世界よ、逆流しろ


15-1



〜第15話〜
ご利用は計画的に



 SPW財団の手配で、家出少女は無事に飛行機で香港へと送られた。そして、今度はジョースター一行が出発する番だった。
 幸子は、わりと準備が速い。準備に少々手間取っているジョセフとポルナレフを、車の傍で、承太郎と花京院の三人で待っている。しかし、花京院はお手洗いに行ってくると言い残して一度その場を離れて行った。すると、必然的に二人っきりとなった幸子と承太郎。彼女を一人にするわけにはいかないので、承太郎は彼女と共に車に寄り掛かりながら特に会話もなく青い空を仰いだ。対して幸子は空を仰いだまま目を閉じて風を感じる。
 余り会話もないのも味気ないので、幸子はふと思った話題を振る事にした。しかし目はあけても、空は見上げたままである。

「学生服、仕立ててもらったんだね。よくパキスタンで用意できたよ。ピッタリだし」
「ウール100%よ」
「ふふふっ……」

 声からでもわかるほど上機嫌な承太郎に、思わず笑みがこぼれた。

「……?」

 ふと、幸子は頬に触れるものを湿布越しに感知する。ぴくりと瞼を震わせて承太郎を見た。みると、湿布の上から彼女の頬に痛みが現れないギリギリのところに、承太郎の武骨な手があった。

「傷むか?」
「まあまあかな。昨日よりはマシになったよ」

 幸子は苦笑を浮かべる。

「大丈夫だよ……それに、これくらいの怪我でへこたれるようじゃDIOの所までたどり着けないでしょ?」

 再び青々とした快晴の空を見上げながら、深海のように深い青の瞳を細める。
 彼女には、DIOのもとまで自分で向かうという覚悟があった。しかし、その後のことはまだ決めていない。ジョセフ、承太郎、花京院がホリーの為にDIOを倒すという目的で向かっている一方で、自分は未だに踏ん切りがつけきれずにいた。

(ホリーさんを救いたいし、DIOの野望だって止めたい、家族の仇だって……)

 しかし、一方で、DIOが改心してくれるのではないかという甘えがある。
 幸子が黙ると、辺りは静寂に包まれた。承太郎は、タバコを取り出して、火をつける。一度たっぷり吸って、紫煙をため息するとともに吐き出すと、何をいう訳でもなく咥えたまま両手をポケットに突っ込んだ。

「――なにも、てめえが全部背負い込む必要はねえ」

 ふと、承太郎は言葉を落とす。まるで、幸子の考えが分かっているかのように、その言葉を彼女に向けたのだ。

「気負いすぎなんだよ。ちょっとは肩の力を抜いて見ろ。ただでさえ不器用なんだからな」
「ぶ、不器用は余計だよ」
「……やれやれだぜ」

 ぶすくれた顔で承太郎のキラキラ光る翡翠の瞳から逃げるように俯いた。見られている訳でもないのに、全てを見透かされているようで、落ち着かなかったのだ。そんな彼女の頭を、承太郎は大きな手で乱暴にガシガシと手のひらを押し付けるように撫でた。慌てて「セットが崩れる!」と彼女は手を振り払った。

「大分、慣れてきたみたいだな」
「へ?」
「他のヤローにはまだ緊張してるようだが、よ」
「……ッ」

 幸子の軽度な男性恐怖症のことを指していると気づいたとき、彼女はきゅっ、と胸がしなる感触を覚えた。その不思議な感触に首を傾ぐけれども直ぐに収まったので、特に気に留めることもなく承太郎を見上げる。

「心配してくれてたんだ」
「……別に。会話すんのがメンドーだと思ってただけだ」
「ははっ、なにそれ。冷たいなぁ」
「……」

 承太郎は黙って紫煙を吐きだした。幸子は「照れ隠しかなぁ」と微笑ましげな顔をする。
 二人の間に再び沈黙が落ちたが、重々しい雰囲気はなく、ゆっくりとした時の流れを感じる光景だ。そんなのんびりとした空気を纏う二人を影からコッソリ、ジョセフを筆頭にポルナレフと花京院がニヤニヤしながら見ていたとかそうでないとか。


