史上最悪の思い出話


 翔路は走った。とにかく走った。焦りで目に涙を滲ませながら、必死に走り回った。誰か、誰か、誰かいないかと辺りをキョロキョロ見回す。そんな彼女を不思議がってみている通行人。

(余り遊園地から離れるのは……こうなったら!)

 翔路は立ち止まって、そして大きく息をすった。

「ヒーローォオオオオオォォォ!」

 音楽の時間でも出したことのないくらい大きな声で、彼女は叫んだ。

「助けて、くださァあああい!」

 もう涙腺もボロボロだった。頬を涙で濡らして、喉をガラガラにして彼女は叫ぶ。すると、近くに交番があったのか、警察官の人が駆けつけてくれる。
 翔路は懸命に事情を説明した。遊園地内で誘拐があった。攫われたのは皆子供ばかり。自分は助けを呼ぶために一人脱出してきた。事情を理解いてくれた警察官は、近くにヒーローが来ているからとその人に連絡をする。一人では大変だろうからと複数人のヒーローが集まってくれるよう要請した。

「直ぐにチームを組んで駆けつけてくれるそうだ。怖かっただろうね。もう大丈夫だ」
「ま、まだです! まだなんです! 葵がッ……」

 その時だ。翔路の頭の中に、自分の記憶とはまた別の映像が流れ込んでくる。葵からのテレパシーだ。

「こ、子供がっ、連れてかれちゃう! 遊園地内をでちゃった! おじさん! ヒーローはまだ!?」
「えっ、ええっ?」

 どうしてそんな事が分かるのか。警察官は困惑したが、それが彼女の個性だと思ったのだろう。早く早くとせかす翔路にとにかく落ち着くように言う。

「アジトを転々として――人質、さわぐ――殺す……早く、殺されちゃう! ねえはぁやーくー!」
「わっ、ちょっとお嬢ちゃん落ち着いてってば!」

 ぎゃーぎゃー暴れ始めた翔路。そんな彼女を、子供相手に怒れない警官はてんてこ舞いだ。
 翔路は猛獣のように暫く暴れていたが、ふといきなり何かに体を縛られた。また捕まえられると思って騒いだが、「静かにしろ」という物凄く平坦な声を聞き、余りにも覇気のない声に彼女の中で何かが鎮火していった。

「あ、ご到着しましたか!」
「遅くなった」

 翔路は、拘束具から顔を出す。そこには、ゴーグルを身に着けたほぼ全身真っ黒な男の人。そして、ヒーローと思わしき何人かの男女が集結していた。

「この子供は捜査協力させましょう」

 集まったヒーローのうちの一人が言う。

「え、でっですが……」
「どうやら犯人の位置が分かる"個性"らしい。正直、今まで行方を掴めずにいた『敵』を捕まえるチャンスだ。無茶はさせない。犯人の位置さえわかればいいんですよ」
「おじさん! 私、協力する! 早くしないと皆あぶない!」
「だ、そうです」
「……わ、分かりました」

 面倒を見るのは大変だったが、少し一緒に過ごしていて愛着がわいたのだろうか。名残惜しそうに警官は、翔路をヒーローに預けた。その場の殆どが彼女の参加を認めていた。

「ガキを戦いの場に連れていくのは得策じゃないぞ」
「しかしイレイザー・ヘッドさん、今まで足取りの掴めなかった団体です。チャンスは今しかありませんよ!」
「……」

 ただ一人、黒づくめの男を除いて。


 * * *


 翔路は道案内をしていた。体格の良いヒーローに背負われて、その彼の耳に彼女は逐一ここを曲がるだのなんだの指示していった。最初は半信半疑であったが、犯人集団が持っていただろうアジトのひとつを見つけた時、彼女の力が本物だと気づく。
 最初のアジトには数人の薬漬けにされた子供達がいた。意識ももうろうとしている彼らを警察と二人のヒーローで保護する。
 葵は此処に居なかった。別のアジトだろう。翔路は更に道案内を始めた。
 いくつも施設を見つけたが、葵は居なかった。

(早く、助けなくちゃ……!)

 テレパシー越しでダイレクトに伝わってくる、葵の恐怖心。不安で押し潰されそうとしていた。

(今行くから、必ず助けるから!)

 テレパシーで助けに向かっている事を伝える。すると少しだけ安心したのか葵はまた情景を送ってきた。

「次で最後のアジト!」
「よし、とうとう追い詰めたって事だな!」

 漸くだった。漸く追い付いた。
 各アジトで何人か『敵』とおぼしき人間を拘束した。しかし構成員はまだ居るだろうと考え、警戒しながら最後の砦に乗り込んだ。
 流れで共に乗り込んだ翔路だったが、ここまで来たら一緒にいない方が怖かったので、ずっと背負って走ってくれたヒーローにしっかりしがみついていた。


 * * *


 鎮圧は成功した。何人か向かってきたため、戦闘になってしまったが、散っていたヒーローも終結し、『敵』の制圧は難なく終えることが出来た。

「ったく、俺ァもう歳なんだ。ちっとは労ってほしいぜ」
「とか言いつつ一般人庇いながらめっちゃ戦ってたじゃん」

 軽口を叩きつつ、捕らえられていた子供達を保護していく。

「……あれ?」

 翔路は必死に辺りを見回す。しかし、いない。肝心のあの子が、いない。

「葵……どこ、葵ぃ!」

 テレパシーを飛ばしながら声を張り上げる。しかし応答がない。翔路の脳裏に最悪の事態が思い浮かぶ。

「……あ」

 アジトをウロウロしていると、ふと物陰に隠れるようにある階段を見つけた。

「おじさん! まだ全員捕まってない!」
「なんだと!?」

 隠れるようにしてあった階段を見つけたことを大声で知らせたのち、翔路は急いで階段をかけ上がった。彼女に制止の声がかかったが、それを今は聞かずに彼女は"個性"までつかって一気に上る。彼女の胸に不安感がつのる。
 のぼって、のぼって、のぼって――ついに翔路はある扉の前にたどり着く。

(この先から葵の気配がする……!)

