世界よ、逆流しろ


13-1



〜第13話〜
不思議な再会



(ジョースターさん、大丈夫かな)

 ひとり、ホテルのロビーにあるソファで天井とホテルの出入り口を交互に眺めながら幸子は思った――

 つい数分前、ジョースター一行はバスに乗ってカルカッタから聖地ベナレスへと移動していた。日本のように綺麗に舗装されていないため、凸凹道を勢いよく走るバス内ではゴットンゴットンと揺れていた。そんなバス内でジョースター一行はホル・ホースに騙されている哀れな女ネーナに説教をしていた(ポルナレフだけだが)。
 途中で遭遇した修行者の荒行に驚きつつ、アヴドゥルの影響でお節介となったポルナレフの説教をBGMにぼうっと窓の外を見ていると、不意に彼女の耳に届いたのは承太郎の声。どうやら彼は隣に座るジョセフの様子がおかしいと感じて声をかけたようだった。
 ジョセフは蚊に刺された腕が悪化していたらしく、小さく腫れていた部分がデキモノのように膨れ上がってゴツゴツとしていた。ソレを見た瞬間、異様な不安を幸子は抱く。花京院が医者に見せた方がいいと心配する横でポルナレフはのん気に『人の顔に見える』だなんて茶化して見せた。
 花京院と同じくジョセフのことを心配していた幸子は、ポルナレフの発言に眉をひそめて不機嫌だという顔をする。そして、白い小さな手でポルナレフの太ももを抓った。

「な、なんだよ?」
「ポルナレフなんかべーっだ」

 見事に鍛え上げられたポルナレフの太ももは筋肉で、摘まめるような肉などほとんどなかった。悔しくてなけなしにアッカンペーのポーズをとると何故か彼に頭を撫でられる。でれでれとした顔は余りにもだらしなく、見ていて毒気を抜かれてしまうようだった。
 解せぬ。そうは思いつつも頭を撫でられることが嫌いではないのか、彼女はそのまま大人しくなった。
 暫くして、一行は適当なホテルを見つけるとそこで一度荷物を置き、ジョセフは病院へ、ポルナレフはネーナを連れて出て行った。
 残された幸子、承太郎、花京院は各々行動を始めた。他男子二人のことは知らないが、彼女はこうして心配になってジョセフが早く帰って来ることを願いながらホテルのロビーにて待っている。さながら忠犬ハチ公だ。

 ――そうして、現在に至る。
 幸子の頭の中は、今ジョセフのことでいっぱいである。ついて行きたかったのだが、ジョセフが子供じゃあるまいし大丈夫だと明るく笑って断るものだから断念せざるを得なかったのだ。
 しょぼくれながらもジョセフの帰りを健気に待つ。なんとなく、外が騒がしいので余計に不安をかき立てられた。
 やはり、行った方が良いのかもしれない。そう思って立ち上がろうとしたその時だった。急に影が濃くなった。横を見て確かめる前に、ソファがぼふん、と音をたて、その衝撃で幸子の体が数ミリ浮いた。落ち着いたころにもう一度横を確かめれば、そこに居たのは長い脚を尊大に開けて背もたれに大きな背を預けながら腕を組み真正面を睨むようにして構える空条承太郎がいた。余りのその威圧感にゴクリと息をのむと、不意に視線が絡み合う。

「あ、えっと……空条くん?」
「おう」

 長い学ランに洒落た学帽を被った番長雰囲気の長身の男など空条承太郎以外に当てはまる人物などそうそう居ないにも関わらず、幸子が思わず尋ねたのは彼の放つ威圧感に思考回路が少々狂ってしまったということにしよう。
 なぜ、承太郎が隣に座っているのか不思議に思ったのか、幸子は続けて尋ねた。

「か、花京院くんは?」
「部屋で休んでるぜ」
「そっか……空条くんは休まなくていいの?」
「今休んでる」
「そ、そうだね」
「おめーは休まなくていいのか」
「わたしも今休んでる、よっ」
「そうだな」

