世界よ、逆流しろ


お気に入り



 初めの印象は「変わった奴」だった。
 アヴドゥルを非難したとき「奴」は挑むような姿勢で前へ進み出てきた。目があった瞬間、何故か目を丸くされた。青い瞳は深海のようで、どこか暗く重く絶望しているようだった。そのくせ、いっちょまえに爛々と『生』に対して執着していた。死にかけのような顔をしているのに、目だけは光を失わないのが、アンバランスで危うい感じであった。何故「奴」が『そう』なのかは、あとあとじじいに聞いて把握した。
 その後、印象が「変わった奴」から「強い女」に変わった。とてもじゃあないが、「奴」の立場になっても生きていける自信はない。知り合い・友人だけでなく、血の通う家族・親族全てを殺された世界で生き抜くなんて、並大抵の精神力では不可能だ。自分の存在を認知してもらえねえというのは、死んでいるのも同然だからな。
 強いと認めた「奴」は、一度死んだ世界で、再び生き返った。過言かもしれねえが、じじいと、アヴドゥル、おふくろに俺が「奴」の存在を『認知』したことで「奴」は生き返ったのだと思う。
 おふくろと話すときは、おふくろを通してなにかを懐かしむような表情をしていた。自分の母親のことでも思い出していたのだろう。じじいやアヴドゥルと話すときは、二人を通して父親を思い出していたのだろう。この三人と話すときは死にかけの顔が少しだけ生き生きとしていた。まだ警戒心があったのか、このとき俺とはあまり目を合わすことがなかった。


 肉の芽を埋め込まれた花京院がやってきたとき、DIOにまだ自分が求められていると知った「奴」は、怒ることや期待することといった感情ではなく、絶望していた。一度だけ二人きりで話した限りでは「奴」はDIOを求めているような印象があった。けれど、「奴」は絶望したのだ。その顔で、俺は「奴」はDIOのもとへは戻りたくないということを悟った。だから、俺や女医の命と引き換えにDIOのもとへ戻ると宣言したとき、無性に腹が立った。
 行きたくなければ、拒めばいい。戻りたくなけければ、喚けばいい。諦めて逃げるなんて、後悔しか残らねえ。だから言ってやった。「諦めるのはまだ早い」と。すると、「奴」は顔を上げてじっと俺を見た。初めて、俺をその目で捉えた気もした。
 花京院を倒したあとは、どことなく、「奴」の纏う雰囲気が緩和したような気がした。生み出していた『壁』が薄くなったって感じだ。会話をする中で、まさか「奴」が自分のスタンド能力を勘違いしていると知り、驚くよりまず失笑してしまいそうになったのは本人に言わない方がいいだろう。意外とマヌケなのだとその時知った。


 会話を重ねるようになってから、少しずつ、「奴」と俺の間にある『壁』みたいなものが薄くなっているのを感じた。「奴」の表情も、ぎこちない笑顔から、自然体になってきているのも、目に見えて分かった。
 おれの周りにいる女どもはどいつもこいつもキンキンと甲高い声を上げて鬱陶しいが、「奴」は無駄に騒がしいのを好まないのか、大抵は静かだった。だが、ただ静かであるわけでもなかった。喋るときは喋るし、声を大きくするときも怒鳴るときもあった。
 けれども、不可解なことに、おれは「奴」との会話に不快感を抱くことや鬱屈することもなかった。寧ろ、時々間が抜けている「奴」をからかうのが楽しみだったりする。
 不思議なもんだ。こんな相手は初めてだ。


 しかし、流石に、人工呼吸をしてそれをいつまでも気にされていたのを知ったときは面倒な奴だと思った。おれが「奴」の見た目で初めてではないと勝手に判断して適当なことを言って傷つけたのは悪いとは思っている。
 怒りを露わにして怒鳴りつけた「奴」は、相当ファーストを大事にしていたらしく、目が今まで見た事もないくらいにつり上がっていた。あれはもう二度とお目にかかりたくない。


 おれ達が救助船だと思って乗り込んだ貨物船のスタンド使いであるエテ公が、「奴」を「命を奪う」方の襲うではなく「貞操を奪う」方の意味で襲っているときは怒りを覚えた。だから、来る途中で寄って持ってきた錠前をエテ公の脳天に思いきり叩きつけてやった。
 身だしなみよりもお礼の方を優先させようとした「奴」の言葉を遮り、服を戻すように指摘すると、予想通り「奴」は顔を赤くしてムキになりながら服を直した。あとあと、時間切れになって泣くのはテメーだっていうのに、呑気なもんだ。ポルナレフが喜ぶだけだ。それはそれで異様な怒りを覚えるのは分からんが、今は保留としよう。
 怒りをぶつけるように、エテ公をタコ殴りにして、貨物船を脱出したのち「奴」は救助船が来るまで異様に大人しく、風邪でも引いたのかと心配したが、そうでもなかった。ただ単に、気をどこかに飛ばしていたらしい。何の理由もなくそんな妙なことをする「奴」はやはりどこか「変わっている奴」だった。


