世界よ、逆流しろ


13-4



 シンガポールで別れたはずの少女。彼女は確か、父親と会うためにシンガポールまで来ていた筈だったのだが、実際はただの家出少女だったようだ。確かに、彼女ほどの年頃は自我が芽生えて親に反抗したくなる時もあるだろうけど、きっとご両親だって心配しているのに――

「お願いよぉつれてってーッ」
「ダメじゃ!」

 どこからかかっぱらってきたポルノ写真を手に交渉したり小さい子という立場を利用してなんとか旅に連れて行ってもらえるように頼み込んでいる。しかし、一般人、ただの小さな少女であるからこそ、わたし達は行動を共にしてはいけないのだ。

「いいじゃない! ラッキーは連れてってもらってるのに、どうしてあたしはダメなのよ!」
「あのね、わたしも目的があってここにいるし、こう見えても結構やるときはや――」
「おねがいよぉ連れてってよー!」
「……」

 わたしがダメだと思ったのか、はたまた交渉の邪魔をしたからか、最後まで聞いてくれることなくジョースターさんに縋る少女。やるせない気持ちが胸に落ちる。そんなわたしの心境を察してくれたのか、花京院くんが、ぽん、とわたしの肩に手を置いて苦笑する。ありがと、それだけで救われた気分だ。
 多分、わたしがいくら言っても駄目だろう。悟ったわたしは諦めてシートに座りなおす。横では空条くんが黙ったままジョースターさんと少女のやり取りを傍観している。帽子の所為で彼の表情はうかがえないが、なんとなくイライラしているように思えた。

(そろそろケリをつけないと、空条くんがプッツンしそうだなぁ……やだなあ、彼の大声は迫力があるから心臓に悪いんだよなぁ〜〜……)

 よし、自分の心臓のために頑張ろうじゃあないか。
 わたしは、女の子の両肩を掴むとジョースターさんから少し話す。邪魔をするな、と言いたげな恨めしそうな彼女の表情に苦笑してしまう。可愛い子がそんなふうに顔をしかめないで、勿体ない。

「乗せてもいいけど、国境までね。わたし達は危険な旅をしているから貴方を連れていくことが出来ないの。だからごめ――」
「つれてって! つれてって!」

 ずぅうううん、とわたしはシートの上で膝を抱えた(勿論ちゃあんとスカートは押さえて中が見えないようにしてる)。
 女の子はわたしの手を振り払ってジョースターさんにしがみ付いてしまい、わたしの話なんて聞いちゃくれない。あれ、わたし彼女に嫌な事しちゃったのかな。嫌われちゃったのかな。

「ん?」

 せっかくできた新しい女の子友達だと思ってたのに……。そう悲しみに浸っていると、不意に頭に大きな手が乗る。誰のモノかは直ぐに分かった。
 隣に座る空条くんを見上げると、彼は剣呑な雰囲気を隠そうともせずにわたしを見下ろしていた。

(え、ま、まさか……説得に失敗したから怒ってるんじゃあ……)

 しかし、この考えは彼が発した一言で杞憂に終わる。

「ムリなら耳塞いでろ」

 最初、彼の言った事が何を指しているのか分からなかった。けれど、次に彼が大きく息を吸うのを見て、わたしは漸く何が言いたいのか悟り、慌てて耳を塞いだ。
 瞬間、彼の怒号がその場に轟いたのは言うまでもない。


 * * *


 空条くんの鶴の一声により、静かになったその場は、彼が取り仕切ることとなった。まず、空条くんは「国境まで送る」ということと「飛行機代を渡して香港へ送る」という条件を出した。そこでその場がおさまるんだから、わたしの方は何だかやるせない気持ちになる。同じ条件を出した筈なのにな……あれか、飛行機代まで出すことを入れなかったから聞き入れてもらえなかったのか。……無念ッ。
 家出少女は車の中、大人しくなるどころか兎に角旅をしたいということを主張しだす。なにがなんでもついて行きたいらしい。
 空条くんが吠えたときにウットリしていたところを見ると、日本で見た女子高生たちとそう変わらず彼の虜になっているようだ。恐ろしや空条承太郎。そして、女の敵め。

(全く、DIOに負けず劣らずモテモテなんだから……まあ、DIOと違って手当たり次第に女の人を侍らすわけじゃあないし、お堅い所は好感が持てるけど……)

 なんだかなあ、と苦笑しか出て来ない。
 女の子は、小さいというステータスを利用して空条くんに甘えるのだが、彼はそんな彼女を相手にすることなく外の景色を眺めていた。てっ鉄壁だな。

(まあ、毎日黄色い声でもてはやされておまけに可愛い子に言い寄られてちゃあ嫌でも慣れるか)

 日本の学校に一日だけだが登校したわたしは、その日の出来事を思い出してまた苦笑してしまう。空条くんも苦労してるんだなあ、なんて。そんな事を考えていると、いい加減嫌気がさしたのか、彼は女の子の首根っこを掴んでわたしの膝の上に乗せた。
 女の子は不服そうなものの、空条くんに言いくるめられて仕方なく、みたいな態度でわたしの膝の上に落ち着いた。なんだかホント、最初は結構仲良くできたのにどうしてこうなっちゃったんだろう。

「ラッキーってば年上なのに胸全然ないのね」
「自覚してるからそれだけは言わないで」

 言葉もかなり辛辣になった模様です。わたし達と別で旅をしていた間、彼女の身に一体なにがあったというのだろうか。子供なだけに、言動がストレートで胸に居たい。胸ぺったんこだけどさぁっ。
 横に座っている空条くんが、クックッとかみ殺したような笑声を上げるのでそちらを恨めしい気持ちで視線をぶつける。しかし、彼は視線に気づいている癖に素知らぬ顔で景色を眺め始めた。

(いつか絶対ぎゃふんって言わせてやるんだから)

 空条くんに「ぎゃふん」と言わせるどころか、一矢報いることすら至難の業だと思い出したのは、今から30秒のことだった。そう、わたしはいつだって彼に反撃しても倍の威力でカウンターを受けているのだった。


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