世界よ、逆流しろ


13-2



 一番近くに立っていた木の陰に入る。DIOが腰を下ろすのを見て新鮮な気持ちになりながら、幸子も彼の隣に座る。すると、DIOは体勢を変え、そうかと思えばゴロリと横になると幸子の膝の上に頭を乗せるではないか。所謂、膝枕という状況に、ポカンと目を丸くしながら幸子はDIOを見下ろした。

「え、な、え?」
「何を驚いているんだ。我々はこういう仲だろう」

 にやりと不敵な笑みを浮かべて彼は頭を動かすと幸子を正面から見上げる。そんな彼を見ていると、戸惑うことが馬鹿馬鹿しくなったのか、むっとした表情で彼女は口を開く。

「さも毎日膝枕なんてしているような発言しないでね。誤解を生むから」
「なんだ幸子、照れているのか?」
「そうですって言ったら?」
「フッ……カワイイ奴だ」
「もう……」

 じわりじわりと熱を持つ頬を冷ますためか、パタパタと意味もなく手で扇ぐ。その様子を、目を細めて愉快そうに下から眺めるDIOはご満悦だ。彼は、口元を緩めると長く大きな腕を彼女へと伸ばし、指先で頬に触れた。幸子は優しく愛でる様に撫ぜる彼の手つきに安心したような笑みを浮かべる。
 穏やかな時間が流れる中、DIOは赤い瞳で幸子の青い瞳を見つめたまま問う。
 ――今の旅は順調か――と。
 それは余裕の笑み。彼は決してジョースター家を侮ってはいない。寧ろ、危惧している。それは100年も前に彼を追い詰めた彼にとっての初めてのジョジョ、ジョナサン・ジョースターの存在が大きい。彼に余裕を感じるのは、彼が今の状況を楽しんでいるからだろう。
 そういった事を全て分かったうえで、幸子はため息を一つ吐くと少しだけ眉間に皺を寄せて諌めるような目で彼を見つめ返した。

「ぼちぼち……DIOの差し向ける部下がなかなか手ごわくてね。順調とは言い難いな」
「ほう……例えば、どんなことがあった? 詳しく聞きたい」
「スタンドの性質をもっと吟味したいって顔だね……そうやってわたしから情報を聞き出すのね」
「よく分かっているじゃあないか……お前たちのスタンド能力は全て筒抜けなのだから、今更教える必要はないさ」
「……はいはい」

 遠回しな気遣い。幸子はDIOの行為に複雑な心境になりながらもそれを受け入れた。

「まあ、まずはそうだね……《灰色の塔》かな、彼は――」

 一人ひとり、DIOの差し向けた刺客のことを思い出しながら語る。DIOは静かに紡がれる物語に耳を傾けた。

「次は《暗青の月》だね。彼に捕まったときは肝が冷えたよ。体勢が逆さまだったからスカートが捲れ上がって見えてしまうかと思っ――」
「見せたのか」
「え?」
「スカートの中」

 瞳の奥に何か黒い物が見えた気がした。彼の細められた赤は優しさが含まれておらず、微かに伺える怒り。

「そっそんなわけないじゃない。必死に阻止しました。見苦しいし恥ずかしいし」
「……そもそも、幸子、お前は過酷な旅の渦中にいるにも関わらずスカートの中に何も履いていないのはおかしい」
「……ぅえ?」

 凍てつくような美しさである彼の表情は、頗る機嫌が悪いことをありありと表していた。少々目元が引きつっており、眉間に皺が寄っている。
 何故彼の怒りを買ってしまったのか、幸子は心底分からない、といったふうに首を傾いだ。そんな彼女の後頭部に、逞しい腕をそっと回すとDIOは言い聞かせるかのように語り始めた。

「呆けるな。妙なところで鈍感な奴め。いいか、タイツでもなんでもいいから履け。素足を見せるな馬鹿者」
「な、なに。なんだか唐突に言葉に棘を持ち始めたというか辛辣というか」
「遠回しに言っても諭そうとしても貴様の脳にはこれっぽちも刻まれんからだ阿呆が」
「酷い!」

 酷い、酷い、とむくれる。しかし、そんな彼女のことなどお構いなしにDIOは話の続きを促した。それに反抗心がたつもここで言い争っても彼は適当に流すだけだと判断し、早々に諦める。

「DIOってば空条くんみたい」
「クウジョウ、とは……ジョータローのことか? ジョセフ・ジョースターの孫」
「ああ、うん……なんというか、こう、わたしを弄る感じが似てるっていうかなんというか。まあ、どちらかというと正反対だっていうイメージなんだけど……」
「……」
「あ、引きづりこまれた海でね、溺れそうになったんだけど……彼がまあ人工呼吸で助けてくれたっていうか、あーもう、思い出しただけでも恥ずかしいなあ」