 翔路は扉をこじ開けた。
 バラバラバラ――耳をつんざくような音が聞こえてくる。凄まじい風を感じて思わず後ろに仰け反った。

(ヘリコプター……!?)

 爆風で目が開けにくかったが、なんとか凝らして先を見る。そこには小型のヘリコプターがあった。あれで逃げるつもりらしい。

「翔路!」
「葵!」

 いた。見つけた。大事な家族。
 逃げて拐われてたまるもんか。
 翔路は自分の内側から何か強い感情が溢れてくるのを感じた。その瞬間、ヘリコプターのプロペラが停止する――かと思えば、それぞれの羽が妙な方向にひん曲がっていくではないか。これでは飛び立てない。

「お前かァ、お前が逃げたせいでこんな事に!」

 "敵"は激昂していた。今までヒーローから逃げおおせていたが、今になっていっせい逮捕の状況に陥っているからだろう。

「もう、逃げらんない。葵をはなして」

 翔路の後ろから続々とヒーローが到着する。しかし、葵を人質にとられているせいで、手出しができずにいた。

「畜生、ちっくしょォオオッ! "あの人"から連絡はこねーしもう見限られたって事かよ畜生ォオオ!」

 "敵"は独り言をギャアギャア叫ぶ。やけを起こしていた。自暴自棄になっていた。バリバリと自分の頭を引っ掻き回す。

「どうせ捕まるなら……」
「イッ!?」
「待て、何する気だ!」
「葵っ、そんな!」
「このガキ道ずれにして死んだ方がましだ!」

 "敵"の"個性"だろう。彼は急に膨張する。筋肉が膨れ上がっていた。その男の腕の中にいる葵はひとたまりもない。

「イダァッ!? ヴッ、あがっ、翔路ッ、だ、ずげっ……」

 バキバキボキボキ。幼子のまだ発展途上の骨が悲鳴を上げる音が、空に響き、その場にいる全員の鼓膜を震わせる。ヒーローらが子供を助けようと出るが"敵"が近づかせないとばかりに、暴れだした。翔路は避難していろと出入り口に押しこくられる。

(そんな、葵が、足が、骨が、ぐちゃぐちゃに……)

 助けてあげたい。でも、子供にいったい何ができるんだ。小学生が、個性だってそんなに威力があるようなものでもないのに。何ができるんだ。何も出来ないだろ。だからヒーローに任せて、自分は、自分は――
 色々考えて、翔路は意識が朦朧としている自分の片割れを見た。

「う、あ……」

 力じゃなにも敵わない。
 押さえつけることなんかできない。
 吹っ飛ばすのも無理だ。
 葵だけ引っこ抜くのも無理。
 全部ムリムリムリ。それでも、自分の半身のような存在が、苦しんでいるのに、後退なんて出来なかった。
 ヒーローの間をぬって、前に出る。

「葵ィ――ッ!」

 助けなくちゃ助けなくちゃ助けなくちゃ。そればかりが脳内を占める。
 ヒーローらが慌てて彼女を止めようとする。
 "敵"がお前も道連れだと翔路を捕まえようとした。
 でかい、怖い、圧力が、逃げ場がない、どうする、何をする――ピンチに翔路はパニックになった。"敵"の手がもう目とはなの先に迫った時だ。膨張していた彼の体が急に萎み、もとのサイズに戻った。そして彼は白い包帯のようなものでグルグル巻きにされたのだった。

「子供が飛び出して来んな」

 怒りを滲ませた冷たい声に、ビクッと翔路の肩が跳ねる。怒鳴られるよりも怖いと彼女は感じた。

「イレイザー・ヘッド! 助かった……」
「だから子供を連れていくのは反対だったんだ」

 捕縛した"敵"の中から葵を救出したのは真っ黒な男だった。彼はゴーグル越しに、満身創痍の葵を見る。

(これは……治療したとしても、足は使いもんにならなくなってんな)
「葵……うえっ、葵ぃ……」
「直ぐに病院へ連れていく。お前、親御さんの連絡先は分かるか」
「え、う、う……家の、番号なら」
「よし」
「おじさ……あ、葵は」
「生きてる。だが直ぐに治療が必要だ。最寄りの病院へ搬送する。お前も来い……――アンタ、携帯で子供の家に連絡してくれ」

 男はテキパキと周囲に指示を飛ばす。最初に今回の救出作戦の指揮を任されていたベテランヒーローよりも効率的に状況を回していた。どんどん動いていく周囲に、翔路はやや置いていかれ気味だった。
 やがて救急車が到着し、翔路とヒーロー一人が葵の付き添いとして乗った。


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