世界よ、逆流しろ


11-3



「本当にごめんなさい……」

 いつもは健康的な白色の肌をしている幸子だったが、今は首まで顔を真っ赤にし、その情けない表情をした 顔をピンク色をした手で覆い隠していた。くぐもった声で絞り出された謝罪は、左頬に見事な紅葉を作ったポルナレフに向けられている。謝罪された方の彼は泣き笑い顔で乾いた笑声を漏らしていた。どうやら相当ショックなようである。
 腹の傷はしっかりと手当された――アヴドゥルとジョセフは「女の子なのに……」と嘆いた――ため、傷痕が残ることなく治るだろう。

「《エボニー・デビル》と戦ったあとだったのに助けに来てくれた人に向かってわたし、本当に、なんてこと……うう、ごめんなさい……」
「仕方ないさラッキー、調子に乗った奴が悪い」
「おい花京院!」
「うむ、花京院のいう通りじゃ。男性不審のけがある女の子に迫ったお前が悪い」

 養豚場の豚を見るような目の花京院の意見に、ジョセフ、アヴドゥルまでもがうんうんと頷く。ポルナレフの心はもうボロボロだ。承太郎は、呆れたようにため息をついて「やれやれだぜ」といつもの口癖を呟く。
 精神攻撃を受けたダメージがありありと顔に出ているポルナレフを放って置いて、未だ赤い顔を覆い隠す幸子の肩にぽん、と花京院は手を置くと部屋に戻るよう促す。女の子を安心させるように、と言うと、その事で立ち直ったのか幸子は漸く顔を上げて頷いた。顔はまだ少し赤いものの、もう大丈夫だろう。

「なんで花京院は平気で、おれはダメなんだよォ!」
「ぼくはラッキーに信用されているからな」
「おい、その口ぶりは完璧おれは信用されてねーってことじゃあねーか!」
「実際そうだからしかたない」
「うぐっ……」

 部屋へと入って行った幸子を見送ったのち、ポルナレフは不平不満をぶちまけたがそれは誰にも回収される事無く一蹴されてしまった。しょんぼりとポルナレフが肩を落とす中、おせっかい焼きのアヴドゥルが肩を叩いて「まあ少しずつ慣れて貰うしかないさ」と言う。地道に努力するのはポルナレフの性に合わないのだが、こればかりはどうしようもないと悟ったのか、珍しく素直に頷いた。

「じいさん、旅の荷物の買い出しに行くとき、ラッキーとおれを組ませてくれ……」

 じっと、幸子のいる部屋の扉を見つめながら静かにポルナレフは言った。そこで、名誉挽回をしたいらしい。幸子は今、腹に傷を抱えている。それでも彼女ならば行くと言うだろう。女の子に必要な買い物もあるだろうし、何より彼女は自分だけジッとできないと言い出す。だからこそ、傷を抱えた彼女をエスコートしたいらしい。今度はもう、怖がらせないと騎士道にかけて約束すると宣言した。その青い瞳は真剣そのもので、冗談も下心も含まれておらず、ただ、一人の少女に恐怖心を与えてしまったという事への謝罪の念が込められていた。流石は騎士道精神を重んじ貫く男である。
 彼の覚悟と心意気をくみ取ったジョセフは、うむ、と頷いた。ただ、幸子本人がいいのなら、という条件付きである。

「承太郎と花京院は列車かバスの調達を頼む」
「おう」
「分かりました」

 一時、彼らは解散した。その後、移動手段確保を任された承太郎と花京院は、女の子が一緒に行きたいということでシンガポールの町を楽しみながら向かうこととなった。
 買い出し組も、無事ポルナレフが幸子と共に向かうことになったのだった。


 * * *


 女の子が浮かれながら部屋を飛び出して行ったのち、ポルナレフが来る前に出かける支度を始める幸子。傷があるから休んでいても構わないと言われたが、彼女自身としては、少しでも役に立つことがしたいので行きたいと逆に申し出た。ポルナレフと一緒だと言われた時は少々表情筋をこわばらせたが、彼の真摯な瞳と紳士な態度に、罪悪感を抱いたのか、それとも安心したのか。緊張した雰囲気は抜け切れないものの、幾分か緩和させて頷いた。
 必要な物をメモ帳に書きだして、ジョセフに渡されたお金の入った袋ともう一つのメモ書きと一緒に鞄の中へと詰め込んだ。