 その時の光景を思い出しているのか、彼女はむすっとした顔で赤く熟れる頬を両手で押さえつける。どこか遠くを見つめるその瞳は、誰を思い浮かべ誰を見つめているのか。DIOには、否が応でも分かってしまった。先程まで彼女をからかってご機嫌であったが、途端に、見目麗しい顔の立派な眉を寄せて眉間に皺を作る。

「も、もうこの話はおしまいね。ええっと、どこまで話が進んでいたんだっけ……?」

 空条承太郎との人工呼吸話を早々に終わらせて、幸子は脱線しかけていた話を元に戻そうとする。未だにその頬は熱を帯びており、口元も必死に本来の表情を押し隠すようすぼめている。そんな彼女を見て、ますますDIOの表情に苛立ちが現れていく。
 数秒の思考の末、漸く話を思い出した幸子は、ぽん、と手を叩くと嬉しそうに膝にのるDIOの顔を覗き込んだ。

「そうそう、《暗青の月》のあとはオラウータンの――」

 幸子の言葉がそれ以上紡がれることはなかった。
 風とあおられた草木花が擦れあって立てるカサカサソウソウとした音だけが、二人の空間を支配した。
 しかし、彼女の聴覚と視覚を占領していたのは、美しい花畑でも風や草木の音ではなく――急接近したDIOの静かな息遣いと見目麗しい顔であった。
 いつもならば悲鳴を上げていただろう。しかし、それすらも出来ない理由があった。

(えっ……?)

 ぞっとするほど冷たく柔らかい感触が唇から伝わる。感覚はビリビリと彼女の脳を刺激して、思考を奪う。まるで生気を吸い取られるかのような感覚に、幸子は慌ててDIOの唇から逃れようとする。すると、すんなりとDIOは彼女を解放して起き上がると距離を取った。その表情は恍惚とした笑みだった。

「なっ、ななな何を!」
「ジョータローとはもうしたのだろう?」
「なっ、あれは死にかけたから仕方なくっ」

 カッと顔を赤らめる幸子は必死に否定した。ぶんぶんと左右に頭を振る彼女は絶対にDIOと目を合わせようとはしない。そんな初心な彼女に彼はクツクツと笑みを噛みしめると徐に手を伸ばした。そのしなやかな指は赤みを帯びる彼女の頬の上を滑る。びくり、と彼女は肩を震わせて息を呑んだ。

(訳が分からないわっ……追い出して殺そうとしたと思えば生け捕りにしてこいだなんてっ! おっおまけに、キ、きききキスまで! どこまで傍若無人なの!?)

 口に手の甲を当ててDIOとの壁をつくりつつ、幸子は混乱する脳内を懸命に整理しようと試みた。しかし、DIOは大きな手で彼女の手首を掴み、大した力も入れずに容易になけなしの壁を突破してくる。更に、だんだんと顔を近づけてくる彼に、幸子は目をカッとひらいて顔を左右に振った。

「ままま待って、やめてってば」
「つれない奴だな、相変わらず」
「にっ日本の淑女はそう易々と許可したりしないの」

 やれやれ、と肩を竦めるDIOを恨めしそうな目を向ける。すると、その視線に気づいた彼はニヤリと笑った。

「遺憾ながら、ここは現実ではないから先程のキスはただの夢で終わる」
「あ、そっか」

 唇を奪われた瞬間、何かを失ったような気がして酷く動揺してしまった。しかし、ここが現実ではなく夢であることを思い出して「よかった」と安心してしまったのだ――まあ言わねばばれないし。

(……あれ?)
「残念かい?」
「えっ、まさか」
「奪いに行こうか?」
「遠慮しておく。それにわたしの方から会いに行くから来ないで」
「ククッ、そうか……お前の方から会いに来るか」

 クックッと嬉しそうな顔をするDIOにモヤモヤする感情を抱いた。どうして嬉しそうな顔をするのか、彼女は理解できなかったからである。そして――

(誰にばれると困ると思ったの?)

 はて、と首を傾ぐ。
 キスをしてしまった事が誰にバレてしまうと困るのだろう。ジョセフか、アヴドゥルか、ポルナレフか、花京院か……承太郎か?

(いやいやいや、まさかまさか)

 どうせ知られても「はーんふーん」みたいな気のない返事してどうでもいいみたいな反応を返されるのが落ちだ。気にも留めて貰えない筈だ。……そう考えると、なんだか腹が立った。

(くっそぉ、女の敵めぇ……)

 う゛ーと唸り始めた幸子を、DIOは不思議そうに眺めた。


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