世界よ、逆流しろ


14-2



 わたし達は、辺りに警戒しながら道なりに進む。暫くそうしていると、街道の茶屋に辿り着いた。ゆっくり行けば件の車と遭遇せずに済むだろうと、わたし達は一度茶屋で休憩を取ることにしたのだった。
 車から降りて、茶屋へと近づくとチャーイの甘い匂いがした。
 ふと、壁を見ると、茶色くて丸いものがペタペタと張り付けてあった。確かこれは牛のフンだったか。乾燥させると燃料になると聞いたことがあるから、多分良く燃えるように乾かしているのだろう。
 わたし達の他に先客が4名程の小さな茶屋。3人は屈強な男たちだ。静かにチャーイや他のジュースを飲んでたりタバコを吸っていたりする。ノンビリとした雰囲気に、わたしも漸く緊張を解いた。
 しかし、そののんびりとした雰囲気も、ジョースターさんの怒号であっけなく終わる。
 彼が振り返った先を見ると、件の車が木陰にとまっていた。近づいてみると、人は乗っておらず、もぬけの殻だった。

(エンジン音は聞こえなかった……となると、やっぱりわたし達が来る前から止まっていたってことだよね)

 しかし、お店の人に聞いても、車がいつから止まっていたのか気が付かなかったという。

(《スタンド》は一般人の目には見えないし聞こえない……もしかして、あの車……)

 まさかね、なんて考える。でも、嫌な考え程よく当たるし、万が一ってことも――

「おいラッキー」
「へっ?」

 どうしよう、考え事してて全く話聞いてなかった。
 空条くんを見上げながら、内心冷や冷やして顔色をうかがう。しかし、彼はどうやら話を聞いていなかったわたしに怒っているわけではなさそうだ。なにか、別の用事だろうか?

「確かおめー《暗青の月》ん時、偽テニールの記憶を一時的に《戻した》ことあったな」
「あ、うん」
「よし」

 うん? なにが「よし」なんだろう。話を聞いていなかった人間の為にも説明求む。

「無関係の者はとばっちりだが、ラッキーに戻してもらえば構わんだろーよ」
「えっ」

 くるうり、とテーブルで休んでいる男3人を振り返ると、空条くんは鋭い目つきで彼らを睨んだ。えっ、まっまさか――

「全員ブチのめすッ!」

 怒りに震えたような物凄く低い声で彼は言い放った。先程の車のせいで相当頭にきているらしい。流石に本気でブチ切れてはいないだろうが、いつだって彼の顔は怖いからプッツンしているように見える。怖い。

「ちょっと待ってみんな、いくらなんでもやり過ぎじゃあっ……」
「おっおいッ! 無茶なっ……承太郎! やめろ! ジョースターさんあなたまでッ!」

 と、その時だ。まるでタイミングを見計らった彼のように、バタン、という車のドアをしめる音がきこえてきた。まさかとわたし達が振り返ったそこには、エンジンをふかす車と窓から覗く屈強な腕。
 えっ、と思ったその時には既に車は発進し、先を行く。

「あっ……」

 わたしには勿論茫然としている暇はなく、急いで時間切れになる前にトバッチリを受けてしまった男の人三人の記憶と怪我を《戻》す。

「おっおれ達、ひょっとしておちょくられたのか!?」
「誰か、奴の顔を見たか!?」
「いっいや、またもや腕だけしか見えなかった……奴は一体どういうつもりだ!? 奇襲をしてくるでもなく、戦いを挑んでくるわけでもない……頭のおかしいドライバーのようでもあり、追手のようでもある……」
「もしかして、わたし達に嫌がらせしてイライラさせようって魂胆じゃ……怒りで周りが見えなくなると攻撃が単調になるもの」
「とにかく! 追っかけてとっ捕まえてハッキリさせん事にはイラついてしょうがねーぜッ! さっきのトラックとの正面衝突の恨みもあるしなッ!」

 わたし達は車に乗り込んで例のイカレ頭のドライバーのあとを追いかけた。しかし、4輪駆動にも関わらず、わたし達の乗る車は前方を走る車よりもでこぼこ道に苦戦していた。その事がまた一層ポルナレフのイライラ度を上げていく。わたしは何だか嫌な予感がして、女の子と手を繋いでいた。
 ゴトゴトと上下左右に激しい揺れを感じながら、勢いよくカーブを曲がったその先は――

