史上最悪の思い出話


 翔路達が小学生に上がって数年――爆豪に絡まれつつも、妹の葵と仲良く、時には緑谷と一緒に遊んだりして過ごしていた。
 勉強が苦手な翔路に対して、葵はとても賢かった。

「うーん……」
「翔路、ここはね、こうするんだよ」
「あ、そっかー。なるほどー。あれ、じゃあここは?」
「こうするの」
「ふーん」

 放課後の教室でカリカリと懸命に算数の問題を解く。翔路は家に帰ると直ぐにねっころがってグダグダしてしまうので、宿題を学校でやっておくのだ。

「翔路ちゃん、ここ計算ミスだよ」
「ええっ? んーもう面倒臭い。いずっち代わりに解いて」
「自分でやらなくっちゃダメ」

 緑谷にまで教えてもらう、手のかかる姉だ。時折集まってなにかをするのは、もう恒例となっていた。そして、三人が集まると必ずやって来るのがあの男である。

「相変わらず暗くて静かなユーレイみたいだなお前ら、死んでんの?」

 爆豪勝己である。緑谷と葵が表情を強張らせるのに対し、翔路はあからさまに不機嫌な顔になった。

「生きてるし」
「ハッ、ふよふよ浮くボーレイみたいな個性のくせに!」
「浮くだけじゃないもんッ」
「ハッ……んだこれ?」

 翔路の抗議を鼻で笑ったのち爆豪は彼女のやっている最中のプリントを覗きこんだ。そして、拙い答えを並べる紙面を見て、鼻で笑った。

「こんな楽勝な問題もとけねーのかよ! やっぱお前バカだなクソブス」
「うるさい」
「姉貴のくせに妹よりノロマでバカとか救いようがねーじゃん」
「うるさい! 頑張ってる人に対して失礼!」
「頑張ったって無駄無駄。没個性の中でもできの悪いお前はどーにもなんねぇよ」
「っ〜〜〜〜!」
「何よ?」

 爆豪は、ボキボキと手の指の間接をならしながら、幾つもの小さな爆発を起こす。それだけでも、子供に対して十分な脅しになった。彼が怖くて何も言えない三人は、押し黙った。
 そのうち爆豪は教室を去っていった。気まずい沈黙が三人の間におちる。

「ご、ごめん翔路ちゃん、僕、何も言えなくて」
「私だってそうだよ」

 慰めるように緑谷と葵が話しかける。けれども、翔路の反応がない。暫く彼女は俯いていて、ペンを握る手を強く締めたと思えば、バッと勢いよく顔をあげた。

「……絶対見返す」

 そう言って翔路は再びプリントと向き合う。彼女の強い闘志に、見守っている二人も触発され、共に宿題を終わらせようと躍起になったのだった。


 * * *


 翔路は、返ってきた通知表をもって大きなため息をついた。彼女の通知表それぞれの科目は五段階評価でオール3だった。必死に頑張ってもこの見事な真ん中を行く成績である。

(どうして皆やった分だけ頭の中にはいるのかなぁ……)

 努力の仕方が悪いのだろうか、それとも元々自分の頭が悪いのか。前者はともかく、後者だった場合の落ち込み具合は大きいだろう。
 双子の妹の方はどうなったのか気になった翔路は隣のクラスにいる彼女を尋ねることにした。ランドセルにファイルに挟んだ成績表を突っ込む。しかし、ランドセルをしめる前に、先程突っ込んだ成績表をファイルごとヒョイと取り上げられてしまった。
 翔路はため息をつき、不機嫌を隠そうともせずにじろりと横を見た。

「うっわ、ダッセー何この成績」
「……返してよ」

 翔路の成績表を開いて、大きな目で勝手に見るのは爆豪であった。

「あれだけ勉強してこれっぽっちの成績しかとれねーのかよ、やっぱクソブスはブサイクだけじゃなくて頭も弱いんだな」
「うるさい」
「おーい見てみろよこの成績表! 全部3ばっかりだ」
「ちょっと、やめてよ!」

 まだ教室内にまばらにいた生徒達に向かって、爆豪は大音声をあげて翔路の成績を暴露する。すると、爆豪の腰巾着を含め、男の子らがゲラゲラ笑い始めた。まるで、努力する姿など滑稽だとでも言うように。
 翔路は段々と恥ずかしさから顔を赤く染めていく。そして、悔しそうに下唇を噛んだ。

(ガマン、ガマン、ガマン……――)

 恐る恐る、顔をあげた彼女が見たのは、見下し、嘲笑う爆豪達の顔だった。

 ――でき、ないッ!