 ロビーの玄関から視線をそらすことなく、フッと彼は笑みをこぼした。その所為か定かではないが、女性従業員がかすかな悲鳴と共に手元にあったペンとファインダーを落とした。

(空条くんも、柔らかい微笑とか浮かべたりするんだ)

 珍しい承太郎の表情に、ぽへーっとした表情で見つめる。すると、再び視線が合った。

「じじいが心配か」
「うん」

 静かに、頷いた。

「わたし……アヴドゥルさんだけじゃなくてジョースターさんまで死んじゃうのかと思うと、怖くて、怖くて、たまらなくて……」

 ぽつり、ぽつりと弱音を吐く。たかだか蚊一匹に刺されて少し悪化した虫刺されに対して一体どれほど危惧しているのか。そう馬鹿にする者はこの場に一人もいない。承太郎も、呆れて吐き捨てることをしない。
 弱音を言うつもりはなかった。しかし、口が勝手に動いた。
 隣にいるのが花京院やポルナレフでも絶対に口にせずに曖昧に笑って終わらせようとしただろう。けれど、今いる空条承太郎には、彼の前では、隠していることが出来なかった。全てを見透かしているような緑の混じる蒼い瞳が、そうさせているのかもしれない。

「アヴドゥルさんを失っただけで、身体が切り刻まれたかのように苦しくなるのに、ジョースターさんまでって思うと……怖い、怖いよ……」

 辛い辛いエジプトへの旅。怖い不安だ苦しいと言いながら、それでも彼女は旅を止めないのだろう。エジプトの砂漠と刺客を乗り越えたその先に待つ男に会うまでは。

「……あいつは若いころにいくつもの死線を乗り越えてきたと言う……大丈夫だ」

 酷く落ち着いた声であった。その声音に、幸子の腹の中で渦巻く焦燥と恐怖が、濁流に流されるかのようにはけていく。残ったのは一抹の不安と妙な落ち着きだった。
 不思議な感覚だった。不安なのに、不安じゃない。相反する二つの感情が同居していた。

「空条くんが大丈夫っていうと、なんだかそうなる気がしてホッとするよ」
「単純な奴だなお前」
「ひ、ひどい……まあ、否定は……出来ないかな。うん、わたし物凄くシンプル」
「カタカナでかっこよく決めても意味は変わらないぞ。単純鈍感」
「わたしだってかっこつけた……ん? ちょっとおかしい何か別のものが付随してきたよ気のせい?」
「どうだろうな単純鈍感マヌケ」
「どんどん長くなってるゥー! もはやただの悪口ー!」
「喧しいぜ。単純鈍感マヌケぺったんこ」
「最後の一番気にしてること言われた! 許さん!」

 横の承太郎に飛び掛かりなけなしに帽子を奪おうとこころみるが、悲しきかな、腕の長さ(リーチの差)によって回避されてしまう。更には幸子の顔を頬を挟むようにムズと掴んで彼はぐいぐいと後方へと押しやろうとするではないか。おかげで幸子の首は大変仰け反って鈍い痛みを訴える。

「痛い痛い容赦ない空条くん手加減、手加減を所望しますッ」
「先に仕掛けてきたのはテメーだぜ。だめだね」
「それは空条くんがわたしのコンプレックスを平然と言ってのけるからさッ」
「そこに痺れたか」
「憧れるゥ!……ってそんな馬鹿な!」
「花京院がトランプで遊びたがってる。行くぞ」
「あれ、聞いてない。唐突に無視されたよわたし虚しいっ。そして決定事項なんだね」

 顔を押さえつけることを止めた承太郎は、今度は幸子の腕を掴んで立ち上がらせると、開いた手をポケットに突っ込んで歩き出す。広い背を彼女に向けてのっしのっしと歩き出すその姿はどこかジョセフと重なるものがある。やはり、家族なのだなあと幸子は思った。

(パパ、ママ……わたし、友達と精一杯頑張るよ。みんなが幸せになれるように)

