世界よ、逆流しろ


11-4



 花京院、ポルナレフ、幸子の三人は、ケーブルカー乗り場へ向かった。すると、見覚えのある人影を発見する。小さな少女だ。なにやら焦った様子で電話をしている。近くに承太郎はいなかった。気が動転しているようにも見える少女に、幸子を《法皇の緑》で担ぐ花京院と、ポルナレフは駆け寄る。声をかけると、少女は花京院を見て目を向いた。
 どうやら、彼女の支離滅裂な会話から察するに、承太郎と彼女について行った花京院は予想通り偽物であり、承太郎よりも高身長な男だったとか。口は汚らしく粗暴で、承太郎を挑発して来たそうだ。二人はケーブルカーに乗り込んで闘いを繰り広げていたらしいが、承太郎は劣勢だったのか直ぐに飛び降りたらしい。直ぐにまた、別のケーブルカーに飛び乗っていったらしいが――

「あっ、JOJOが海へ落ちたわっ!」

 今まさに、承太郎がケーブルカーから何かと共に海へと落ちていくのが見えた。ソレを見た、幸子の行動は早かった。

「ポルナレフ、君は女の子についていて! 花京院くんと私で空条くんのサポートに向かうっ」
「はっ!? 何言ってやがんだお前ッ、怪我人だろ!?」
「女の子にもしものことがあったら不味いし、わたしは空条くんの怪我を直す役目があるのっ!」
「ぼくはこのお転婆さんを連れて行く役目がある」
「お、お前らなァ〜〜っ」

 拳を握りしめて口の端を引くつかせるポルナレフ。しかし、そんな彼を構ってはいられん、と花京院はすぐさま走り出した。人の目を集めているものの、もう現状に慣れたのかそれとも承太郎のことが気がかりなのか、幸子は恥ずかしさを忘れていた。
 人ごみをかき分けながら走ること約五分――腰まで海に浸かった承太郎と、もう一人、彼よりも大柄な男が見えてきた。ただ、男の方は承太郎の《星の白金》が高速で繰り出すオラオラのラッシュによって既にノックダウンさせられていた。顔面はボロボロで見るも無残な姿だ。彼の何が承太郎の怒りに触れたのか。幸子は《法皇の緑》の腕の中で微かに震えた。

「JOJO!」
「空条くん!」

 二人で彼の名を呼び駆け寄れば、海から上がった承太郎が二人の存在に気づく。びっしょりと海水に頭から濡れている承太郎は、とても動き難そうであった。

「なんだそのザマは」

 開口一番、承太郎は幸子の状態を指さして言った。その事で、漸く羞恥心が戻ってきたのか、指摘された本人は顔を赤くした。そんな彼女の代わりに花京院が説明をする。すると、承太郎は呆れたようなため息をついて、一言。

「アホか」
「ひどっ! なにそれッ、理不尽ッ」
「そもそも15秒っつー間に治せるような状態じゃあねーだろ」
「……ご、ごもっともです」

 ぐうの声もでないのか、《法皇の緑》の触手の中で幸子は口をへの字にした。彼女の表情を見て、承太郎と花京院が「表情が豊かになったもんだ」と思っているとも知らず、不服そうな申し訳なさそうな顔に表情を変化させていった。
 三人は、このまま列車の切符を買いに行くことになった。上にはポルナレフと少女が待っているので、一度合流してからとなる。

「ちょっと待って花京院くん、まさかこのまま行くつもりじゃないよね」

 歩き出そうとした二人を引き留めたのは幸子の声。彼女は未だに《法皇の緑》の触手によって糸巻状態のようにされて担がれていた。流石に下ろしてほしいのか、幸子は上から花京院を見下ろす。すると、彼はきょとん、とした顔で「ああ」と頷いた。

「こっちの方が楽だからそのままでいんじゃあないかな」
「冗談でしょうっ」
「わりと本気」
「やめて、恥ずかしいから。ほんと目立っ……ぶぐっ」

 突如、幸子は口を両側から押しつぶされる。承太郎の武骨な手だった。彼の大きな片手が彼女の頬を挟むようにして圧迫する。無表情な彼が幸子を見下ろしながら、何が楽しいのか強弱をつけてぐりぐりといじくる。

「なっ、なにをするだーッ!」
「噛んだな」
「そこは指摘したら可哀想だよJOJO」
「二人とも酷いよ」

 振り払おうにも、触手のお蔭で首は回らず、体も動かず。潰そうとしてくるので反対に頬をふくらますと余計に力を入れられて結局潰される。

「変な顔だな」
「うぶぶっ、誰の所為だ誰のっ! いいかげん、離して、二人ともッ!」
「ラッキーって反応が面白いから苛めたくなるよね」
「なにその加虐心コワッ、怖いよ君!」
「分からなくもねーな」
「え、どっちのこと? 怖い方? 苛める方?」
「どっちだと思うよ?」
「聞かないほうが良い気がしてきたわ」

 結局、《法皇の緑》に担がれたままポルナレフの待つ場所へと向かった。

(あれ、なんだかデジャヴ……)

 遠い目をして幸子は彼方を見つめるのだった。


 翌日――
 列車に乗り、一行はインドへと向かった。少女とは、気づけばどこかに消えていたのでまともな別れが出来ず、幸子は少し心残りであった。
 ポルナレフが、彼女のことをどうも胡散臭いと語る横で、幸子はデザートをパクリ、パクリと味わいながら食していた。

「JOJO、がっつくようですまないが、そのチェリーを食わないならぼくにくれないか? 好物なんだ」
「ん? ああ」

 頷くと、花京院は嬉々としながら承太郎の皿に乗っていたチェリーを一つとってパクリと食べた。そして、景色を眺めながら、なんとその口に含んだチェリーを舌の先で器用に転がし始めたではないか。レロレロレロレロとよく落ちないなと感心してしまうほどに器用にチェリーを弄ぶ。
 その光景を見ていた承太郎は、嫌なものでも思い出したのか、眉間に皺を寄せて「やれやれだぜ」と呟いた。


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