世界よ、逆流しろ


小さな太陽



 小さな窓わきに立つ少女の後ろ姿を見つけて近づく。こちらに気づく様子もなく、ただただ眺めている彼女の横顔が黒髪が揺らめくと共にチラリと見えた時、ジョセフ・ジョースターは思わず足を止めた。
 日の光を受けて複雑に乱反射する海面は、時折金色にも見える。それを見つめる彼女の深い青の瞳は切なげに揺れていた。
 桃色の唇をきゅっと結んで眉間には数本の皺を作っている。無意識か、彼女は悔しげに拳を握っている。
 黒髪の少女の名はラッキー・フランクフルト。本名を戸軽幸子という。
 彼女の思う人物を敏いジョセフが気づかぬわけがなかった。彼の脳裏に、愉快気に笑ってさげすむような冷たく赤い瞳を持つ男の像が浮かび上がったとき、激しい怒りと酷い嫌悪感が胸を占めた。
 なんとしても、救ってやりたい。冷酷な吸血鬼DIOの呪縛から、解き放ってやらねば――介護欲がかられた。
 ジョセフは、激情を抑え込むと幸子に呼びかける。そろそろ救助が来たから準備をしよう、と。すると、窓の外へ視線を投げていた幸子は直ぐにジョセフを振り返ると薄く笑い、頷いた。

「ジョースターさん」
「ん?」

 幸子は、ほんの少し首を傾ぎながらジョセフを見上げる。その仕草は可愛らしいものだった。なにかお願いごとだろうか、とジョセフは思ったが、彼女の次の言葉は彼の予想斜め上を行っていた。

「DIOは吸血鬼ですから、太陽の光でしか倒せないんですよね?」
「うむ。そうじゃな」

 思い返してみれば、窓の外にある黄金を見て彼女がDIOを思い出さない訳がなかった。その《思い出》から話題が、DIOについてのことも。
 ああ、やはりまだ囚われの身なのだろう。体ではなく、心が――ジョセフが密かに気遣わしげな視線を送る。しかし、次に彼は驚くこととなる。

「太陽光でしか倒せないDIOの一部である肉の芽を、ジョースターさんは倒して見せました……あの《呼吸法》は、一体なんなのですか?」

 不思議そうな表情で尋ねる幸子の青い瞳は好奇心で爛々と輝いており、まるで宝石のようである。彼女は、あろうことかDIOを倒す方法を聞いている。
 ――彼女は、思った以上に強い子なのかもしれない――
 ジョセフは思った。
 幸子に《波紋法》のことを教えれば、好奇心で輝いていた瞳は更に光を増して輝く。不思議なものに対しての恐怖よりも、彼女は好奇心の方が大きいようだ。キラキラと尊敬のまなざしはとても心地よく、ジョセフは若かりし頃に対峙した《柱の男》について仄めかすとさらに幸子は驚いた表情をした。

「どこまで本当のことやら」

 不機嫌で低く唸るような声が聞こえたのは、その時だった。
 声は承太郎のもので、いつもは無表情な顔も剣呑な雰囲気をもつ面持ちでいる。彼が《波紋法》の存在を否定してきた時、ジョセフ自身でも分からない程に怒りが爆発した――これは憶測だが、おそらく彼が《波紋》を通じて得た今は亡き相棒《シーザー・A・ツェペリ》の存在が大きく関係しているだろう――。
 孫に詰め寄りその胸倉をつかむと壁に叩きつける。慌てた幸子が背にしがみ付いて止めようと踏ん張ってはいるものの、彼女の柔な力では鍛え抜かれたジョセフの肉体に太刀打ちできるわけもなくただ引っ付いているだけにすぎない。

「撤回せい承太郎!」
「いやだね」
「ふっ二人ともやめて下さいこんな狭い場所でっ! あなた方が暴れたら飛行機が大破します!」
「いや、そりゃ言い過ぎだぜラッキー」
「承太郎、貴様話をそらそうとしてもそうはいかんぞッ」