「ん?」

 ふと、なんとなく窓へと視線を移すと、外に承太郎の姿が見えた。近くには花京院と、小さな女の子の姿もある。引きずられるようにしている承太郎の姿に微笑ましく思いながら、幸子は鞄を肩にかけた。すると、同時にコンコンというノック音が聞こえてきた。

「どうぞー」

 声をかけると、ドアノブが回され扉が開く。入って来たのはポルナレフだった。

「タイミングばっちりだね。丁度準備できたところだよ」
「だろー? おれって空気よめる男なんだぜ」

 グッと親指を立てて得意げな表情を浮かべる。それがどこかツボにはまったのか、クスクスと幸子は笑った。彼女の柔和な笑みを見て、ポルナレフも安心したのか、一度安堵のため息をつく。そして、一国の姫に仕える騎士のように恭しく彼女の手を取ると頭(こうべ)を垂れながらゆっくりと扉を広く開いた。

「足もとにご注意ください、御嬢さん」
「ぽ、ポルナレフ……別にそこまでしなくてもいいって」
「なぁに言ってんだよ。腹に重傷抱えてる癖に。これくらいさせてくれ……ま、おれの顔にでっかい手痕をつける元気があるなら必要なさそうだけどな」
「そのことはゴメンって……本当に、気が動転してて周りが全然見えなかったの」
「わーってるって」

 意地悪く笑うのだが、すぐに優しい笑みを浮かべる。彼はいくつだ、と尋ねた。承太郎や花京院と同じ17歳であることを伝えると、予想通りだと不敵に笑う。
 二人は部屋を出て、ゆっくりと廊下を歩くとホテルから出た。市場などにくり出て二人は頼まれた買い物をする。時折、面白そうな商品が置いてある店に足を運んでそこを物色してみたり、腹の傷を考慮して休んだりと二人はそこそこ楽しい買い物をしていた。少し暑いので、幸子はポルナレフにアイスを買ってもらうと美味しそうに食べる。味はイチゴチョコチップだ。ポルナレフの方は無難にバニラ味。彼の髪の毛の色に似ていてこっそり幸子は笑った。
 どこぞの店主に恋人かとからかわれて全力で首を振るとポルナレフに落胆されたり、犬を見つけて二人で可愛いがったり、兎に角彼らは買い物を楽しんでいた。

「ありがとう、ポルナレフ」

 荷物を軽々と逞しい片腕で担ぐと、ポルナレフは石段をのぼろうとする幸子に手を貸した。彼は尋ねる「俺には慣れたかい」。幸子は、苦笑いしながら、「初めて会った時よりは」と返した。

「じゃあゆっくり待つぜ」

 ポルナレフにしては珍しく気長な意見だった。ソレに安心したのか、幸子は頷き、笑う。
 暫くして買った荷物をホテルに預けにやってきた二人は、各々の部屋に荷物を置くとホテル待機組のジョセフとアヴドゥルのもとへと向かった。彼らに報告するのだ。

「あれ?」

 幸子は、己の数メートル先を見て止まった。会話を楽しんでいたポルナレフも、不思議に思って足を止めて彼女の見つめる先を見た。

「花京院じゃあねーか」

 そう、承太郎と少女とともに、明日ドイツへ向かう為にシンガポールの列車の切符を調達しようと向かっていた筈の花京院典明がそこに立っていた。不思議に思って話しかけると、彼は少し落ち込んだ顔で承太郎はいないかと尋ねて来た。彼の口ぶりに若干の違和感を感じながら首を振ってもう出かけていることを伝えると、ますます悲しげな表情を浮かべた。
 なんと花京院、承太郎と少女とここで集合なのだが、なぜか現れなかったらしい。しょぼん、と悲しげにしている彼を見て、ポルナレフは今朝のこともあってか、からかおうとしている。それを幸子は手で制し、花京院に歩み寄ると、彼の手を両手で力強く握った。

