世界よ、逆流しろ


14-1



〜第14話〜
運命(みち)を切り開く



 エンジン音が真後ろに聞こえ、幸子は後方を振り返った。そこには、数分前にポルナレフが追い越したオンボロ車が思いの外接近していた。ほとんどピッタリ後ろにひっつき走行しており、時折クラクションを鳴らしてくる。どうやら急いでいるようだ。それに対してトロトロ走行してたくせにとポルナレフは文句を垂れるも、ジョセフにやんわりと諭され、渋々道を譲ることにした。彼は窓を開けて右腕をほんの少し出すとひょいひょい、と前へ促すサインを出すと、脇に車を寄せて車が通れるようにした。
 車はジョースター一行の脇を通ってゆく。その際、承太郎は横目で車を見ていた。何となく幸子も承太郎につられるようにして車を見ていた。
 もう何年も使い古されたように色落ちした赤いボディ、砂まみれで誰が運転しているのか分からない窓、ガタガタと不安を煽るような音を鳴らす間接――これといって、突出した特徴はなかった。気になることと言えば、運転手が見えなかった、くらい。

(ん?)

 ふと、なんだか視線を感じ後ろを振り返る。しかし、そこには先程の車の代わりに広大な自然が広がっているばかりであった。

(あれ?)

 ごしごし、と幸子は目を擦った。そしてもう一度目を凝らす。けれども、彼女はいくら焦点をしぼっても見えるのは何の変哲もないごくごく普通の大地だけだった。

「どうした?」
「あ、いや……地面の色が違ったように見えた思ったの」
「光の加減じゃろ」
「それにしては、湿気を帯びていた気がしたんですけど……」

 幸子は胸騒ぎを覚える。彼女はこの感じをよくよく知っていた。大抵、この胸騒ぎはよく当たる。勿論、悪い意味でだ。

「ラッキー……大丈夫?」

 難しい顔をしていると、膝の上にいた家出少女がぽそりと尋ねて来た。最初は何だか少々つっけんどんであったものの、それはきっと承太郎に好意を寄せている彼女にとって、男衆の中にたった一人いる女の幸子に対するちょっとした対抗心からだったのだろう。元々は、気が合う仲だったので、ツンツンした態度も我慢できなくなり、おまけに表情が曇っているので心配になって声をかけたのだ。

「大丈夫だよ」

 心配させないように、微笑みかけながら少女の頭をそっと撫ぜると安心したように笑みをかえしてくる。

「げほげほっ」

 空いた窓から砂埃が大量に入り込んできた。原因は、先程追い抜かせた車である。再びノロノロと走り出してしまい、ほとんど一行が乗る車とピッタリくっ付いてしまう状態になってしまったのだ。
 幸子はポケットからハンカチを取り出して女の子の顔に当て、自分は手で押さえる。ポルナレフは癇癪を起してクラクションを何度も鳴らした。

「ポルナレフ、君がさっき荒っぽい事やったから怒ったんじゃあないですか?」

 花京院は呆れ顔だ。ポルナレフは渋い顔をする。

「運転していた奴の顔は見たか?」
「いや、窓がホコリまみれのせいか見えなかったぜ」
「お前もか……まさか追手のスタンド使いじゃあないだろうな」

 承太郎は前の席に座るポルナレフに尋ねる。ポルナレフも確認していたのだが、やはり窓の砂埃が邪魔で見えなかったようである。

 ふと、前を走る車の窓が開いた。屈強な腕が現れ、その手が先のポルナレフがやったようにクイクイと先を行くよう促す動きをした。どうやら、己の車のスペックが低い事を思い出したようだ。
 汚らしい悪態をポルナレフがついて、勢いよく車を追い越した。と、そのときだった。

「なにィ!」
「うああああ!! トラック! バカな!」
「だめだッ! ぶつかるッ!」

 一行は戦慄した。
 一行が見たのは、迫りくる大型トラックであった。

「《星の白金》ッ!」

 正面衝突する寸前のところで、承太郎の《スタンド》である《星の白金(スター・プラチナ)》がトラックと一行の乗る車の間に滑り込み、トラック側を殴る要領で押さえつけた。作用反作用の法則に従って、一行の車ははじけ飛ぶ。

「うわっ!?」

 ぐるん、と車は回転する。真ん中の席に座ってベルトをしていない幸子は勿論体が浮いてしまった。女の子もだ。両脇から承太郎とジョセフが抑え込んでいなければ、最悪首の骨を折っていただろう。

「あっあぶねえッ!」

 何とかひっくり返ったまま着地することは免れ、ぎりぎりだが無事に正常な体勢で地に着く車。

「くっ《クリア・エンプティ》ッ!」

 幸子の《クリア・エンプティ》の時を戻す能力で、一行の車が破損する前の状態に戻る。衝突しかけたトラックの方も直しておいたので一安心だ。
 彼女が時を戻している間、他の者達は先の車のことで声を荒げていた。

「どこじゃッ! あの車はどこにいるッ!」
「どうやらあのまま走り去ったらしいな……どう思う? 今の車の野郎『追手のスタンド使い』だと思うか? それともただの精神のねじまがった悪質な難癖野郎だと思うか?」
「追手に決まってるだろーがよォ――――ッ! おれたちは殺される所だったんだぜッ!」
「だがしかし、今のところ《スタンド》らしい攻撃は全然ありませんでしたよ。それに、追手だとしたらラッキーの乗る車をあえて危険に晒すだろうか……」
「もしかすると、もう取りあえず頭が無事でならあとはどうなろうとかまわん、みたいな命令されてるかも」
「ラッキー、そんな物騒なことを言うもんじゃあないぞ」
「すいませんジョースターさん」

 仮定の領域を出ない以上、いくら討論を重ねても無駄である。

「エンジンはラッキーの能力のお蔭で無事みてーだぜ。どうする?」
「とにかく用心深くパキスタンの国境へ向かうしかないじゃろう……もう一度、あの車が何か仕掛けてきたらソイツが追手だろうと異常者だろうとブチのめそう」

 そんなわけで、一行は先を急ぐことにした。


 * * *


 ところかわって、ある晴れた空の下、二人の男が人の気配がない場所で怪しい笑声を上げながら向かい合っていた。

「相棒、順調のようだねぇ」
「ああそうともさ。奴ら頭に血ィ上ってカンカンよ」
「しかしのぉ相棒、DIO様の大事な幸子様が乗ってる所にトラック嗾けるたぁなかなかスリリングなことをする」
「ケケケーッ、どんな酷い怪我でも幸子様ならたちまち戻せるんだろ? これくれー平気だと分かった上だぜ」
「相棒……流石だぜ!」

 ウケケ、ウヘヘ、ウケコーッ、となんとも奇妙な声を上げて二人は笑う。なんともシュールな。

「そう言えば相棒、おめー幸子様に気づかれそうになってたじゃあねーか」
「ああ、わざとだわざと。幸子様さえ気づいてくれりゃあエエのよ。あの人の能力はちと厄介だが、一人になっちまえば大したことねー、ただの小娘よ」
「そりゃあそうだっ!」

 ドッと二人は高笑いをする。

「頼むぜ、相棒」
「ああ、任せろ。お前の《運命の輪》とオレの《スタンド》が組めば向かうところ敵なしだ」
「クク、ちげーねえ。ホル・ホースとJ・ガイルはどうやらしくじったらしいが……なあに、最強コンビならジョースター一行の旅も今日でおしめーだ」

 くるうり、と二人は踵を返すと歩き出す。二人の目的は単純明快、幸子の奪還とジョースター一行の殲滅であった。


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