「なっ何ィ――ッ!?」

 行き止まり、崖っぷちだった。ポルナレフは慌ててブレーキを踏む。ぎりぎりの所で踏みとどまったと安心した――と思ったら、背後から強い衝撃を感じる。振り向けば、先程追いかけていた車がいつの間にか背後に回っており、わたし達の乗る車をグイグイと崖っぷちへと追い立てるではないかっ。わたし達の車が4輪駆動なのに、相手の車の馬力の方が何十倍も上で仰天してしまう。
 このままでは確実に死ぬ。死が現実味を増して行き、わたしは怖くなった。横に座っているジョースターさんは、ターゲットの『私』ごと突き落すつもりなのか、と騒いでいる。

(きっともう、DIOはわたしが要らなくなったのね……)

 自分で彼を拒絶した癖に「あの夢」での出来事が脳裏を過ったせいなのか、ツキリと胸が引っ掻かれたように痛む。彼を自分勝手だと文句を言っていた癖に、わたしも大概自分勝手だ。

「脱出するぞ!」

 ポルナレフがベルトを外し、車の扉を開けた。……えっ、ちょっと待って!

「ドライバーがみんなより先に運転席を離れるか普通は!? 誰がこのランクルを踏ん張るんだ?」
「えっ」

 花京院が顔を青くしながらいうと、ポルナレフは「あっ、今気づいた」みたいな顔をする。

「ごっ、ごっごっ、ごめーん! ワアーッ」

 ついに踏ん張りを無くした車は崖から落ちてゆく。わたしは頭が真っ白になった。その時だ、花京院くんが《法皇の緑》を出すと車から飛び出して崖の上へと伸びてゆく。

「花京院やめろっ! おまえの《法皇》は遠くまで行けるがランクルの重量を支えられるパワーはないッ! 体がちぎれ飛ぶぞ!」

 ジョースターさんが凄い汗の量をかきながら叫んだ。しかし、わたしは、彼が考えもなしに行動するような人ではないことを知っている。彼が動く時は何等かの意図がある事を、知っているッ。ドキドキしながら花京院くんを見守った。
 花京院くんは、不敵な目をしてジョースターさんを見た。

「お言葉ですが、僕は自分を知っている……馬鹿ではありません」

 彼が言うと同時に、わたし達を突き落した車に《法皇の緑》は何かを引っ掛けた。それは、わたし達の車から伸びているもの。そう、この車のワイヤーウインチだった。彼はソレを掴んで飛んでいたのだ!

「フン! やるな花京院。ところでお前、相撲は好きか?」

 不敵な笑みで互いを見る空条くんと花京院くん。なんだか分からないけれど、わたしは気分が高揚した。

「とくに土俵際のかけひきを!」

 空条くんの《星の白金》がワイヤーを掴んだ。

「手に汗握るよなあッ!」

 グオオン、と物凄い勢いで《星の白金》はワイヤーを引いた。すれば、相手の車が一気に引きずられる。そして、崖へと落ちて行ったのだった。崖から落ちた車は硬い地面に叩きつけられて煙と炎を上げる。
 スタンド特有の攻撃をされた様子も前兆もなかったため、ジョースターさんは、先のドライバーをただのcrazyな男であったと結論付けた。そうして一同には似た疑問点だけが残る。そう、この一本道をわたし達の先に走っていたにもかかわらずどうやって背後に回っていたのか、だ。

「不思議なのォ……」

 女の子がそうつぶやいた時だった。

「少しも、不思議じゃあ、ないな……」

 凄い近い所で声がした。誰が言ったのかを探すために背後を見回す。ジョースターさんはポルナレフを見たけれど、それは直ぐに本人が「おれじゃない」と否定した。彼がいうにはランクルのラジオから、らしい。実際その通り、ランクルのラジオから雑音と共に男性の声が聞こえてくる。