「花京院くん、一緒にお出かけしよう!」
「ジョースターさんへの連絡はどうすんだよ」
「あとでも大丈夫だよきっと」

 幸子は右手で花京院の手を、左手でポルナレフの手を掴むと二人を引っ張って歩き出す。女と男では力の差があるものの、彼女の凄味に気圧されてか、二人はなすすべなく足を縺れさせながら引っ張られていく。しかし、彼女の腹の傷を気遣ってか、二人は直ぐに自分の意思で歩く。
 男二人を伴って、彼女はホテルを再び出る。向かった先は、ポルナレフと二人で行った方向とはまた違う所だった。特にゆく当てはないが、幸子は彼女なりに花京院を励まそうとしているのである。そんな彼女の心遣いが分かったのか、ポルナレフは何も言わず、暗い表情だった花京院も微笑む。
 三人は談笑を楽しみながら町を闊歩する。広場にくると、燦々と降り注ぐ太陽の光がアスファルトに反射し、いっそう眩しく景色が映る。じわじわと暑さが三人を包んだ。
 売店を見つけ、そこでココナッツジュースなるものを3つ購入する。カラカラな喉に、ココナッツの甘さが沁みる。

「あれ、兄ちゃん今度は別の人と来たんかい」
「え?」

 売店の男は、花京院を指して言っているが、勿論花京院はここに来るのは初めてである。戸惑いながら、誰と来ていたか尋ねると、男は不思議そうな顔をしながらも答える。兄ちゃんよりも高身長で帽子を被った男ととても小さな少女。三人は、咄嗟に承太郎と密航少女を思い浮かべた。

「にしても兄ちゃん、あん時とまた雰囲気違うねぇ〜。あの二人と来てた時はマジにヤバい雰囲気醸し出してたっつーか、財布すった野郎に対しての制裁がどぎつかったっつーか
「……か、花京院くん」
「……ぼっ僕にそんな憶えはないぞ」

 嫌な汗が三人の背筋を伝う。三人は、顔を見合わせる。

「わたし、実は花京院くんが空条くんと女の子と三人でホテルを出るところを見たの」
「……ま、まさか、お前、花京院の偽物か!?」

 ポルナレフは咄嗟に《銀の戦車》を出して幸子を庇うように構えるが、幸子が彼の腕を掴んで止めるように言う。花京院は、《法皇の緑》を構えていた。

「逆っ、逆だよポルナレフッ、こっちが本物で向こうにいるのが偽物だよ」
「な、なんでそんなこと言いきれる!」
「だって、わたしの知ってる花京院くんは輪を態々乱すようなことをしないし、一般人に対して乱暴なまねもしない。マジにヤバい雰囲気なんて戦闘以外ではありえないもん!」
「ラッキー……」

 幸子の必死の説得に、花京院も加わるのか、出していたスタンドをしまう。そんな彼を見て、ポルナレフも今一度考え、確かにそうかもと考えを改める。

「つまり、いま承太郎はピンチっつーわけだな」
「うん。花京院くんが偽物だって気づかないで一緒に行動しているんだもの。知った時は既にスタンド攻撃を受けて手遅れかもしれないっ……いこう、二人とも!」

 三人は、承太郎たちが向かった方向を男に尋ね、幸子はその方向へと走りだ――そうとした。彼女の体はふと宙に浮き、横向きにされた。何が何だか分からず自分の体を見てみると、緑色のスジの通った触手が彼女の体全身に巻き付いていた。

「走ったら傷が開くかも知れない。ぼくが運ぼう」
「ちょ、ちょっと、まさかこのままでって言うんじゃ……」
「いくぞポルナレフッ! ぼくの偽物を倒しに行くんだ!」
「やあああちょっと待ってこれ人の視線が集まるパターンだからやめてほんとやめてぇええッ」
「……今は時間がねーっつう事で諦めろラッキー」
「スカートを覗き込みながら言うなァアアすけべポルナレフゥ!」

 幸子の悲痛な叫びを聞いているのかいないのか。花京院は《法皇の緑》の触手を絡めたまま――ただ、ポルナレフ対策にきちんとスカートと足を押さえつけてはくれた――走り出す。
 異様な光景を作り出す三人に、一般人の視線が集まったのは言うまでもない。


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