 * * *


「そういやーよー、ふと思い出したんだが、ラッキー、《吊られた男》以外にも、両手が『右手』の奴がいるっつったよなァ」
「あ、うん」

 長い運転の中、会話に困ったのか、ポルナレフがふと後ろに座る幸子に質問を投げた。その話には、助手席に座る花京院、そして彼女と同じく後部座席に座る承太郎とジョセフも興味があったので、彼女の言葉を待った。

「彼の家族かもしれないね。おばあさんだったよ。ナマエは《エンヤ》」
「名前まで分かってるのか?」
「うん。顔もよく覚えてる。DIOの館にいるところをよく見てたからね。彼女も勿論《スタンド使い》だから、もしかしたらDIOの刺客として送られてくる可能性があるかも」

 承太郎の問いにも丁寧に答えつつ、幸子は《エンヤ婆》の姿を思い浮かべた。

「婆さんねぇ……《吊られた男》に似てブスだったりしてなァ〜」
「両手以外は普通の御婆さんだったと思うけど……」

 ちょっと怖い感じはしたかな、なんて思い出す。彼女に迫られて顔を凝視された時はビビったのは懐かしい思い出である。
 パキスタンを移動するジョースター一行は、少々難航していた。原因は、周囲を遮るように立ち込めてくる霧の影響である。

「ポルナレフ、運転は大丈夫か? 霧が相当深くなってきたようだが……」
「ああ、ちょっち危ねーかなァ……何しろすぐ横は崖だしガードレールねーからな」

 運転席と助手席にいるポルナレフと花京院の会話を聞きつつ、幸子は少々青い顔で身を小さくしながら微かに見える周囲の景色に目をこらした。勿論、彼女が座るのは承太郎とジョセフの間なので、殆どいかつい彼らに遮られている。

「うむ、向こうからどんどん霧がくるな……まだ3時前だが、しょうがない。今日はあの町で宿を取ることにしよう」

 崖の下から霧の間に見える町を見てジョセフは言った。無理に進んで崖から落ちる訳にもいかないので、一同はジョセフの案に乗った。

「――? 今のは、犬の死体か……?」
「空条君、どうかしたの?」
「……いや」

 ポルナレフがいいホテルがあると言いなとぼやきながら町に車を回す横で、承太郎が霧の中に何かを見たのか、目を丸くしていた。それに気づいた幸子が声をかけるも、彼は首を振って何でもないと返した。

 着いた町は、なかなか綺麗なところだった。しかし、霧があたりを覆い始めているからか、とても静かである。不気味なくらいに、静かなのだ。こじきたちの「バクシーシ攻撃」も「安いよフレンド攻撃」もないのだ。
 ジープから降りた一行は、宿を探すことにした。

(何だか、変な感じ……)

 薄気味悪さを感じた幸子。彼女は、あるものに近い何かを感じていた。

「……まるで、見知らぬお墓に来たような気味の悪さだよ……」

 不安げに辺りをキョロキョロと見回しながら先行するジョセフたちについて行く。ざわざわと落ち着かない胸の前で両手を握り、そっと《クリア・エンプティ》を出した。彼女にとっては、《自分自身》でも頼りになる《友達》みたいな存在なのだ。

「おい」
「はっ、はひ!」

 びくびくしていたからか、突然声をかけられて吃驚する幸子。声の方を見れば、承太郎が立っていた。少し離れたところにレストランの店主のような男に話しかけている三人が居る。

「この町、なんか妙だぜ」
「へっ……」

 周囲を警戒したように見る承太郎に、自分と同じかそれに近い感想を抱いていたと驚く幸子。彼女は、承太郎をじっと見上げた。

「や、やっぱりそう思う? なんだか墓地に迷い込んだ時のような感じがして」
「確かに、そんな薄気味悪さがあるな……ん? おめー墓地で迷ったことがあるのか?」
「……ちっちゃい時に、一度だけ……あの時は本気でダメかと思った」
「ご愁傷さまってやつだな」