「《車輪》……《運命の車輪》」

 ぞわり、とわたしの背中を悪寒が駆け抜けた。

「《スタンド》! だから出来たのだッ、ジョースター!」

 嫌な予感は的中してしまったようだ。ジョースターさんの名を呼んだという事はすなわち《スタンド使いの追手》ということを意味する。しかし、声はするのに姿は見えない。わたしはそこそこ視力は良い方だ。しかし、視界の開けたこの場所で電波塔なんてみあたりゃしない。どうやって私たちの車のラジオへ電波を送っているのかも分からない状況に空条くんを覗く一行は焦る。

「まさか、今落ちて行った車じゃあないだろうな」
「バカな! メチャクチャのはずだぜ」
「いや、車自体が《スタンド》の可能性があるぜ。ベトナム沖でオラウータンがあやつる船それ自体のスタンド《力》と出会ったが、その同類ということは大いにありうる」

 確かに、と空条くんの言葉に皆が息を呑む。《スタンド》であったから、何らかの能力で後方を走っていた私たちの後ろへ回り込むことが出来たのだと納得できる。

「幸子様の身柄、およびジョースターの命まとめて《運命の車輪》のカードが暗示する我が《スタンド》がいただく!」

 男の宣言と共に、地ならしが聞こえてきた。ぞくっ、と足元から寒気みたいなものを感じた。まさか、とわたしは自身の足下を見つめる。ジョースターさんが車に乗るよう言う。しかし、逆に空条くんは車に乗らず離れろと怒鳴った。彼の強い語気のせいかはたまた彼の強い《光》に引き寄せられたのか、わたしは殆ど反射的に走って車から距離を取った。瞬間、地面が割れ、わたし達の乗って来た車の下から例のクレイジーなドライバーが運転していたものと同じ車が現れたッ!
 なんと、やつは、地面を掘ってやってきたのだ! これが決定打になった。《運命の車輪》は車自体が《スタンド》だ。
 普通の車を装ってわたし達に近づいてきたのは、一行をまとめて殺すため。しかし、今度はそれが叶わないと知って一人ひとり殺して回るだろう。
 《運命の車輪》はわたし達の目の前で、ボコボコのめちゃめちゃになっていたボディをみるみる修復していく。恐ろしいことだ。《スタンド》であるから、いくらでも修復可能らしい。
 《運命の車輪》は修復したと思えばみるみるボディを変形させてゆき、オンボロ車からまるで獰猛な獣を連想させる形状へとなる。こころなしか、車体の大きさも二回りほど増した気がする。
 《運命の車輪》は空条くんに向かって急発進していった。

「フン! 力比べをやりたいというわけか……」

 パワーに自信のある空条くんは《運命の車輪》と物おじせず対峙する。

「やめろッ、承太郎! まだ戦うなッ! 奴の《スタンド》の正確な能力が謎だっ。ソレを見極めるのだ!!」

 しかし、ジョースターさんの忠告も虚しく、《運命の車輪》がキラリと光る何かを発射したと思えば空条くんの身体から血が勢いよく噴き出す。怪我をしたのだッ

(敵の能力を把握しきれないまま真正面から対峙することの危険性をジョースターさんは、嫌ってくらい分かっていたんだ!)

 こんなところで年の功を垣間見る。わたしは慌てて《クリア・エンプティ》を出す。勿論、空条くんの怪我を治すためだ。
 見えない攻撃に空条くんは動揺する。動けない彼を庇って花京院くんとポルナレフも動揺に怪我を負った。何とか三人とも轢かれることなく避けることが出来たけれど、状況は良いといえない。

(抉られているっ……)

 弾丸でも針でもない、けれど皮膚はボコッと抉られたような傷を負っている。それが一つや二つじゃあない。体中、至る所に、似たような怪我を負っていた。慌てて傷を治すと、血の気はまだなくて顔が青いモノの幾分かマシになった。

「脚を狙って走れなくして轢き殺してくれるぞッ!」

 わたし達は一度逃げる事にした。狭くて車体じゃはいれない岩と岩の隙間に逃げ込む。しかし、《運命の車輪》はやはり《スタンド》である。車体を大きくすることも出来れば、変形して幅の狭い岩と岩の間だって入ってきてしまう。
 今度は、岩の上をのぼる。女の子が転んで逃げ遅れたが、空条くんが「やれやれだぜ」と呆れつつも助ける。流石だ。


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