 あいている手できゅっと拳を作り胸に当てる。トクントクンといつもよりほんの少しだけ早い心臓の鼓動は、あまり落ち着かないがどこか心地よい。
 武骨な手に握られる己の腕を眺めたのち、見上げてみたのは承太郎の凛々しい横顔。普通にしているだけでも凛とした雰囲気と重厚な威圧感を持つ彼は、どこかの漫画の世界からやってきたヒーローのようであった。

(いいなぁ、素敵だなぁ)

 自分も彼のようになりたい。
 たとえ、その願いが叶わなくとも、彼の友人として恥ずかしくないような、立派な人間になりたい。
 小さな小さな幸子の願い。


 * * *


 走る。追いかける。逃げられる。
 叫ぶ。追いかける。止まる。
 手を伸ばす。逃げられる。追いかける。
 何度繰り返したことだろう。いつも直前になって逃してしまう。
 今度こそと思えばいつの間にか眠りから覚めて『夢』からさめてしまう。
 その前に、この『謎』を解き明かしたい。
 ジョースター家ほどではないが、『自分』にも大きな好奇心があった。止められない、好奇心が。
 お願いだ、頼む、どうか、どうか――

「つかまって!」

 そう叫ぶと同時に、ピタリと動きを止める。その光に手を伸ばすと、ついに、触れた。
 熱いと思えばそんなことはなく、逆に氷よりも冷たかった。余りの冷たさに身を焼かれるような思いをしても、それでも手を放す事はなかった。
 ――気が付けば、光に覆われていた。
 まばゆい光は段々と収束してゆき、辺りを見回せるようになったころには、いつもの暗く闇一色だった空間はいつの間にか穏やかな花畑の広がる大地へと変わっていた。空は晴天で探せばところどころに高い木が見える。色とりどりの小鳥が天空を舞いながら囀り、心地よい風が頬を撫でる。

「え……」

 春の草原、桃源郷、そんな言葉がピッタリな穏やかで心地よい空間のなかで、唯一、この場には見合わないモノを見た。いや、モノではない。男である。

「DIO……?」

 そんなに大きく言を発したつもりはなかった。けれど、澄み切った空間に、彼女のつぶやきはよく震えた。呼ばれた男はピクリと肩を震わせるとゆっくりと振り返る。
 初めて出会ったころと同じ、配色の殆どが黄色で透き通るような白い肌をもつ、真っ赤な目の男。


「幸子か」
「ど、して……だって、貴方は太陽の下には」
「ふむ、吸血鬼は太陽の下では生きられん。ならば、あれは太陽ではないということ」
「あ、え?」
「もっとも、今のお前とわたしとじゃ会うことすらできん。ここは現実ではない。『夢現』の幻想だ」
「あ……」

 現状を理解した途端、酷い孤独を感じた。胸にぽっかりと虚空を作られたようだ。

「わたし、DIOの夢を見るほど会いたいって思ってるのかな」
「ああそうだ。でなきゃこんな奇跡じみたこと起こらん」
「きせき?」

 ぽかん、とDIOを見上げると、彼はニヤリと笑う。とても、面白そうに愉快層そうに楽しそうに笑う。

「わたしにはもう一つの《スタンド能力》を持っている……《ハーミット・パープル》」
「え、な……それ」
「ジョセフ・ジョースターと同じものだ。能力もな。まあそれはいい」

 いいのか、という突っ込みはこの際なしである。
 DIOは話を続けた。

「この念写の能力でお前たち一行の様子でも見ようとしたのだが、今夜は何故か上手く念写できなくてな。まだ眠気もあったので再び横になりながら能力をつかっていたら、こんなことになった、と言う訳だ」

 つまり、DIOの気まぐれと偶然が引き起こした奇跡、ということである。喜んでいいやら悪いやら、だ。

「そう……あの、DIO、わたし」
「まて、ここじゃなんだ。向こうの木陰で話そう」
「……うん」

 太陽の光を浴びるDIOを眺めながら話してもみたかった、なんて言えば怒るだろうか。
 幸子は苦笑してDIOの後を追った。


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