 微笑ましそうに承太郎は幸子を見下ろした。彼の温い視線に気づいた彼女はむすっとふくれっ面になると「どうせドジだよ」とそっぽを向いた。

「この町に入る前に、犬の死体を見た」
「い、犬の!?」

 実は、幸子は犬好きである。大型犬は追いかけられた経験があったので苦手なのだが、小型犬は小さくて可愛いので大好きだった。
 勿論、死んでしまったとなれば、大きい小さい関係なく、悲しい。

「見間違いだったらいいんだがな……」

 承太郎は空を見上げる。つられて幸子も空を仰いだ。町の空は霧の所為で真っ白だった。

「今はまだ分からねーことが多い。気をつけろ」
「う、うん!」
「それと、とにかくオメーははぐれるなよ」
「うん!」
「迷子になって泣かれても困るしな」
「う……って、泣かないから!」

 最後のは完全にからかいだ。承太郎はニヤリとあからさまに口角をあげてからクルリと踵を返すと、ジョセフ達の所へ向かう。

「あ、も、待ってよ!」

 胸のうちで「一人にしないで〜!」と泣き言をほざきながら幸子は承太郎のあとを慌てて追う。
 レストランの従業員に、宿がどこにあるのか聞こうと思ったのだが、どうやらジョセフが失敗してしまったらしい。気を取り直して、ポルナレフが少し離れた所に座っている男を指して「アイツに聞いてみようぜ」と提案した。彼は早速男に尋ねた。

「おっさん、すまねーがホテルを探してるんだがよ。トイレの綺麗なホテルがいいんだがよぉ……教えて――!?」

 ポルナレフが陽気に男に話しかける。しかし、彼は言葉を途中できり、男の肩を掴んで叫ぶように言った。

「おい! おまえ! どうした!?」

 ただ事でない男の顔をみたポルナレフは彼を振りむかせようとしたが、男の体はぐらりと傾くとそのまま倒れてしまう。そして、彼の口からはズルリとトカゲが二匹現れるではないかッ。

「なにィ〜〜!?」

 男は、死んでいた。恐怖に顔を歪めたまま、死んでいたのだッ!
 原因がわからずに混乱するジョセフ、ポルナレフ、花京院、幸子。ポルナレフが、死因は、心臓麻痺か、脳卒中かで考えている。
 唯一承太郎はつとめて冷静に対応していた。流石は、揺るがない《スタンド》である《星の白金》を持つ男だ。彼は、心臓麻痺の可能性は低いだろうと言う。彼の視線を追った一同の目には、煙の上がる鉄砲が、男の手に握られているのが映る。しかも、煙が出ている所から見て、つい今しがた発砲したのだと分かる。分かるのは、一行がこの町にたどり着くちょっと前の出来事だった、ということだけだ。
 自殺にしては、血は出ていないし、ざっと見たところ怪我をしている様子もない。男が一体拳銃で何を撃ったのか、それも分からない。

「ま、まるで……まるで恐ろしいものを見てやけになって撃ったように見えるよっ……この人にとって恐ろしいなにか! 想像を絶する" あり得ない出来事 "がこの人の目の前にあったんだっ」

 幸子は男から後ずさりしながら言う。

「" あり得ない出来事 "ってなんだよォ?」
「ぞ、ゾンビとか……?」
「そりゃオメー、ゾンビ映画の観すぎじゃあねーかぁ?」

 びくびくとしている彼女にポルナレフは問いかける。そして帰って来た答えに、彼は笑い飛ばして改めて男を見た。
 ――ごくり。
 何故だろう、幸子の言った事があながち外れていないような気がしてならない。
 花京院は、警察を呼ぶために一時この場を離れる。なんだか苦戦しているようだ。

(おかしい! 銃が発砲されたのに、誰も見向きもしないし、野次馬もないなんて……! ニューヨークや東京のような大都会以上の無関心さだ……これは、何かある……)

