爆豪の両手の平が爆発する。いや、炎が吹き出たように、二人は見えた。

(う、恐い……)

 爆発した手を見て、翔路は身を震わせた。けれども彼女の後ろにはもっと怖がっている妹がいた。しっかりしろ、生まれは同じでも私が先に生まれたから、守ってあげなくちゃ。そう、憧れのヒーロー「オールマイト」のように、笑顔で。

「こ、怖くなんか、ないぞ」

 翔路は、笑みを浮かべて言う。しかし、実際には思ったよりも笑ってはおらず、口角がひきつっているだけだった。ただ、目の前の人物には効いたらしい。爆豪はつり目を通常よりも吊り上げた。

「このクソボケ顔がァ……没個性の癖に粋がってんじゃあねぇぞ!」
「そっちこそ、強い個性だからって威張んなッ」
「ああッ!? ぶっ殺す!」
「やっ、やってみなよ!」
「わぁああ! やめてよぉぉお!」

 ついに妹の涙腺が崩壊した。ビェエエエエと大声でわんわん泣き始める。それを見た翔路がハッと我にかえって泣き止むよう宥めようとした。爆豪は「うるせぇー!」と怒鳴る。

「もうやめろよ! こっこれ以上やったら、ぼぼっ僕が許さなへあいぞッ」

 その時だ。一人の小柄でひょろっちい男の子が、虐められている彼女達と爆豪の間に割って入ってきた。確か彼もご近所の子供だったが、よく爆豪と一緒に居るところを見るので、彼にも関わらないようにしていた一人だった。名前は知らない。おそらく挨拶まわりのときに聞いただろうが翔路は忘れてしまっていた。

「どけデク! 無個性の癖にヒーロー気取りか!?」
(無、個性……?)

 今時、無個性は全体の二割だと言われている。寧ろ、無個性だと思われていた人間がなにかきっかけで個性が判明したりと実際はもっと少ないのではと考えられている。そんな、数少ない「無個性」が、今、この地区の子供で最強かもと密やかに言われている爆豪勝己の個性に対して、震えながらも、前に飛び出してきたのだ。翔路はただ純粋に、驚いてしまった。そして、その頼りなく小さな背中が、自分よりも遥かに大きいように、思えてしまった。
 結果としては、そのチビひょろい少年は爆豪にコテンパンにやられてしまった。けれどそんな小さな少年の背中を見て触発された翔路は、自分の個性を使う。

「その子をいじめないでよ!」

 翔路は爆豪以外の少年達を浮かせて、後方へ吹っ飛ばした。幸い彼らの体は丈夫だから良かったものの、少し出力を間違えれば怪我をしていた。

(あれ、私の個性って人を飛ばせたっけ?)

 翔路の個性は、物をほんのちょっと動かせるくらいだった。いや、本人はそう思っていた。思ったよりも出力があった己の個性に驚いていると、ゾワッと震えてしまうような怒気を感じた。爆豪のせいである。

「てめぇ……」
「うっ……」

 ギロッと爆豪が翔路を睨み付ける。それに一瞬怯んだものの、ここで負ければ後がないと彼女は己を奮い立たせる。

「これ、渡すから……ど、どっか行って、よ」

 寄越せと言われたおもちゃを差し出す。人が怪我をしているのに、尚も渡さないと駄々をこねる程、このおもちゃに執着しているわけではないのだ。しかし、爆豪は受け取らなかった。そんなもんいらねぇ、そういって踵を返す。爆豪自身が飽きたのか、取り巻きを引き連れて彼はどこかへ行ってしまった。

「……だ、大丈夫? ええっと……『デク』?」

 爆豪がそう呼んでいたからそういう名前なのだろうと思い、呼ぶ。すると、デクと呼ばれた少年は悲しげな顔をした。なんでも、その名前は爆豪が勝手に着けた侮蔑を含むあだ名なんだとか。
 翔路は最低だ、と眉間に皺を寄せる。

「ごめんね、えっとじゃあ……いずく君って呼んだ方がいいかなぁ」
「うん」

 葵が悲しげな顔をする少年に向かって言うと、少年は表情を明るくさせて頷いた。

「ええ、でもよびにくいなぁ……」
「翔路は舌がトロイもんね」
「トロくない!」

 ぶーぶー拗ねる翔路は、暫くすると「あっ」とすっとんきょうな声をあげる。そして、ニコニコと少年に詰め寄った。少年は女の子と話す事に不馴れなのか、物凄い勢いで顔を真っ赤にして慌てふためく。そんな事お構い無しに、翔路は彼に尋ねた。