 夜を迎えて救助船に救助され、船内で腰を落ち着けて今後のことを話しあったのち、「奴」はどこかへ出て行った。その後、じじいとアヴドゥルに促されるままに「奴」に一言詫びを入れようと宛がわれた個室を訪ねたがそこはあのガキンチョしかいなかった。訪ねると、5分ほど前に出て行ったらしく、すれ違ってしまった。
 適当に船内を歩いて探していると、花京院と出くわした。「奴」を見なかったかと尋ねると、ついさっき甲板で話をしてきたと言う。そこで、甲板へと出ると、夜風は昼と違って涼しく、海は青ではなく真っ黒に染まっていた。花京院が「奴」と話をしたという場所に行ってみたものの、そこにも姿は見当たらない。
 全くどうして、おれと「奴」は上手く行動が噛みあわないのか。ちょうどすれ違ちまってばかりだ。
 暫く、適当に待ってみてやって来なかったら船内に戻ろうと思った直後、足音が聞こえてきた。振り返る気力がなく、そのまま黒い海を眺めていると、声をかけられた「空条くん?」と。


 おれの名を呼んだのは、間違いなく「奴」……「ラッキー・フランクフルト」もとい「戸軽幸子」だった。長い黒髪を潮風に遊ばせてやってきた。
 幸子は、申し訳なさそうにしながら、おれに謝罪を丁寧に述べた。まじめすぎるのが、こいつのクセなのかそれとも人が良いのか。おそらく両方だろう。
 自分も悪いことをしたので、おあいこという意味を含めて気にしていない、と伝えると、こいつは、なんと破顔一笑して言うのだ。

「やっぱり、空条くんは素敵な人だ」

 そのとき、タバコを吸っていたならば、おそらくポロリと口から海へと落ちていただろう。普段なら、そんなことならないだろう。まあ、それくらいに衝撃的だった。
 幽霊が現れたくらいじゃビクともしねえと自信があった心臓がバカみてえにひっくりかえり、全力疾走したように動悸を激しくさせ、むず痒いものを覚えた。顔がなんとなく情けえねえ表情な気がして、慌てて帽子を下げることによって隠した。
 人の事を言えた義理じゃあねえが、無表情の幸子は人を牽制しやすい。笑えば場を和ませるような顔のくせに、それを使わねえ。あとあと考えれば理不尽とも思えることを考えながら、カッコ悪く照れ隠しに幸子をからかった。
 案の定、売り言葉に乗ってきたお人よしは顔を真っ赤にして突っかかってきた。それを適当にいなすと再びなにかと突っかかってくる。自分の期待以上の反応を示す幸子を見下ろしていると、気分が良くなった。
 最終的に諦めたように項垂れてこちらをなけなしに睨みつけて来る顔が、ガキのように可愛いもんだったので鼻で笑う。すると、悔しそうに額を手すりにこすり付けてあいつは唸り声をあげた。


 * * *


「承太郎、おまえ、結構ラッキーのこと気に入ってるんじゃあないか」
「あ?」

 幸子と仲直りをして部屋に戻ってきた承太郎は、暇になったのか、部屋に唯一いる自身の祖父ジョセフと会話をしていた。承太郎は頭の後ろで腕を、長い足を適当に組んでベッドの上でくつろいでいた。ジョセフは備え付けのソファに腰を下ろしてこれまた寛いでいる。
 彼の祖父は相当気にかけているのか幸子の様子をよくいろんな者達に尋ねる。といっても、アヴドゥル以外に詳しく聞いたのは承太郎が初めてである。
 承太郎は、相手が祖父だったからなのか、やけに饒舌になって話した。その結果、上のような結果になったのである。

「まあ、あの子はホリィに次でいい子じゃからのォ」
「……フン」

 満足げに頷くジョセフを横目で一瞥したのち、ベッドでくつろぐ承太郎は足を組み替えた。

「これからもその調子でラッキーを見てやってくれ。彼女は少し精神的に脆いのじゃから」
「……あいつは強い」
「?」

 承太郎は起き上がると、ジョセフの言葉を否定するように低い声で唸りながら煙草を咥えて火をつけた。くゆりと煙が立ち上り、彼はすぅ、と息を吸うと次に紫煙を吐き出した。たっぷり数秒、使ったのちに彼は祖父を鋭利な目で捉えつつ言う。

「あいつは、強い」

 それは、揺るがない確信だった。





――――
あとがき

 前半ほぼ承太郎さんの独白。しかもズラッと文章が羅列しており、ものいっそ読みにくいという申し訳ないクオリティ。
 悪いとは思っているけれど後悔はない!(なんだとッ?)
 承さんと夢主には少しずつ距離を詰めて行って欲しいです。こういうの大好きぐへへ。……完全に管理人の趣味ェ。

 ASBまであと3日ですね!
 いまからそわそわしっぱなしです。そわそわしすぎて課題が手に着かないですハハハ(おい)

 唐突にOVA版の話なのですが、
 ダニエル・J・ダービー戦のところは本当にクオリティ高いと思いました。絵柄が一番ジョジョっぽい。ところどころセリフが抜けているのは仕方ないにしても、あの、力の入れ具合はヤバい。DIO戦とかどうした。ヴァニラどうした。
 札を配ることになった男の子の声と顔が個人的に好きです。あと、ダービー戦のときの承太郎さんの声の調子が気に入ってます。どうしてこの戦いの部分は声優も絵も力はいっているのだろうか。



更新日 2013.08.26(Mon)

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