「このヤロォ!」

 ブッチンと何かが切れた翔路は爆豪に向かって飛びかかる。すると、爆豪は驚くどころか、待ってましたとばかりにニヤリと笑みを浮かべてなんと迎え撃つ。
 ガッシリ、と二人は両手を掴み合う。そのまま押す押されるの喧嘩が始まった。周囲の子供は囃し立てるように「やれー」だの「やっちまえカツキ!」だの言う。翔路にとってはアウェイ状態だった。それでも負けじと彼女は目に涙すら浮かべて顔を真っ赤にしながら爆豪を押しこくろうと腕と足に力を込める。けれども、ガキ大将な爆豪――しかも、噂じゃ年上の小学生に喧嘩で勝ったとか――に、個性によく頼っていてひょろひょろな翔路が、個性も無しに敵うわけもなかった。押し返され、さらに尻餅をつかされる。
 試合会場は「カツキ選手の勝ちぃ〜!」という審判のもと、彼への拍手が鳴り響いた。

(くそ、くそ、また負けた!)

 ぎり、と歯ぎしりしながら爆豪を睨む。睨んでいないと、涙がこぼれてしまいそうだったのだ。彼女のささやかな反抗を見た爆豪は不機嫌な顔になる。そして、今度は自慢の個性を披露した。ボンボンといくつもの小さな爆発が彼の掌で起こる。

「なんだよ、まぁ〜だ勝てるとか思ってんの?」

 爆豪でない誰かが言った。それをきっかけに、翔路は吹っ切れたかのように己の個性を発動させた。

「うるっさい!」

 嘲笑をやめない爆豪以外の生徒達を念動力で天井へと張り付ける。悲鳴があがる。それでも翔路は個性を止めなかった。彼女はいつものような緩そうな顔をしていなかった。サラサラの黒髪は逆立ち、目は鋭く爆豪を射抜く。

「へっ、頭の弱いトロちゃんが、それで俺に挑もうってか……――生意気なんだよカス!」

 ――Booom!!
 爆豪も己の個性を使う。右腕を大きく振りかぶって彼女の方へと伸ばした。そして、彼女の顔に当たるギリギリで爆破させた。けれども、思った以上に爆破は大きくならなかった。

「あ?」

 爆豪は、思わぬ不発に顔をしかめる。己の手を見る。そして気づいた。そんでもって、目をつり上がらせてこめかみに青筋を立てながら叫んだ。

「ってめぇ、よくも……ナメたマネしてくれたなァ……ああ!?」
「危ないから念動力で爆風を押さえ込んだだけだし!」

 ベーッと赤い舌を爆豪に向けて出す翔路。それにより、ますます爆豪の血管が浮き出てきた。

「上等じゃねーかおいッ……ぶっ殺しがいがあるってもんだぜ」
(ぶっ殺しがい!?)

 まさか、命を狙われるような発言をされるとは思わず、翔路は先程まで得意気な顔をしていたものの、段々と顔を青くしていく。
 ゆらぁ、と体を揺らしてゆっくり迫ってくる爆豪に対し、翔路は再び泣きそうな顔になりながらじりじりと後退する。
 相手はクラスで一番かけっこが速い男の子だ。対して翔路は鈍足である。どうやっても走って逃げるのは難しい。
 しかし、翔路は窓近くまで後退してハッと気づく。自分には、奥の手があるじゃないかと。彼女はさっと身を翻し、窓に駆け寄るとすぐさま開いた。

「待てこらトロォッ、決着はついてねーぞ!」
「わあ!?」

 窓から個性を使って飛んで逃げようとしたそのときだ。爆豪が逃がさないとばかりに彼女の服の背中を鷲掴んだのだ。

「かっ、かっちゃん危ない! 落ちる!」
「ざけんな! ちゃんと地面まで俺を安全におろしやがれ!」

 浮きかけていた翔路は、窓から身を乗り出した爆豪を道連れにしてしまい、彼はなんと片足が浮いた状態でいた。周りの子供達は恐怖で顔を青くして見守っているのに対し、爆豪は恐怖よりも怒りは勝っているのか、全く萎縮している様子がない。
 落ちる、おろせ、落ちる、おろせの問答を延々と繰り返していると、騒ぎを聞き付けた先生に見つかり、二人してお説教を食らうのは、これから五分後のことである。


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