「いずっち!」
「へ?」
「だ〜か〜ら〜、あだ名! いずっち、て呼んでいい? デクって言うより可愛いでしょ?」
「う、うん! ありがとう……えっと」

 戸惑う態度の少年に、翔路はハッとあることに気づく。

「あ、ねえ葵、私達まだお互いになのりをあげてないよ!」
「名乗りをあげるじゃなくって、名乗る、って言う方がいいと思う」

 こうして三人はそれぞれの名前を名乗りあった。そのときの、「いずっち」というあだ名を着けた相手の本名は「緑谷出久」というのだった。


 * * *


「見て見ていずっち! ホラ」
「わぁ、本当に浮いてるね」
「曲げることもできるよ!」

 ボーイッシュなボブカットの女の子の二人はスプーンやフォーク浮かせて、曲げて見せる。それを見た少年は目をキラキラさせてはしゃぐ。
 三人は、お互いに庇い合った仲で、自然と仲良くなっていった。そして、双子は個性を扱っていく中で、自分達の能力が物を移動させるだけではない事に、気づいたのである。上手く操ればスプーン曲げなど簡単に出来るのだ。はたまた同個性をもつ二人の間ではテレパシーで会話するのも可能だった。
 二人は、ようやくちゃんと分かった己の個性を使って、ひたすら友人の緑谷を構うようになった。
 何故無個性で、冴えない自分を相手しているのか、緑谷は疑問に思うことがあった。前にそのことについて尋ねたら、翔路はボケェっとした顔で「だっていずっちと遊びたいから」と理由になるのか怪しい答えを返した。その理由を緑谷は知りたかったが、何度聞いても同じことを言わない彼女についに諦めた。

「いずっちも浮くよ!」
「わーっ! 怖いよ」
「いずくヒーロー見参だー!」
「えっ? ええっと……しゅ、しゅわっち!」

 まるで空を飛んでいるかのようにして遊ぶ三人。しかし、そんな微笑ましい空間に割ってはいる者がいた。

「おいクソナードども! 根暗同士でまた遊んでんのかよ」
「かっちゃん……!」

 爆豪勝己である。緑谷と爆豪は家が近く、本当に小さい頃からずっと一緒にいたらしい。緑谷は爆豪のことを「かっちゃん」と呼び、爆豪は「デク」と呼んだ。緑谷と一緒に居るようになってからは、翔路と葵も爆豪のことを「かっちゃん」とつられて呼ぶようになっていった。そして、爆豪は翔路のことを「トロ」と呼んだ。緑谷の時と同様に、名前からとったらしく、彼曰く「すっとろいから」らしい。しかし葵は思い付かなかったのか「クリソツ」だった。

「またイジメに来たんだ……ひどいやつッ」

 ぼそっと双子の姉の方が妹に愚痴る。
 双子と緑谷――特に翔路と緑谷が一緒に並んでいるとよく絡んできた。おそらく彼女が特に反抗的だからだろう。強い個性を持ち、また運動も出来て頭も良いとなると、女の子は大抵、彼の強面を怖がるかもしくは密かに慕うくらいである。単純に意地悪されるのが怖いのだ。
 しかし、翔路はあることに憧れてそれを目指しているからか、簡単には怯えた様子を見せないし、屈しなかった。

「今度は何するつもりなの?」

 むっと睨むような顔で爆豪に尋ねる。ちょっと挑戦的な彼女に、緑谷と双子の妹はハラハラドキドキする。

「引っ越してきて来たばかりだからお前らコレ見たことねーだろ」
「……?」

 ずいっと爆豪が握った拳を翔路の前に出した。その手の中身が気になった彼女は直ぐに顔を近づけて何が入っているのかを確かめようとする。

「翔路ダメ!」

 ――Boooooom!!
 葵の制止の声も無駄で、目と鼻の先まで近づいた翔路に、爆豪が己の個性を使って爆発を起こした。

「うわぁ!?」

 これに驚いた翔路は後ろへとび、すってんころりと尻餅をついた。怪我はないものの、目の前で爆破何てされれば恐い以外のなにものでもない。びびった彼女を見て満足したのか、爆豪はケラケラ笑った。

「……よくも、やったなぁ!」
「おっ」

 翔路は小石を爆豪に向かっていくつも飛ばした。しかし、爆豪は個性が凄いだけでなく、運動能力も優秀で、優れた反射神経を持っていた。襲ってくる小石に対して確実に個性をもって塵にする。

「クソー!」
「ハッ、その負け惜しみ具合がモブたる所以だぜブス」
「ぐっ」
「かっちゃん! おっ女の子に向かってそれは!」
「うっせーデク!」

 ブスと言われて傷つかない女の子などいない。翔路はじわっと目に涙をにじませる。イジメッ子の目の前で泣く何て事をしたくないのか、懸命に堪えている。

「ブース、ブース、ブース!」

 ぷっちん、翔路のなかで何かが切れた。

「かっちゃんの……」

 ぶるぶる震える拳を握りしめて、彼女は叫んだ。

「かっちゃんのバーカ!」
「あぁ!?」
「やり返されたからってネチネチいじめに来るとかみみっちいんだよ爆発頭!」
「っんだとゴラァ!」
「うわーんっ!」

 翔路は泣きながら捨て台詞を叫び、個性を使って浮いて逃げる。爆豪がそんな彼女の背中に向かって「逃げんな!」と掌を苛立たしげに爆破させながら怒鳴る。しかし、翔路が戻って来ることはなかった。

「チッ」

 爆豪は鋭く舌打ちしたのち、ポケットに両手を突っ込んで、くるりと踵を返す。ハラハラと挙動不審な緑谷と葵に目をくれる事なく彼は去っていった。喧嘩相手がいなくなったからだろうか。
 その場に残された緑谷と葵は震えながら互いを見合うと、どちらからともなくホウッと安堵のため息をついたのだった。


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