もう一人の天邪鬼 | ナノ


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〜第1話〜
なんと理不尽なことか




「あ! 露伴先生!」

 聞きなれた幼い声。どうして高校生があんなにも幼い声なのか不思議だが、それが《彼女》の声なのだから仕方ない。そして、その声を聞く度に心が躍ってしまうのが悔しい。この感情を与えた張本人は、全くその気がないくせに。
 スケッチブックと決して安くないだろうカメラを携えた岸辺露伴は、感情とは裏腹にしかめ面を作ると声の方へ振り返った。視線の先には、ニコニコと朗らかな表情を浮かべたぶどうヶ丘高校一年の山吹桔梗、そして広瀬康一、いらぬオマケの東方仗助、虹村億泰がいた。いらぬオマケダブルはムカつくほど能天気な表情を浮かべていた。

「今日はなんの取材ですか?」
「別に特に決めてない。ただこうして目的もなく歩くのもネタの発見に良いからな」

 露伴の漫画《ピンクダークの少年》のファンである桔梗と康一はトタトタと駆け寄ってくる。二人はどうして癒しになるのだろう。

「ネタ探し以外に外に出かける用事とかねーのかよォー露伴先生。そんなんじゃあカビが生えちまうっスよ〜〜」

 駆け寄った二人――とくに桔梗――に歩み寄って肩に手を置く。それを見た瞬間、露伴の腹の底がグズンと疼いた。

「お前に心配される程落ちぶれちゃあいないさ」
「おい、それどういう意味だコラ」
「そのままの意味だこのスカタン!」
「わー! わー! 二人ともストップストップ! ここ街中だからいがみ合うのやめましょ! ね!」

 若干、露伴と仗助の間に挟まれる立ち位置にいた桔梗が、仲裁役として入る。露伴は、今回は彼女に免じて一応身を引くが、未だ睨みを利かせたままで一歩下がる。仗助も、争う気がないのか、すぐに下がった。そんな二人を見てほっと胸を撫で下ろす桔梗は、次にまたヘニャリと笑って「漫画楽しみにしてますね」と言う。彼女のようなファンが応援してくれるのはとても喜ばしい事だ。それが――気になる相手ならなおさら。認めたくはないが仕方ない。
 高校生一行は、桔梗と康一が手を振りながら去ってゆく。そんな彼らを見送ったのち、露伴はため息をついた。

(なんだこの不毛な感情は……)

 まさか、相手が桔梗だとは。しかもその彼女はあのスッタコ仗助に絶賛片思い中。その感情の大きさは、《ヘブンズ・ドアー》で確認済みである。諦めてしまいそうなくらいに大きい。その大きさは、山の如しと言っても過言ではない。
 何故あんなにも真っ直ぐに一途でいられるのだろうか。少しくらいよそ見でもしてほしいモノだ。そう思うものの、それが出来ないのが山吹桔梗であり、露伴はそんな彼女に恋をしてしまっているのだ。歳の離れた、料理しか取り柄のない、たかだか高校一年生の少女に。
 いっそのこと、諦めてしまおうか。そうすれば楽なのだから。……――できたら、こんなにも悩んでいないだろうに。
 世の中、理不尽なことが多いものだ。露伴は、大きくため息をついてスケッチブックを持ち直す。気分が乗らないので、ネタ集めはこれで打ち切り、部屋でネームを描いていよう。
 露伴はそうと決めると歩き出す。向かう先は彼のマイホーム。


 * * *


 康一の記憶から得られた情報にこうあった。
 ――《スタンド使い》同士は引かれあう――
 それが原因なのか定かではないが、少なくとも、自分と彼女との遭遇率は極めて高いだろうと思われる。それは、彼女がよく外出するからなのか、それとも先の因果関係故か。どちらにしろ、喜ばしいことには変わりない。
 今日も、カメラとスケッチブックを携えて町を闊歩していれば、指定の制服をそのままの上体で身に纏う桔梗と出会った。両手には大きな買い物袋を提げている。彼女は、露伴の顔を見るなり、小さい歩幅を数で埋めるように――ほとんど小走りのようだった――トタトタとして歩み寄ると、いつも赤い頬を更に赤くして詰め寄ってきた。