 花京院とアヴドゥルが駆け付け、漸く騒ぎが沈下した。
 ささくれ立った気持ちを抱えながら、ジョセフは、幸子の横で救助の番を待っていた。
 一人、また一人と飛び込んでついに幸子の番が来た。そのとき、ふとジョセフは閃いた。彼の《負けず嫌い》なジョースターの血がムクムクと騒ぐ中、海に飛び込もうとした幸子を呼び止めると彼女をひょいと抱き上げた。突然のお姫様抱っこに驚愕する幸子をよそに、ジョセフは《波紋の呼吸》をする。そして、腕の中に居る少女を怖がらせないようにゆっくりと海面へと踏み出した。
 海の上を歩いている状況に、幸子だけでなく周りにいる人間も驚く。SPW財団の仕事が増えるやもしれないが、今はそんなこと関係ないらしい。どこからか、先に逝った筈の育ての親的人物の呆れ声が聞こえて来そうだ。
 最初は恐々としていた幸子も、だんだんと楽しくなってきたのか、ジョセフの腕の中ではしゃぎ始める。嬉しそうに「海の上をあるいてるー! メルヘンだファンタジーだ!」と喜んでいた。なかなか見ることのない彼女の破顔一笑に、ジョセフの気分もうなぎ上りだ。

「全く、ラッキーはこんなにも愛嬌があるのに、どうしてうちの孫はあんなにも無愛想なんじゃ」
「でもわたし、空条君に愛嬌があったら逆に怖いって思いますよ」

 ジョセフの逞しい首にしがみ付きながら幸子は言った。

「そうか?……まあ、わしは可愛い時代の承太郎を知っとるからのぉ〜」
「可愛い時代……と言いますと小さい頃ということですか?」
「そうじゃよ。小さい頃はあんなに無愛想で愛嬌のない奴じゃあなかったんじゃよ。日本に遊びに来て帰りの際には『おじいちゃん行かないでぇ〜』と何度泣きつかれたことか……」
「かっ可愛い、可愛いですねそれは。空条君が小さい頃はきっと小さくて顔も可愛らしかったんでしょうね。なんたって聖子さんの息子ですもん」

 何か想像したのか、ほんのりと頬を朱に染めて海のように透き通るような青い瞳を輝かせて口元と両手で覆った。しかし、零れる笑いは止められずにいる。

「むっ、わしは? わしだってまだまだキャワイイぞ?」
「ジョースターさんはカッコイイんです」
「むふふ〜、そうじゃろうそうじゃろう。このジョセフ・ジョースター……年老いてますますワイルドセクシーになっていくんじゃからのぉ〜」
「ふふふ」

 くすくすと含み笑いを止めない幸子と、そんな彼女の反応に気をよくして更に会話――八割がた承太郎の幼少時代――を展開するジョセフ。それを海上で繰り広げるものだから、ボートの上にいる承太郎本人は気が気ではなかった。

「好き放題言っているが……」
「止めなくていいのかJOJO?」

 アヴドゥルと花京院が気遣うように問う。彼らの視線を向けられた承太郎は、口をへの字に曲げて帽子の鍔を下げると「めんどくせぇ」の一言。
 ちらりと彼は祖父とその逞しい腕に抱き上げられる少女を一瞥して一言――

「やれやれだぜ」

――と呟くのだった。





――――
あとがき

 ジョセフとほのぼのと言うお話でしたが……。
 お姫様抱っこされたときの話が少し言葉足らずのようでしたので、夢主の目線以外で少し話の拡張という感じにさせていただきました。
 ジョセフ相手ならばいくらでも素直になれる夢主です。

 そら様、このような感じになりましたが、よろしければ受け取って下さいませ!
 リクエストありがとうございました!



更新日 2013.09.30(Mon)

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