 幸子はひしひしと背筋を這い上がって来る寒気を抱えながら思った。それに、彼女は妙に" アイツら "の数も多いことに気づく。そう、アイツらとは――幽霊のことだ。彼女にはわかった。幼い頃から散々見て来たものだからだ。
 幽霊の数が多すぎる。その中には、遺体の男のものだってあった。彼は、必死に此方へ何かを訴えかけてようとしているものの、何かに遮られているのか、声が聞こえなかった。

(ど、どうしよう……知らせた方がいいかな、でも信じてくれるのかな、こんな話……)

 親にだって困った顔をされたのに、言えるわけがなかった。仕方なく、黙って過ごすことにする。そのことを、後の彼女はちょっぴり後悔することになる。

「何故死んでいるのか、死因をハッキリ知りたいぜ。まさか、新手のスタンド使いの仕業じゃあねーだろーな」
「うむ……考えられん、動機がない。『追手』が無関係の男を我々が町に着くより前に殺すじゃろーか? 殺すとしたなら、いったいなぜじゃ?」
「万が一ということもあるぜ、死に方が異常だ」

 承太郎とジョセフが、警察が来る前に遺体を出来るだけ触らずに調べると言い出す。
 ジョセフは、胸ポケットからペンを取り出すと、男の服のポケットに差し込み、そっと持ち上げる。出て来たものを見て、ジョセフは彼のことを分析し始めた。
 男は、バスや列車のチケットを持っている事からジョースター一行と同じ旅行客、インド紙幣も持っていたのでインド人だと分かった。つまり、この町の人間ではない。
 さらに調べていくと、男の喉下に10円玉くらいの傷穴を発見した。どうやら死因はコレらしい。

「しかし何故血が流れ出てないんだ? こんな深くでけー穴が開いてるんなら大量に血は出るぜ、普通ならよ」

 承太郎の言う通り、死因としてはいいのだろうが、状況としてオカシイ。男は、調べなければ傷穴があることすら分からない程、血を流していないのだ。
 この異常事態に、一行は、普通の殺人事件でないと断定する。嫌な予感は当たりつつあった。

「俺たちには知っとく必要がある。かまうことはねー。服を脱がそうぜ」

 承太郎の決断に、一同は賛同した。そして、男の服を上だけ脱がせた。
 一行の目に飛び込んできたのは全身穴だらけの男の体だった。それなのに、一滴も血が出ていないのだ。

(なに、これ……)

 これを、DIOの部下のスタンド使いがやったのだとしたら、相当クレイジーな奴だ、と幸子は思った。DIOに出会う直前にも、頭のオカシイ男たちに会ったがあるが、それとは別の気狂いさだと思った。
 どんな方法なのか、何のために開けたのか――分からないものの、近くに新手のスタンド使いが居る可能性が濃厚だという事だけは分かる。

(う、気分が……)

 男の死体から目をそらし、幸子は気を落ち着かせようと空を仰いだ。霧の立ち込める空には、不安な気持ちを煽るかのように、髑髏のようにも見える雲があった。気のせいだ、と幸子は頭をふり、ジープに乗ってこの町を出ようと言い出したジョセフの声に従い、幸子は歩き出そうとした。しかし――

「……あれ?」

 キョロキョロと辺りを渡す。目を凝らしながら霧の裂け目を見つめる。しかし、どこにも、仲間の姿が無かった。

「えっえっえっ、置いて行かれちゃった!?」

 近くの方からジョセフの「オー! ノー!」という嘆きが聞こえる。彼の声を頼りに慌ててそちらへと走った。うっすらと四人の影が見えてきて、ほっと胸を撫で下ろした、その時だ――

「むぐっ!?」

 何者かに背後から飛びつかれ、口を乱暴に布で塞がれる。布にはどうやらクロロホルムやそれ系の睡眠物が含まれていたようで、幸子の意識は一気に闇の中へと引きづりこまれていった。完全に意識を失う直前「ケケケッ」という甲高い声を聞いた気がした。


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