「先生ッ! せんせいセンセイ先生ッ!」
「ああもう煩い! 一体なんだッ! 連呼するな!」
「すっすいません、つい興奮しちゃって……」

 しゅん、としおらしくなる彼女に、ウッと言葉を詰まらせる露伴。しかし、謝らない。それが彼だ。かわりに、彼は話をするように促す。

「で、なんの用だ?」
「あっ、そうだ、そうでした。あのですね、買い物に出る前に康一君から借りた《ピンクダーク》を読んでついに2部を読み終えたんですけど、それがっ、もうっほんとっ……」

 じわり、と栗色を瞳に薄い透明の膜が張る。決して悲しみで泣き出しそうになっているわけではない。単純に、興奮しているだけである。

「頭脳派主人公のあのラスボスとのかけ引きとか、話の盛り上げとか最高だったし、不老不死なのにどうやって倒すんだと思ったらまさかの展開にあっと驚かされたり、一冊の内にドンドン展開が進んで行ってずっと興奮しっぱなしでヤバかっただすよォおおお!」

 買い物袋をぶんぶん振り回す勢いで桔梗は顔を真っ赤にしながら叫ぶ。無邪気なその姿と、正当な評価に露伴は気をよくしたのか「ふふん」と鼻を鳴らしてふんぞり返った。

「当たり前だろ。僕を誰だと思ってるんだ。まあ、一応君の言葉はありがたく受け取っておくけどな」
「ひひひ〜、先生ィ〜そうはいっても満更でもなさそうじゃあないですかぁ」
「喧しいぞ。と言うか君、そのノリかなり酔っ払いクサいぞ」
「仕方ないですよ。先生の漫画読んでテンションが最っ高に「ハイ」ってやつになってるんですから」
「……へぇ」

 漫画を読んだあとの興奮の余韻が、露伴本人に話せたことで少しは落ち着いたのだろうか。彼女の赤みは徐々に元に戻りつつあった。しかし、ふと何かを思い出すような仕草をするとまた表情をだらしなくヘニャリとゆがませる。
 自分の作品に自信を持っていたが、こんなふうに人を感動させられる程だとは思ってもみなかった。嬉しくない、訳がない。

「露伴先生! 続き楽しみにしてますね」
「君は康一君に借りてってるだけだろ」
「むっ、そりゃそうですけど……いっいつか先生の漫画をおこずかい溜めて買おうともくろんでいるとかいないとか……」
「へ〜え〜、本当に買えるのか? 君に?」
「ぬぅ、その人を小馬鹿にした顔っ、とても腹が立ちますっ! そういうの良くないです!」

 ぎゃあぎゃあと説教をし始める桔梗に嫌気がさして、露伴は適当にあしらいながら歩を進める。それを律義に彼女は追いかけながら「聞いてますか先生?」と顔をしかめている。それに無視を決め込んでいると、ふくれっ面を作り始めた桔梗は、今度はどんな文句を言ってやろうか考えているのだろう。ふと物思いに耽る。一歩うしろを歩く彼女をチラリと一瞥してから彼は歩調を緩めた。
 まるで、飼い主について行く犬のような姿だった。これもなかなかいい。

 暫く歩いていくと、彼女は思い出したように頓狂な声を上げた。

「そろそろ帰らなくちゃ夕飯に間に合わなくなるゥ〜〜!」

 困った表情で走り出す。しかし、彼女はクルリと振り返るとニヘラと笑って露伴に向かって手を振った。

「それじゃあお先に失礼しますね」
「ああ」

 片手を上げると嬉しそうに笑って駆け出してゆく。その小さくなっていく姿が、見えなくなるまで、彼は見つめていた。





――――
あとがき

 中編は、まま、一ページでの更新でお送りしたいと思います。
 若干女々しいような感じはしますが――くぅ、やはり露伴先生むつかしい――頑張って行きたいと思います、はい。


更新日 2013.06.23(Sun)


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